第十八節

22年前。

「土田〜。大学を入学前に卒業って..」

「あぁ加藤か。なんだかな..」

「雰囲気は、就職前に悩んだ学生みたいな」

「あそこの大学で学べそうな..というか学ぼうとしてたものが思ったよりあっけなく知れた…ただそれだけ」

「そっか…」

ほぼ退学という形に近いが、4年間で学べそうなこと、その結果を全て提出してはみた..そうしたらこれ以上得れそうなものを見出せなかった。

社会は憂鬱で溢れている。人は誰かに同意を求めずにはいられない。人の本性なんて自分でもわからない。人は…いや自分たちは自分が優位であることを当たり前だと思っている。そんなことを思うだけで何をやってもどうでも良く感じる。

退屈凌ぎに勉強をした。運動をした。そうしてここまでやってきたけど、何かしたいわけでも何かができたわけでもない。

とりあえず未知の研究というのをしてみることにした。そのきっかけのために大学に行ってみた。未知を知るためだと思ってこれまでの数年間ただひたすらに勉強し未知以外を知った。

ああ。何をしたいんだろう。

「まぁゆっくり考えたらどうだ?」

「そう..だな」

もう日が暮れた。あっという間に1日が終わっていく。

加藤も小さい頃からの付き合いだ。別に人が嫌いでもなければ、自分こそが正しいと思えたことなどなかった。ただ会話するだけでどことなく心が落ち着く。

結局は未知に対してそこまで執着を持とうとしてなかったのかも知れない。

「散歩するか」

散歩は好きだ。知らないことを知れる。無意味な考えも、その場だけでは有意義なものだ。

ただ歩くもよし、何かを考えながら歩くもよし。

「こんなとこあったっけ」

煉瓦造りと思われる小さな建物。電気が通っているわけでもなさそうなのに青白く光る天井。

「へぇ〜綺麗だな。」

「+*?『;。@¥???」

「なんの音だ…声?んん?」

その瞬間。目の前に黒光が現れ3つの円2つが重なった。

「本当になんなんだ…」

そのあとは言葉にできなかった。真っ黒な空、見たことない風景や建物。

いつも見る人と同じ形をした人。苦しむ人。そのどれもが霞んで見えた。

どれもが綺麗だった。

「あ…これだ」

自分のやりたいことだと初めて思えた。誰かに見せたいと思った。それと同時にこれを隠したいとも思った。未知に飽きてるのだと思った矢先にこれだ。もうこれしかない。そう思わない方が難しかった。

「もっと知りたい」

この出来事が土田普にとっての運命との出会いであった。

「ああっ!」

「ええ?誰?何?」

さっき流れ込んできた記憶の中で見覚えがあった。

顔は赤くなり、息遣いも荒かった。

「だ…大丈夫ですか?」

返事はなかった。それよりも困っていそうだった。

「熱でもあるのでしょうか?」

と思って額に触れた。初対面で、相手も驚いているはずなのに…

相手も相手で特に反発してこなかった。

熱い。普段見る顔立ちではあるものの髪色や服装は全く知らないものだった。

「すぅ〜」

え?寝た?

急に寝始めたのだ。ただ、その人の右手から石がこぼれ落ちた。

「なんだこれ?黒曜石か?」

その黒光する石を見るとそこには文字か書かれていた。

『助けて』

と。日本語だった。言葉が通じないし、目の前で寝始めたその人が日本語の書かれた石を持っていた。

「日本語っていうのはわかるけど、主語もなければ文字の形もなんか歪だ」

警察に送るか。

そう思い、石と一緒に近くの交番に背負って届けた。

「あの..お巡りさん。道端で眠っていたので届けたんだけど」

「ほほう。落とし物..いや人の方の落し者か…」

「ちょっと理解できませんが。確かに届けましたからね」

「ちょっと待ってくれ。君の名前とどこでこの子がいたのか教えて欲しいのだが」

「あ〜はい。僕の名前は土田普。この人はえっと…地図あります?」

そう言って出てきた地図の上からここまで通ってきた道を逆になぞるように探した。

あれ?ない…

「そんなわけないでしょうが。この地図は今年のものだからあるはずだ」

「いや…ほんとにないんです。煉瓦で作られてそうな建物眺めていたはずなんですが…」

「どこまでは鮮明なのかね」

「この階段です。この階段を進むと森にでて…気づいたらこの人がいたんです」

「森?この先にそんなのはなかったはずだが…」

見間違い…そんなわけない。さっき頭に流れてきたものだって明確に覚えている。

「んん〜。 疲れているのかね?まぁいい。この階段付近ってことにしとくから」

「す..すいません」

「いいのいいの。届けてくれただけでも。あとはこっちでなんとかしとくから」

警帽をとったその頭は輝いていた。…そんなことはどうでもいいのだが、とりあえず話は終わり一旦帰ることにした。

「では。」

「はいよ〜」

一度さっきのところに戻ろうとしたが、階段まで来てもその先にあったのは地図通り川が流れていた。

「ほんとになんなんだ…」

これは本格的に頭が疲れ切っているのだと思いとりあえず家に帰った。

「ただいま」

「おかえり普。遅かったわね」

時刻は22時だった。

「ちょっと警察に」

「何かやらかしたの?」

「いや。落し者を届けてた」

「あら、そう。」

「親父は?」

「今日は…どうだったっけね。まぁ先にご飯食べて風呂入っちゃって」

「わかった」

手を洗い、卓上のご飯をたいらげ、風呂に入った。

「そういや風呂って1番思いつくことが多いとか」

そう思い、今日のことを思い出していた。

他人より覚えるのが得意だったこともありはっきりと思い出せた。

どう考えてもあの階段を通っているはずなのだ。階段の先にある丘の上。そこに確かに存在していたはずだった。それなのに地図のは載っていない。不可解極まりないとはこのことなのかもしれない。

「面白そう。」

大学を入学前に辞めたが、そんなことどうでも良くなるワクワク…いや華やぐ心とでも言おうか。兎に角楽しいと思わずにはいられなかった。

その日の風呂場から、5分ぐらい笑い声がひたすら聞こえたと土田母が語った。

少年というには少し大きい土田普は、その日いつ寝たのか忘れるほど寝入りがよかった。

普通気になって眠れないはずだが、明日になってもう一回探究する喜びが上回った。

鳥の囀りが聞こえた。

「んんっ…5時か..ん?」

自分のベット横に昨日届けたはずの人がいた。

「ええええ!?」

その驚いた声で起きたのか、その人は目を開けた。

薄ピンク髪に、金の模様と紺の模様が浮かぶ赤いコートドレスを着ていた。

多分女の子。これは…

「あら。朝早いのね普」

「お..おはよう..母さん」

「あら..そちらのお嬢さんは?」

「し…ほぼ..知らない」

「まだ高校生なのに?知らない女の子を?おうちにあげた…OK?」

「なんかNO!俺が高校生ってこと以外は…」

「ちょっと待ってて推理するから。」

「んな呑気な」

「わかったわ」

「な… 何?」

「高校生の普、知ってはいるが呼んだ覚えなのない女の子がいた。それで朝からびっくらぽん」

「す…すごい。大正解」

「えへへ〜」

いい歳した母親がドヤ顔だった。

「そうなんだけど…」

「ところで、その子どうするの?」

「そこなんだよ…」

昨日会ったことを簡単に母に話した。どうやら父はまだ帰ってきていないようだ。

「とりあえず今は学校行きなさいな」

「え?でも…」

「行く!いいね?」

「わ…わかった」

それから朝ごはんを食べいつもより早く出発し、昨日の場所に寄ってから登校した。

「やっぱり消えてる..いや見えないだけなのか?」

その日の授業は午前だけで終わりだった。が、あのことが気になりすぎて何も手につかなかった。

「どうなったんだろうな…」

全速力で家に帰ると

「おかえりなさいませ」

え?昨日は言語が伝わらなかったのに帰った途端挨拶されてしまった。メイド姿で…

「日本人なの?」

「日本人?」

「お帰りなさい普。このこすぐに言葉覚えるのよ!」

驚いたが、母が日本人の説明を悩んでいるのを興味津々な表情で待っていたのを見ているとそうとしか思えない。

「日本という国に住んでる人の事じゃダメなのか」

「なるほどぉ〜」

相槌もできる!?

「言語知らなそうな人にどうやって言語教えたんだよ」

「ええぇ〜気になる?」

「ちょっと待て推理するから…」

よく見ると右手には小さい時に読んだ、絵付き辞書。だけど、読めるとは思えない。

それインコのこ…多分この星の子ではない。オカルトは信じてこなかった部類に入る自分だけど、日中どんだけ考えてもこの国の人には、この星の人..生き物ではないように思える。

「….さっぱりわからん。その辞書が気になるくらいだ」

「じゃあ教えてあげるわね。」

「おう」

「まずこの子はこの星の人ではありません」

「そんな気はしてた」

「次に、この子のいるであろうところは感性がとても近しいと思われるわ」

「…そこまでの経緯がわからないのだけれども」

「これを見て」

「紙芝居?」

「そう。これ書いたのは彼女よ」

「上手だな」

俗にいう神絵師というやつだろうか。繊細なタッチと豊富な色使い..そこに映るキャラクター

どれをとっても、絵画ではなく加藤が見せてくる神絵師の作品に類似点が多い。

「普が出発してからとりあえずいろんなものを見せてみたのよ」

「なるほど」

「漫画を見せた途端、彼女の持っている石を使ってこれを描きだしたの」

「信じられん…」

「とりあえずこれを見てみて」

画用紙両面に描かれた絵は言葉はなくとも理解できた。

寝込んでいる絵、この石を渡される絵、石に文字を書いている人の絵、動作を絵にして何かを伝えているような絵、伝えようとしていたことに書かれていた絵、黒い光に突っ込んだ絵、僕に会った絵

「これを見て、この星じゃない可能性があることはわかったよ。でも、なんで言語体系が同じだって思えたの?」

「この象形文字みたいな物っというか…漫画みたいなものを見てごらん」

石を持つ人、多分黒いであろう光に突っ込む人、そこで出会う俺そっくりの人、警察の人に渡す絵、警察署で何かを飲む絵、僕の家に来る絵、母と話す絵

「どれにも動作が関係した絵?」

「そう。絵付きの辞書があれば理解できて、それらの発音さえ教えれば会話できるかな〜って思ったのよ」

「なるほど…」

いつも適当そうな母が少しできる…いや、かなりできる人に見えた

「何を話しているの?」

「さっきの出来事よ」

「なるほど」

「まぁ簡単な会話はできるけど聞き取るとか、はっきりしていない会話は苦手みたい。でも、会話を聞いたりすることで自然と学習していけるみたい」

「そうなんだ…」

「そうなの」

とりあえずは母が言葉を教え、僕が彼女のいたところを調べる。警察には…

「この子どうしようかしら」

「警察の人はどうしようもないけど、とりあえず母さんが言葉を教えたら?」

「そうね」

「僕は、昨日の出来事を解明する。」

「そう。警察の方はお父さんに頼んでおくわ」

そう言って彼女が書いたのであろう紙芝居を渡された

「なるほどね」

それから三日間、学校にも行かず調べたり彼女から話を聞いた。

「..大体わかったぞ」

いろいろ調べたりして行くうちに彼女のいるところはこのこの宇宙とは全くの別であること言語体系が似ていたのは奇跡に等しいこと。あの黒い光はそこ絵つながるトンネルのような者であること。彼女は風邪をひいてそれを治すために来ていたこと。彼女の持つ石にはとんでもない価値があること。..そして

「母さん。僕この子を届けるついでに向こうの世界に行ってみる」

「…私が止めたら..?」

「やっと見つけた退屈じゃないことだよ?逃すわけないじゃん。それに、行っても大丈夫だと思うから」

そう言ったが、決して怖くないわけではなかった。でも、どうしても行ってみたかった。

仮説が正しければ僕は向こうの世界でも生きてけて、問題は起こらなそうであるとわかっていた。

「そう。あなたが大丈夫だっていうのならそうなんでしょう」

「うん」

「出発はいつにするの?」

「明日。明日の昼の12時にこの世界から消える」

「消えるなんて物騒ね」

「大丈夫だと思う..よ?」

「普は私のところに来る?」

「そうだ。まぁ少しだけだけどな」

この石の解明。それと、知らない世界絵の渇望。それらを満たすのにはすごく短い時間しかない。

「母さんは絵付きの辞書をたくさん用意しておいて欲しいかな」

「わかったわ」

三日でわかったのは、この世界ともう一個の世界。不確かではあるがさらにもう一つの世界がある。そして、時間軸が重なる時、向こうとこっちを行き来できるようになった。だが、あまりにも不安定で、往復できるのは限られる。特にこっちから向こうに行くのは1、2回で限度であろう。理由は不鮮明なところが多いが、ただ言えるのは意識を保てなくなるということだ。

そんな会話をなぜか玄関で立ったまましたふと気づくと3時になっていた。

「昼飯。食べなきゃ」

「用意してあるわよ」

「ありがと。いただきます」

飯を食べ、三週間分の非常食とノート数冊。ペンと、お菓子、多少の薬をカバンに入れた。

何があるかわからないとはいえそこまで重々しい準備はしなかった。

どうやら、その国には不思議な何かを持っているのだろう。文化や感性が似ていて、人としての構造も大体同じ。ひとつかはわからないが自分になくて向こうにあるものも何個かある。これらは彼女のかいたものからわかった。だからこそ最低限の荷物を入れた。

「服も持っていきなさいね」

「あ…はーい」

服もいれた。それとノートに名前を書いた。せっかくなので題名も書いておいた

『ヒロシ先生の秘密の冒険譚…プロトタイプ』

研究はもちろん、せっかく言語体系を作るのに関わるんだから自分を主人公にしたお話でものこそうと企んだ。

それと、万が一のためにノートの一ページをちぎり取りこう書いた。

『ほんとに惹かれた時、多分人間は大胆になる。これは誰かの同意を求めて生きるより比べられないほど楽しいことだ』

絶対他人には見せられないノートの完成だ。まぁ、この世界の人にならいいか

覗き込んできた彼女に隠すことはしなかった

「読める?」

「…読めません」

「そっか。また今度聞くね」

「はい。あ、でもひとつ読めました」

「おお?」

「ヒロシ先生。…先生って言うのがいまいち理解できませんが、さっき辞書で読みました」

「そうかぁ。じゃあ明日からは先生コスで行くか」

そう言って、奥から受験で使ったスーツを取り出し、近くに置いておいた。

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