地球侵略に向けての調査進捗報告書

稀山 美波

調査進捗報告

調査進捗報告

2020年 5月1日 17:21(現地時間)


星間長距離航行船が生体反応を確認。島国と思われる地の山間に船を降ろし、大気成分および重力分析を開始。多量の窒素を確認、有害成分は認められない。重力は母星のおよそ0.96倍と推定。生存および移住が可能な異星であると判断する。


山を下り、人里を発見。二足歩行、双眼双腕単口型の現地民を視認。典型的な類人猿型異星人であるらしい。現地民に擬態し、聞き込みを開始する。どうやらこの星は、『地球』と呼ばれる星で、ここは『日本』という島国のようだ。


地球人の知能レベル並びに技術レベルは、我々に大きく劣る。侵略難易度は極易と判断。これより日本人に扮して生活を行い、地球の調査を開始する。この調査報告を参考に、地球は侵略するに値する異星であるかを判断してほしい。



調査進捗報告

2020年 6月3日 19:03(現地時間)


日本は豊かな国だ。我々の星と違い自然が多く、それなりに資源もある。地球の地軸による影響で、季節によって寒暖や風景の差があるのも我々の星とは異なる興味深い点だ。


日本は多少の貧富の差はあれど、おおよその国民が衣食住に事足りる生活を営んでいる。そして、この地に住まう人間は実に温和だ。日本のことについて尋ねる私に嫌な顔ひとつせず、笑顔を浮かべ懇切丁寧に物事を教えてくれる。私に身寄りがない(という設定にしている)ことを知ると、食料まで分けてくれるほどだ。心と生活に余裕がある証拠だと考えられる。


また日本人は実に勤勉だ。学生の内は勉学に、社会人となってからは労働に、日々の生活の半分程度の時間を費やしている。特に社会人は、勤務時間が過ぎても労働に励み、また労働が終わってもなお労働に関することを口々にする。労働のしすぎで死んでしまうほど、地球人は働くことが好きであるらしい。日々の生活を豊かにするための労働で、日々の生活を苦しめるというのは中々に理解しがたいが、とにかくそれほどまで勤勉であるということだ。


温和かつ勤勉な人種は、侵略後も有能な奴隷として働いてくれるに違いない。これまでに、地球ほど侵略に向いた星があっただろうか。この星に降り立って間もないが、次の報告で侵略の可否を判断してもよいかもしれない。



調査進捗報告

2020年 7月10日 18:14(現地時間)


前回、『日本人は温和だ』と報告をしたが、一部訂正する。彼らは決して温和という訳ではなく、単に負の感情を表に出さないという人種であるらしい。飲みの席で親密となった者たちに盗聴器をしかけてみたところ、私が席を立ったところで『気味の悪い奴だ』と大いに盛り上がっていた。


二カ月(地球における暦の呼び方である)ほど日本で過ごしたが、どうやら日本人の間には『察する文化』というものがあるらしい。そしてそれを美徳とするきらいがある。決して本音で語り合わず、互いが互いに腹の内を探り合い、他社の考えや心情を『察する』ことがコミュニケーションの基本となっているようだ。


それ以外にも日本には、『敬語』という理解しがたい風習がある。目上の人間や初対面の人間に対して、わざわざ言葉遣いを変えて敬意を表するらしい。それもまた、日本の美徳であるというから理解しがたい。


本音を口にしないことも、わざわざ言葉遣いを変えることも、実に非合理的だ。非生産的と言い換えてもよい。このような文化があるせいで、我々の世界では起こりえない、『コミュニケーションエラー』なるものが発生してしまっている。我々からすれば、『言った』『言っていない』で済む話が、『言わなくてもわかるだろ』と誰もが考えているせいで、情報の伝達に齟齬が発生してしまうのだ。


また更に、地球人は変化を嫌う。そのことを日本では、『事なかれ主義』だなんて呼ぶ。つまり、物事に波風立てることを嫌い、なあなあで事を済ませ、仮初めの平穏に甘んじるのだ。そういう点からも、地球人の非生産的具合が窺える。


このような人種を侵略すると、あるいは我々にも不利益を生んでしまうかもしれない。もうしばらく地球に滞在し、更なる調査を続けたい。侵略可否については、その後に判断するべきだ。



調査進捗報告

2020年 8月21日 17:00(現地時間)


地球を侵略した後、地球人を我々の労働力とすることを想定し、実際に地球人と共に労働をすることとした。地球人の労働力としての価値を見極めることを目的とする。


前回の調査報告でも述べたが、地球人は非合理的かつ非生産的だ。我々が労働者を雇う際には、その者の体力や知能のレベルを判断する。どれだけ労働に貢献できるかを見積もるわけだ。ただそれだけであるし、それ以外に何が必要なのかもわからない。


ただ地球(とりわけ日本)では、そうでないらしい。数値化することが困難な『人柄』なるものを重視する企業が散見される。その『人柄』とやらが労働する上で何の役に立つかはわからないが、『察すること』や『感情を表に出さないこと』を美徳する日本ではどうやら最重要事項であるようだ。


敬語も使えず、他者の心情を察する(日本では『空気を読む』と言うらしい)ことのできない私は、働き口を見つけることすら困難だった。体力・知力ともに私より劣る地球人に無能の烙印を押されることは腹立たしいが、これも地球侵略のためだと堪えることとした。


このように心情を吐露しないことを覚えた私は、日本人としての一歩を踏み出したのかもしれない。まずは敬語を覚え、日本人らしい振る舞いを身に着けることとする。それまで、侵略の可否については待たれたい。



調査進捗報告

2020年 9月25日 17:34(現地時間)


努力の甲斐あり、ようやく働き口を見つけることができた。地球では情報伝達のために電波を飛ばしていて、各家庭にはそれを受信する機器が置かれているのだが、その機器を地球人たちに売り込むという仕事だ。私の働き口では主に、企業や商業施設のような大きな場所に設置する用のものを販売しているらしい。


我々の星であれば、ものを作り、人々がそれを買う。良いものであれば買うし、悪いものであれば買わない。それ以上でも以下でもない。しかし地球ではそういうわけでもなく、ここでも『人柄』なるものが活きてくる。


つまるところ、製品を販売する者の良し悪しで購入の是非を判断することがあるということだ。これまた非合理的だが、地球の文化なのだからこれ以上言うまい。ともかく私は、その製品を売り込む『営業』なる仕事についた。これまた我々の星にはない、存在意義のわからぬ仕事だが、地球の文化を学ぶにはちょうどよい仕事かもしれない。


なんでも私の働き口には若い人材(日本では労働力に対してこのような呼び方をする)が多く、コミュニケーションが活発な明るい職場であるそうだ。コミュケーションの多さが労働の価値に繋がる理由はよくわからないが、地球を理解するのには丁度よい。


地球における労働をしばらく経験したのち、地球侵略の判断をしたい。もうしばらく、侵略の可否については待たれたい。



調査進捗報告

2020年 10月15日 22:55(現地時間)


実際に地球の労働を経験して感じたのは、地球人の労働には無駄が多すぎるということだ。朝になると社員全員が集まって、販売のノルマに関する檄が飛ぶ。この時間が実に無駄なのだが、さらにその後社員全員で社訓(その企業におけるスローガンのようなもの)を大声で復唱する時間は更に無駄だ。


日本特有の『敬語』という文化が、その無駄に拍車をかけている。業務に関する書類を承認してもらう(この行為も無駄なのだが)ために、上司に依頼をすることがある。その際、この報告書のような文章を上司に対して送り付けるわけだが、その文面もいちいち回りくどい。


『○○の件 承認必要』とでもすれば意図が伝わるのだが、日本人はそれを許さない。入社したての頃、このような文章を上司に送ったところ、二時間(地球時間)ほど叱責された。これもまた無駄だ。ここでは参考に、正解とされる文章を掲載しよう。


△△部長

お疲れ様です。××です。

○○商事様向け○○の件ですが、提出書類に上長承認印が必要となっております。つきましては、書類を一読いただき、承認印をいただけないでしょうか。お忙しいところ大変恐縮ではありますが、ご対応のほどよろしくお願いいたします。


地球人の非生産性を理解いただけただろうか。文章ひとつをとってみても、実に無駄なことに労力を割いている。このような非合理的な人種を侵略すること自体、無駄なのではないかと最近は感じるようになった。もうしばらく、侵略の可否については待たれたい。



調査進捗報告

2020年 11月25日 00:31


今日は取引先の社長を交えての会食がありました。その席で上司が話していたのですが、どうやら研修期間(私が入社してから三か月ほど)の間は、時間外労働に対する対価が支払われないとのことです。


しかしこれも、地球流、ひいては日本流の労働のかたちなのでしょう。またひとつ、地球について詳しくなれたように感じます。日本の『空気を読む』という風習についても、ある程度の理解ができました。他者の言動に腹を立てたとしても、笑顔を浮かべていれば穏便に事は運ぶのです。日本で『事なかれ主義』が蔓延るのも納得できます。いちいち物事に波風立てていては、仕事は円滑に進みません。


それにしても、地球産のアルコールという物質は素晴らしいです。日々の労働で疲れた体に染みわたり、何もかも忘れて熟睡することができます。仕事のことで一杯となった頭の中が真っ白となる感覚も良い点です。


地球侵略に関しては、もう少し様子を見ましょう。未だ、不明点や不明確な点が多く、侵略の可否を判断するには不安が残ります。



調査進捗報告

2020年 12月31日 23:57


関係各位


平素は格別のご愛顧を賜り心から感謝申し上げます。

母星ではそろそろ宇宙花が満開となる時節と思います。遠く離れた地球の『雪』という現象を見ると、故郷に咲く宇宙花をふと思い出してしまいます。


さて、地球調査についてですが、私の力量不足で大変恐縮ではありますが、さほど進捗がないのが現状となります。理由といたしまして、私が日本以外の諸国に訪れていないこと、地球の暦の上では年末ということもあり業務の締めに追われていたことなどが挙げられます。


日本に限った話ではありますが、この地は温暖湿潤、かつ資源も豊かではありますので、侵略する価値は十二分にあると考えます。つきましては、次回の調査進捗報告を参考にしていただき、地球侵略を前向きにご検討いただけたらと存じます。


以上、今後とも変わらぬご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。



調査進捗報告

2021年 3月28日 01:46


関係各位


平素は格別のご愛顧を賜り心から感謝申し上げます。

皆様の地球侵略に逸る気持ちはご察しいたしますが、どうかもうしばらく侵略可否の判断はお待ちいただけないでしょうか。


私事で大変勝手ではございますが、業務に追われ地球の調査まで手が回らないのが現状です。地球人とともに労働をすることは、地球人の生態および労働力を知る上で欠かせませんので、どうかご理解いただきますようお願いいたします。


以上、今後とも変わらぬご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。



調査進捗報告

2021年 5月25日 03:04


関係各位


平素は格別のご愛顧を賜り心から感謝申し上げます。

皆様の地球侵略に逸る気持ちはご察しいたしますが、どうかもうしばらく侵略可否の判断はお待ちいただけないでしょうか。


私事で大変勝手ではございますが、業務に追われ地球の調査まで手が回らないのが現状です。地球人とともに労働をすることは、地球人の生態および労働力を知る上で欠かせませんので、どうかご理解いただきますようお願いいたします。


以上、今後とも変わらぬご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。



 ◆



調査報告

2021年 8月3日 17:00(現地時間)


地球の島国である『日本』を発見。先の調査員(個体識別番号:SCK-04510)の報告通り、大気と重力に問題は確認されなかった。山間に船を降ろし、人里を訪れる。先の調査員に関する聞き込みを開始した。


結論から述べる。彼はすでに亡くなっていた。


どうやら彼は、ここらにある企業で働いていたらしく、住居もすぐ近くにあったらしい。我々に調査進捗報告を送ったすぐ後、その住居の中で首を吊ったということを、住居の大家が教えてくれた。部屋は散らかり、アルコール飲料の容器が床を覆いつくしていたそうだ。


先の調査員と生前親しかった者だと大家に伝えると、大家は実に不機嫌な顔を浮かべた。なんでも、『自殺した人間が住んでいた部屋なんて借り手が見つからない。まったく面倒なことをしてくれた』とのことだ。


身寄りのない彼の遺体は役所の人間がどうにかしたとのことだったので、そのまま役所へと赴く。人間の死に関することだというのに、役所の人間は実に淡々と彼の最期に関して教えてくれた。そこには、何の感情もないように思われた。


先の調査員は『地球人は温和である』と述べていたが、全くの誤りであると私は判断する。人間を道具のように扱う会社、他者が死んでも何も思わない人間たち。地球人は、自らと他者に明確な線引きをしている。我々と違い、『同胞』という認識が欠落しているのだ。


これほど恐ろしい人種を、私は見たことがない。

地球侵略に関してだが、断じて行うべきではないと結論付ける。この星の住民と関われば、我々も先の調査員と同じ末路を辿るだろう。


調査報告は以上。これより帰還する。

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