夢は叶うというけれど

きと

夢は叶うというけれど

「俺はさ、夢をあきめた人も認めてあげるべきだと思うんだ」

 暖かい日差しがこぼれる、公園の中の並木道。そこにあるベンチで私のとなりに座る君は言った。

「えっと、なんでまた?」

 私は、君の方に視線を向ける。君の視線は、すっかり葉桜となった木を見上げていた。この前まで、桃色に染まっていたというのに、あっさりとそんな時期は過ぎてしまった。

 君は、視線を木から外さず、そのまま話し出す。

「だってさ、夢を叶えるために長い間努力して来たんだぜ? その積み上げてきたものを捨てて、新しい道に進むのって、相当な覚悟かくごが必要だしさ。だから、俺は夢を諦めた人も十分にすごい人だと思うんだ」

 それは、確かにそうかもしれない。

 ずっと長い間、夢見ていたものやあこがれていたことを諦める覚悟。

 夢のために、費やして来た時間と努力してきたことを捨てる決意。

 今まで歩いてきた道をれて、新しい道を選んだ勇気。

 諦める、なんて言うとなんだかマイナスなイメージがつきやすいが、そこにだっていろんな葛藤かっとうがある。

 君は、葉桜から視線を自分の手に戻す。そのまま、私の方など見ないで話を続ける。

「夢は諦めなければ叶う、なんてことを有名人とかスポーツ選手とか言うけどさ。そりゃそうだよな。だって、その人達は本当に夢が叶っちゃたんだから」

 夢は叶う。本当に夢をかなえた人は、その経験があるから、夢は叶うと言うことができる。

 なら、逆はどうだろう?

 夢が一つも叶わなかった人は、夢は叶うはずがないというだろう。

 それでもきっと、夢を叶えた人はいうだろう。

 諦めるなと。絶対に夢は叶うと。それが、どれほど残酷ざんこくなことか気づかないまま。

 夢を諦めた人だって、諦めるその瞬間しゅんかんまで努力してきたのだ。同じ夢を追いかける他の人や自分自身に、負けるものかと、諦めてたまるかと努力していたはずなのだ。夢が叶った人と同じように。

 夢が叶った人は、もしかしたら、努力が足りないと言うかもしれない。

 夢を諦めた人だって、怠けていたわけではない。だけど、ある日知ってしまったのだ。

 いくら努力しても、届かない壁があることを。何をしても、叶うことがない夢があることを。

 ……君はまだ、手を見たままだ。だんだんと、話し方も暗くなっていく。

「夢って、ひどいよな。見るのは簡単なのに、叶えるのはものすごく大変だ。そのくせ諦めたら、『諦めるな』って説教されるんだぜ?」

 夢を見るだけなら、タダ。

 でも、タダより高い物はないという通り、多くの夢が努力しないと叶わない。

 いくら諦めまいと努力しても叶わないことがあるのも、残酷な事実だ。

 そして、努力しないと夢を諦めた人でも前に進むことができないのも、また事実だ。

 結局のところ、人は努力し続けるしかないのだろう。

 だから、私は君に言葉を送る。隣で、静かに手を握りしめている君のために。

「……今まで、お疲れ様。これからも私が支えてあげるから。だから、この先も一緒に頑張ろうね」

 ……この言葉で、どれほど夢破れた君の悲しみを拭うことができるのだろうか?

 それは、君次第だし、もしかしたら余計なお世話かもしれない。

 でも、今、君が小さく言ったありがとう、と言ってくれたのは聞き逃さなかったよ?

 今まで、夢へ一直線に頑張ってたね。本当にお疲れ様。これからも、そばにいるからさ。一緒に頑張っていこうね。

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