episode.9 第1海底都市『カノープス』…①
それから約30分ほど。
大海原のど真ん中、割と水深の深い盆地のような地形。
視界の端に映るプレイヤーの位置を示す数値を見ると、
水深はおよそ100m。道理で薄暗いはずだ。
ここから先は深海となる為、下は更に暗く寒くなっていくのだろう。
「ひえぇ……」
しかしツユクサはそれどころではない。
目の前に広がるのは、薄暗い砂地に広がる一面のサンゴ礁。
発光物質でも含んでいるのだろうか。
視界いっぱいのサンゴが色鮮やかに光っている光景は、この世のものとは思えないほどに幻想的だ。
花畑のように広がるサンゴ礁には、魚の姿も幾つか見受けられる。
先程戦ったサーディン・ボールの姿は無いようだ。
とはいえMobは見える範囲にちらほら存在している。
見つからないようにソロソロと低速で泳ぐツユクサ。
「……意外と平和ですね」
どうやら此処にいる敵Mobは比較的穏健のようだ。
中にはこちらの姿を確認するなり一目散に逃げていく臆病な魚もいた。
これは水深によって違うのか、それとも拠点が近いことが関係しているのか。
「本来はこういう場所でチュートリアルをするんでしょうね……」
ログイン早々大海原に放流されるのは極少数なのだろう。
というか新規ユーザーをいきなりチュートリアル無しでゲームに放り込む方がおかしいのだが。
そうして暫くのんびりと移動していると、ツユクサにとって初めて見る光景が広がる。
視界いっぱいに広がるサンゴ礁の広場。
遮蔽物も少ないその広場で彼女はそれを見た。
「――次行くか」
「せやなぁ」
「お、種族スキル3レベなったわ」
「おめー」
「おめでとう」
「おめあり~しっかし種族レベルは本当に上がり渋いな」
魚人だ。人語を介する魚人。
鱗の色や体格が異なるが3人の魚人族と思わしき存在が視界に映る。
それもNPCではない。それぞれの頭上には名前と思わしき文字列が並び、
それぞれの名前は全てほのかに輝く緑色に染まっていた。
プレイヤーだ。とうとう自分以外のプレイヤーに出会うことができたのだ。
高揚する気分をそのままに周りを見渡すと、同じようにプレイヤー達がいることが確認できた。
「水中だと片手槍使いにくいな」
「そうか?モリみたいに使えば楽じゃね?」
「……リアルでモリ使ったことねぇんだよなぁ」
端には2人の魚人。
「やっぱ魔法いいな。射程は正義だわ」
「俺ノーコンだからそれ系のスキル使えないんだよなぁ。
でもそんなバカスカ撃ってMP管理大丈夫か?」
「……正直もう限界」
「調子に乗って使いすぎなんだよ。一旦帰るか?」
「かたじけねぇ……」
反対側にさらに2人。
見える範囲にそれだけのプレイヤー達が各々Mob狩りに勤しんでいた。
時間帯で変わるだろうがこれだけ広いのに数人しかいないのを見ると、
本当に魚人族、というか海というフィールドは人気が無かったのだろう。
「赤ラインは……この奥ですか」
この世に生を受けて苦節10数年。
通信制で義務教育と高等教育を行ったツユクサに、コミュ力など存在しない。
ましてや人に話しかける度胸は皆無だ。
故に彼女は無言で赤のラインによるナビゲーションに従って進み続ける。
「……え?人魚?」
「何言って……へ?」
ツユクサが通り過ぎた後、幾人かのプレイヤーはその姿に驚き声を上げるも、
その声は当人には欠片も聞こえるはずも無かった。
◇◆◇◆
それから小一時間の移動を挟んで現在。
「……此処が『カノープス』ですか」
目の前に広がるのは石造りの城塞都市。
堅固な城壁に囲まれたそれは、想像していたより少し物々しい雰囲気を感じさせるものだった。
正面に見えるのはカノープスの城門。魚人達が出入りするその門の左右には体格のいい魚人が何人も陣取っている。通行する魚人に目を光らせていることから門番のような仕事をしているのだろう。
通行する魚人達は鎧と武器を身につけている者もいれば、身軽な格好でリュックや大袋を背負って泳ぐ者もいる。
「なんか、思ったより厳ついですね。最初の拠点だからもっと質素だと思ってました」
この手のゲームを遊んだことのないツユクサだが、最初の街がここまでしっかりとした都市だとは思わなかったようだ。
少し首を傾げながら周りを見回すと城壁に向けて列を成す魚人族の集団を発見する。
列の先では二人組の魚人が何やら並んでいる者達に一人一人取り調べらしき問答をしているのが見えた。あそこがカノープスの関所のようだ。
「……取り敢えず並んでおきますか」
ツユクサは列の最後尾に向かって泳ぎ始める。途中NPCやらプレイヤーやらわからない魚人たちの間をすり抜けるのに手間取ってウロウロしていたが、時間をかけてゆっくりと進んでいく。
しかしなんとも奇妙なものだ。左を見ても魚人族、右を見ても魚人族。
性別や体格の違いはあれど、自分と同じ人魚族は見たところ一人も見られなかった。
「古代人族って珍しいんですかね。ランダムで出るから何人かは見かけるかと思っていたのですが……」
ランダムの仕様については移動中に少しだけ調べておいた。
運営の公式SNSではランダムの確率は一定で偏りは無いと説明されていたので人魚族を引いたプレイヤーも必ずいるはずなのだ。
それでも全く姿が見えないのは、恐らくβ時代の魚人族不遇が原因なのだろう。
今のところ分かる人魚族と魚人族の相違点は容姿の違いと地上でも活動可能かどうかだろう。
地上で活動できるのは強いと思うんだけど……と思うが、それなら人族やら他の亜人族でもいい。逆に水中を軸にして活動するなら魚人族の方が優れている。
でも人魚という響きに惹かれて始めた自分のような存在が他にもいないものか……。
そうして周りを見回しても一切同族は見当たらない。
というか魚人族の視線が段々と集まってきているように感じてきた。
物珍しそうに見てくる視線もあるが、時折眩しいものを見るような目で見られているのが分からない。
不安になるもコミュ力など皆無のツユクサは他人に話しかけることなどできるわけもなく、視線をメニューのヘルプサービスに固定するのだった……。
◇◆◇◆
【ここはカノープス】Life over online魚人族専用雑談スレ【新規募集中】Part.6
1:名無しの魚人族
・この掲示板はVRMMORPG【Life over online】の魚人族専用雑談掲示板です。
・公式ガイドラインに抵触する内容の書き込みは禁止されています。
・マナーを守って利用すること。荒らしは黙ってブロックをお願い致します。
・次スレは>>970が責任を持って立てる事。
―――中略―――
56:名無しの魚人族
さっきめっちゃ美人の人魚を見かけたんだけどあれってNPCか?
57:名無しの魚人族
長槍使い辛すぎんか?
58:名無しの魚人族
やっぱ最強は水魔法よ
59:名無しの魚人族
>>56 kwsk
60:名無しの魚人族
>>56 美人ゆうても魚人族基準だろ?
61:名無しの魚人族
>>57 短槍いいぞ。取り回しもいいしコストも長槍より安い
62:名無しの魚人族
>>60 マジで人魚なんだよ。上半身が人間だからすぐ分かる
63:名無しの魚人族
>>56 人魚ってカノープスの西門で関所に並んでた子?
64:名無しの魚人族
>>61 マ?安いなら試してみるかなぁ
65:名無しの魚人族
>>63 それそれ!その子その子!
66:名無しの魚人族
美人と聞いて
67:名無しの魚人族
美少女人魚降臨と聞いて
68:名無しの魚人族
急に湧いてきたな……
69:名無しの魚人族
美少女なのか?美人なのか?
70:名無しの魚人族
>>68 Gみたいなものだ。気にすんな
71:>>56
>>69 見た目は清楚な美少女って感じ。大人っぽいから美人の印象もある
72:名無しの魚人族
てか魚人族ってどうしても容姿に魚混じるから完全な人魚ってできなくね?
73:名無しの魚人族
美少女!美少女!
74:名無しの魚人族
イベントNPCとかじゃねぇの?
75:名無しの魚人族
>>72 多分古代人族の【人魚族】だと思われ
攻略サイトにスクショ上がってたし
76:名無しの魚人族
美少女!美少女人魚!
77:名無しの魚人族
人魚族だったら大分希少だぞそれ……某ストリーマーだって人魚族選んだけど初手で詰んでたのに
78:名無しの魚人族
人魚族って種族なのか……全然知らんかった
79:名無しの魚人族
>>77 Vtuberの子だっけ?
80:名無しの魚人族
美少女!美少女!……マジで美少女やんけ!?
81:名無しの魚人族
>>79 せやで。初手人魚族で詰んで今森人族やっとる子や
82:名無しの魚人族
>>80 さてはお前西門逝ったな?
83:名無しの魚人族
人魚族ってそんな難易度高いの?
82:名無しの魚人族
>>83 特定の縄張りや所属国がないから初手大海原不可避なんや
83:名無しの魚人族
>>83 魚人族みたいに所属してる都市が無いので、初期位置が完全ランダム
84:名無しの魚人族
西門なう。なんかピョンピョンしてる奴いるんだけど>>80か?w
85:名無しの魚人族
かといって人魚族が魚人族より特別強いってわけじゃないらしいしな。ハンデがデカすぎる
86:名無しの魚人族
初期位置ガチャはちょっとなぁ
87:名無しの魚人族
でも美少女なんでしょ?ならいいじゃん。無問題じゃん
88:名無しの魚人族
>>87 せやな
89:名無しの魚人族
結局顔か……
90:名無しの魚人族
お、あの美少女関所入るぞ
91:名無しの魚人族
まだストーキングしてたのか……
92:名無しの魚人族
気になって見に来たら5、6人が門から見てて草
93:名無しの魚人族
美少女が関所に入ったらゾロゾロと関所まで移動するのほんま草
94:名無しの魚人族
NPCにしょっ引かれても知らねぇぞお前らwww
95:名無しの魚人族
貴重な人魚族がいなくなるぞ
96:名無しの魚人族
あ……
97:名無しの魚人族
あ……
98:名無しの魚人族
[悲報]門番のおっさんに見つかった[職質不可避]
99:名無しの魚人族
>>98 ドンマイ
Life Over Online Fructose @Fructose
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