第九節

目が覚めた。時計を見ると5時57分、目覚ましの鳴る3分前だ。

「おはようございます世界」

「おやすみなさい夜」

何を言っているのだろう。今日もいつも通り朝からテンションが高いようだ。

目覚ましのスイッチを鳴った瞬間消すチャレンジをし、昨日の鳥混ぜご飯おにぎりを朝食にした。体操着をフル装備し、カバンに入れたものを確認した。

「よし、少し早いけど行くか。あ、本も一冊持ってこ」

本棚から読んでなかった新刊を一冊手に取りカバンの外ポッケに入れた。もちろんブックカバーと栞も持った。

「行ってきます」

いつもならば返事は帰ってこない。でも、今日は違った

「ん。行っでらっしゃぁ...ぐガァー」

語尾からイビキに変わっていたが、今日はいいことがあるような清々しい気分になった。

そういや昨晩は夢見たっけ...ここ最近寝るたびに夢を見ていた気もするが、今朝はこれと言って夢の記憶はなかった。

「ちょと早く出過ぎたかな」

とりあえず、このまま学校に行くと開門1時間以上前になる気がしたので、いつもの丘に向かった。

「早起きは三文の徳だったか...ほんとにあるのかな」

ここでふと思った。もし、昨日みたいに寝落ちしちゃうと遅刻するのでは?

だからと言って向かい始めた方向を変えるのはなんか負けた気がする。

よって、早起きは三文の徳というのなら、寝落ちしなかったら証明されるということにした。

「やっぱ朝は寒いなぁ」

どこからか歌声が聞こえてきた。

ああ、どこかで聞いた曲だと思ったら、卒業式で歌う予定の曲だからか。

「あ、樹くん!どうしたの?こんなに朝早く」

「なんと無く早く出てみただけだ。翼崎の方こそ、朝っぱらからお歌の練習か?」

「そうよ。一緒に歌う?」

「遠慮しときます。その辺で本でも読んでるから」

「そっか、残念。じゃあどこかおかしいとこないか聞いててよね」

「ん」

そう言って歌い出した彼女。本を広げながら聞いていたが、おかしいところがあるどころか、とても上手だった。

「上手じゃないか」

「そう?ありがと」

その後、お互いベンチに座るも互いに本を読んで静かなひと時を過ごした。

「そろそろ向かうか」

「んん〜」

腕を伸ばした彼女。二人は立ち上がり、荷物を持って丘を下がった

「こんな日々ももう終わっちゃうね」

「日々ってより、お初じゃないですか」

「まぁ、そうとも言えるね」

「いやいや...」

「ところでさ、さっきなんの本読んでたの?」

「秘密。」

「ええ〜君と私との仲じゃないか」

「...ラノベだよラノベ。」

「え?ラブコメ系?」

「まぁな。ファンタジーも読むけど、さっき読んでたのはラブコメだ」

「へ〜。やっぱり樹も恋愛興味があったんだね」

「やっぱりってなんだよ..やっぱりって」

「そりゃあ、乙女の直感ってやつですよ」

「最近の女性は人の心を覗くの得意なんです?」

「いやいや。女子同士となるとそうもいかないのよ」

ちょっとため息混じりではあったが、男子の心は想像以上に筒抜けなのかもしれない。

そう思わずにはいられなかった。

「やっぱ女子は怖いですね」

「そう?あなたと話しているのも女子よ」

「言い間違えました。女子たちってのは怖いってことです」

「一人でいると逆な気もするけどねぇ」

「何かあったの?」

「いや?一人でいるのは怖いのに、みんなといると怖がられるってなんかおかしくない?」

「そんなもんですかねぇ。」

「ってか何辛気臭い会話してるの?私たち」

「確かに。なんで?」

「いや、私に聞かれても。まぁでも、こんな会話すんのは樹ぐらいだから」

「同じく」

「それとさ、」

「はい?」

「その本。読み終わったらさ私に貸してよ」

「なんなら今貸すよ?」

「今度でいいって」

「そうですか...」

校門が見えてきた。

「あ、私部活に顔出すから。また後でね」

「ん」

元気に手を振った彼女はグラウンドに向かって走っていった。さすが陸上部と思わせる脚力だった。

「教室行くか」

下駄箱で靴を履き替え、階段を登り、自分のクラスに向かった。

時刻は7時40分過ぎ

「まぁ6時半に出発すればこうなるわな」

カバンに入れておいた本を取り出し、さっきの続きから読んだ。

アニメ化すると思われる糖度120%ラブコメだ。ヒロインの不器用なところと、主人公の一途さ、周りの優しさといい本当に極甘としか言いようがない。この、非現実さがたまらない作品だ。

「こんな糖度120%な高校生活になったらなったで落ち着けなさそうだな...」

しばらく読み続けた。ふと思った。

そういやあのベンチで眠くならなかったな。早起きは三文の徳の説得力が上がった気がする。

「明日も早起きしてみよ」

いつもは目覚ましと少なくとも3度は攻防戦を繰り広げていた。おかげで、目覚まし時計のベルを止めるボタンが禿げかけているほどだ。

「お、土田じゃん。おはよう」

「お..おう。おはよう」

「返事してるっ?珍しいこともあるもんだ」

「いつもは会釈だけなのにな〜」「だな〜」と話している男子3人組。

「そういや、あの子可愛いかったなぁ」とか言ってたり、あっち向いてほいを全力で遊ぶも、いつも早くきているのか教室掃除を手慣れた感じでやっていた。言ってることとやってることがいい意味で違う気もするが、帰る時よりも朝の方が黒板が綺麗な理由がわかってスッキリした。

8時を過ぎると続々とクラスメイトが来た。

「おはよう土田〜」

「お...おは」

「土田が現代っ子語だとっ!?」

「使ってみた」

「んなゲームの試用みたいな。それよりも、行く気になったか?ブラックボックス」

昨日ツッコミ過ぎたせいだろう。ボケたくなってしまった。

「ああ。色々あって気が変わった」

「そうか。残念だ...ええ?」

「行くってこと」

いつ切り出そうかと思ったが、まさか向こうから振ってくれるとは。

わざとらしく目を瞬く三藤

「だって、やる気のやの字すらなかったお前が、行くって言った方のが驚きだったもんで」

「さすがにやる気の一つやふたつは...多分..ある」

「列挙してみぃ」

「...明日から頑張る」

あー。いつも通りだぁ〜みたいな顔をしないでほしい。

「よ..用事ができただけ」

「ほほう」

「放課後空いてる?」

「えらく急展開だなぁ」

「一刻でも早く父さんに会う用事ができたから」

「何それ、面白いやつ?」

「そんなんじゃないって。ちょっと遠いところ行くだけだから...多分」

「はぁぁあ?遠いところってあれか?ジャングルとかある感じのやつか?」

「どうだろ...どうも、父さんに会って話せばわかるかもしれないってことらしくて」

「そうか。なんか面白いことだったら混ぜろよ〜。俺とお前の仲なんだから」

「え?」

「ま、高校も一緒だし?」

「ふぇ?」

「俺も星ヶ咲高校」

「いやいや、なんで俺の行くとこ知ってんだよ」

「なんでって、試験の時お前の後ろ俺だったぞ」

「ええ...」

「それに、合格発表の時も俺の前の番号も書いてあったからさ」

「な..なるほど?」

「お、そろそろ先生来る」

「あ..うん」

「放課後のことはまた後で決めようぜ」

「わかった」

時計を見ると8時20分に差し掛かっていた。

今日は朝からたくさん話したからかすでに疲れきった。

さて、今日は球技大会な訳だが...

まさか1時間目ドッジボール、2時間目野球、3、4時間目校内でサバイバルゲーム。ってかサバゲーて、球技大会なのにサバゲーて。いや...BB弾が玉だから球技なのか?

ただ、今大会の優勝チームのMVPには図書カード3000円ってのがいいな。

ちょうど明日新刊発売日で、絶賛金欠中な身としては十二分に狙う価値があるといえよう。ただ、優勝する上にMVPという難易度の高さは正直...

「土田。気になってたんだが、なんだそのふわふわした匂いは」

「急に後ろ向いてきてなんだよ。ってか人の匂い嗅ぐなし」

「アロマ検定一級を舐めるなよ?」

「多才だなぁ」

「じゃなくて、その匂いはなんだって」

「い..言わなきゃだめか?」

「事件の匂いがする..」

「アロマ検定士すげぇ...」

「これは...女子っぽい?ま..まさかっ!」

「違うぞ?訳あってジャージを貸しただけだからな?」

「女子にか?」

「いや..ちょっと困ってそうだったから」

「なかなかジャージを貸すなんて出来事思いつかないけどなぁ」

「いやぁ..な..ナンデダロウネ」

「ほんとか?なんか臭うんよなぁ」

「も..もちろん?じ..事件とか特になかったし?」

なんだその疑いの眼差しは...

その訳が女子高生様のスカートを壊してあれが見えてしまったことだった事というのは伏せねば。

「よ..よしっ。学活も終わったし校庭に急ごうじゃないか」

「ちょ..待てって。土田ぁ〜」

「お先っ!」

とりあえずドッジボール会場となる校庭に向かう訳だが...

「この寒いなか校庭でドッジボールて。絶対痛いやつだわ」

極力ボールに当たらないようにすることを誓った。

「せめて体育館でやりたかったなぁ」

なんでも、カバディとサバゲーの設営がされているのだとか...ガチじゃん

幸いにも今日は他学年が体育館を使わない日らしい。

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