最 終 話

「本当に、なんで今まで気がつかなかったのか……」

「さあ、疲れてるんじゃないのか?それより、そいつは俺が後で処理しておくから何か籠にでも入れておいてくれ」

「大変ですね。こんなのもあなたの仕事ですか」

 お疲れ様です、と一声かけて男はビークを持ち去っていった。

「ありがとう、後は任せた」

「まだどうするか決めたわけじゃない」

 斗森は自信満々に言って見せた。

「いや、あんたはきっとやり遂げてくれる。責任感強そうだし。何より未来が一つに決まっているのならね……」

 そして私は段ボールに空気穴を開けた簡単な箱に入ったビークを預かり、刑務所を後にした。

「私は野暮用に好かれているのかもしれない」

 箱の中のビークは驚くほどに、落ち着いていた。


 どうしようかとあれこれ考えても「最適」という答えにはたどり着けず、とりあえず私はうんと昔の時代に飛ぶことにした。場所は図鑑を頼りに、彼らのいるべき場所へ。暑くてジメジメしている熱帯雨林だ。

「お、おい騒ぐなよ」

 両手に持ったケージが二つとも大きく揺れ動いた。

「どうした?見たことのない場所に怖じ気づいているのか」

 それは杞憂だった。二匹は全力の体当たりでケージの扉を突き破り、外に出た。祖相手感慨深そうに辺りを見回している。

「自分たちがどうあるべきなのか、どうやらもうわかっているらしいな」

 であれば、私の役目は終わったも同然だった。

「あとはここで元気に暮らすといいさ。そのうち人間に見つかって、面倒なことになるかもしれないけど、その時くらいまでは家族でも作って気楽にな」

 二匹は振り返ることなく、駆けていった。「まあ、未練が無さそうでよかった。きっと奴らなら大丈夫だろう。運命が一本道であるならば……」

 元の時代に戻り、自宅のソファーに横たわったとき、私はようやく肩の荷が下りたような気がした。黒原啓蔵を捕まえた日からまだ一週間ほどしか経っていない。なのにあの学校へと赴いた日がもう何年も前のことのように感じる。とても濃密な時間だった。

 先ほどの用事のために読んでいた生物図鑑をまだ片付けていなかったので、私は手に取り適当にめくった。すると角の折られたページで手が止まる。そこにはこう記されていた。 

 一七九八年に発見されたカモノハシ科カモノハシ属の哺乳類で、主に熱帯雨林、淡水の川や湖に生息している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カモノハシ漂流記またはキメラ人間 矢壁 四漁 @usibari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ