最終話 なぞなぞ少年

 クエスタの館は朝から大騒ぎだ。メイドの三姉妹も奔走し、ミアだけでなく、応援に駆けつけたソーニャまでも動転するばかりだ。今が前日の夜だったならと現実逃避しようにも、村が煌々と照らす光は、午前を示すものである。


「ええと、タイは持った。お召し替えの礼装もある、ポケットチーフある……カフスボタンが無い!?」


 ミアの声が館に響き、廊下が駆け足で軋んだ。新築の豪邸といえど、築年数には勝てず、10年もすれば老朽化の足音が聞こえるようである。


「ソーニャさん、カフスボタンは知りませんか!?」


 ソーニャは庭先で車の手配中だ。大幌で綺羅びやかな車を、4匹のトカゲが牽いていくのだ。


「ええと、それならメイドの嬢ちゃんに持たせたよ、誰かは分からんけどね!」


「あぁまた3択……でも、たぶんマリアンナさんだ!」


 再びミアは駆け出した。今日は魔界の顔役が勢ぞろいする晴れ舞台で、主賓はクエスタなのだ。そのくせ当日を迎えても、準備が行き届いてないのは理由がある。


 それはクエスタの部屋に押し入れば、明らかだ。


「ちょっとクエスタ! そこにあるのを着てって言ったよね!?」


 ベッドの上には式典用の礼服が転がされている。全てが手つかずだ。


「ごめんね。なかなかセルフィが離してくれなくってさ」


「どうしてそんなノンキなのよ、アナタの晴れ舞台でしょ!?」


「だってさぁ、参加するのが魔王様でしょ、コリーナさんでしょ。他の顔ぶれもいつもと変わらないし、普段着で問題ないじゃん」


「節目は大事! けじめも大事! 今日ヘマをすると、この先ずっと笑われるのよ? 特にマージンさんあたりに」


「そうかな、そうかも。あのお爺さんは粘着質だからなぁ。もう何年も前のことを、ひっきりなしに持ち出すもん」


「いつもソーニャさんの眼があるとは限らないからね。分かったらサッサと着替える!」


「キミこそ僕の世話をしてて良いのかい? 魔術研究所に出勤する日でしょ」


「休みを貰ったに決まってるでしょ、アナタの大切な日なんだから!」


 そこでマリアンナが駆けつけ、クエスタの着せ替えが始まった。そこへ続々とメアリとミシェルも現れ、目まぐるしい速度で進行していく。


 後は細々とした装飾品を残すのみ、という所まで来たのだが、思わぬ邪魔が入った。


「おにいちゃん、あしょぼ!」


 勢い良く飛び込んで来たのは、幼い少年だった。湖面のような蒼い髪と、薄緑に染まる瞳は、明らかに魔人のものとはかけ離れている。そんな子供が庭先に迷い込んだのを見つけて早一年。今ではスッカリ家族の一員であり、クエスタ達は歳の離れた弟として接していた。


 純真で、可愛いのだ。それがたとえ、多忙を極める朝に乱入し、整えた飾りを辺りに散らかしたとしてもだ。それでも頬が引きつる事ばかりは避けられない。


「ねぇセルフィ君。今はちょっと忙しいから、遊ぶのは後にしてくれるかな? 今日は都にお出かけするんだよ?」


「えぇーー? おにいちゃんとあしょぶの! なぞなぞ!」


「僕は構わないよ。さぁいつでもどうぞ!」


 ミアは額に手を当てて目眩に堪えた。もうどうにでもなれ、という想いが濃い。


「じゃあね、もんだいです! 今日は、はれるでしょうか、あめでしょうか!」


「うぅんと、晴れ!」


「ざんねん、あめでした!」


「あちゃーー。よりによって、今日は雨かぁ!」


 和やかなのは2人だけだ。袖に、首元に予定通りの飾りを付けると、盛大な息を吐いた。


 時を同じくして、廊下にけたたましい音が鳴り響く。床板が悲鳴をあげているかのようだ。


「アンタら準備はいいかい? そろそろ出ないと遅刻だよ!」


「分かりました! 行くよクエスタ。セルフィ君もだよ」


「ソーニャさん。今日は雨らしいから、準備した方が良いよ」


「雨って。クエスタ、外は雲ひとつ無いんだけど」


「セルフィが言ったんだよ」


「あらま。じゃあ馭者に伝えとくから。アンタらは車に乗ってちょうだい!」


 そうして慌ただしい出立は、ソーニャと三姉妹が見送る事で、一応は解決した。いや、まだだ。巨大な獅子が並走する事でトカゲが慌てだし、道を誤りそうになってしまう。


「クルル、僕は用事があるから外すよ。その間、村の安全を守ってやってね」


「グルルァ〜〜」


「まぁ迷子を探すとか、そんな程度だと思うけど、頼んだよ!」


 そこで獅子は足を止め、空に向かって鳴いた。不満気であるのは明らかだが、この日の為に何日もかけて説得した経緯がある。今更連れて行く訳にもいかなかった。


「ねぇ、急いでた割には走りが遅いよね。僕が飛んでいった方が断然速いよ」


「それは説明したでしょ。サッと行ったんじゃ意味ないの」


 4匹だての車は、豪奢な見た目ではあるが、歩みは鈍い。そもそも急ぐための乗り物ではなく、魔界の人々に慶事を知らしめる意味合いが強いからだ。


 雨風の無い山道を車が行く。すれ違う人々は帽子を掲げるか、頭を下げるかして見送った。聞こえるのは歓迎の声ばかり。気温も穏やかで、いわば物見遊山にも近い様相なのだが、唯一人ミアだけは顔を青くしていた。


「私だけで平気かな。メアリさんくらい連れてくれば良かった……」


「心配性だなぁ。ここまで来たら腹をくくりなよ」


「準備不足だから不安なのよ。何か忘れてたらと思うと……あぁ、胃が痛むわ」


「大丈夫? 回復魔法をかけようか?」


「そんな気遣いするなら、もっとしっかりしてよクエスタ。いや、魔王軍司令長官様」


「やめてよ。まだ叙任されてないからね」


「そう言ってられるのも夜までよ。魔王様ったら、仕事が楽になるって喜んでたもの」


「おかしいな。偉くなったのに全然嬉しくないや!」


 クエスタは笑った。一頻り、愉快であることを隠さずに。そして息を整えると、今度は微笑みに変えた。


「ありがとうね、ミア。いつも助かってるよ」


「何よ急に、改まって」


「キミのおかげで、セルフィにも寂しい想いをさせずに済んでる。仕事柄、家に戻るのが遅くなるからね」


「そんなの当たり前じゃない。言ったでしょ、アナタの役に立ちたいって。子供の時の話だから、忘れてると思うけど……」


「覚えてるよ、今度はちゃんとね」


 クエスタの笑みがミアの瞳に突き刺さる。直視できたのは束の間だ。すぐにポニーテイルの先を指で弄り回し、視線を落とすようになる。


 車輪の音だけが車内に響く。そんな静寂を打ち破ったのは、純真無垢な声だった。


「おにいちゃん、おねえちゃん。あめだよ!」


 小さな手のひらには、ポツリポツリと雫が零れた。やがて雨脚は強まり、耳にうるさい程になる。


 突然の雨に驚いた馭者は、車窓の全てを閉じ、自身も耐水ローブを頭から被った。それからは速やかに移動が再開された。


「また当てたわねセルフィ君。それってもしかして、クエスタのスキルなんじゃない?」


「そうかもしれないね。僕はもう、あの声が聞こえなくなってるし」


「精霊神様の力はもう、授かってるのよね? 異例の大出世をしちゃうくらいだもの」


「うん。年々魔力が増幅してるんだ。まるで僕の成長に合わせるかのように。だけど、なぞなぞの声だけは、随分と前に途絶えたきりだよ」


「そうすると、セルフィ君は何者って話になるんだけど……」


 チラリと少年の方を見れば、手のひらの雫を弄んでいた。息を吹きかけ、あるいは手のひらを揺さぶり、雫の行く末を眺めている。


「まぁ、いっか。この子は可愛い弟。たまに元気すぎて手を焼いちゃうけど、家族の一員だわ」


「そうだね。セルフィは大事な家族で、仲間なんだ」


 トカゲ車はその間も着々と歩を進め、山道を降っていった。それから平坦な道に差し掛かる。王都が近いことは、外を見ずとも分かった。


「馭者さん。ちょっと窓を開けてもらえますか? 正面だけでも」


「えぇ? まだ雨が強いんで、濡れちまいますが……」


「ちょっとくらい構いませんよ。ここからの景色が好きなんで」


「では、正面だけ」


 馭者は自身の頭上にある窓を横にスライドした。そこから覗くのは、王都を照らす街明かりだ。土砂降りの雨が光をぼかし、晴れの日とは違う様相を映し出す。湖面に浮かぶ月を見る代わりに、朧気(おぼろげ)な景色を堪能した。


 やがて車が王都の門に差し掛かれば、様々な顔を照らし出す。いまだに不安気なもの、楽観一色のもの、そして天真爛漫な笑顔。光は全てに等しく降り注ぎ、闇に道を示す。


 それは幾千年経とうとも変わること無く、魔界の繁栄とともに約束されるのだった。



ー終ー

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はずれスキル「なぞなぞ」が最強すぎたので おもちさん @Omotty

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