第34話 商人の街づくり3

「こんにちは〜」


アタシは以前、バカ勇者から追い出された町へ行き、雑貨屋のご主人に声を掛けた。もちろん移住話を持ち掛けるため。


「ほぉー、そんなところに街をねぇ…」


「ご主人さん、思い切ってどうですか? 目の前に海があるから、毎日釣りを楽しめますよ。今なら支度Gとお住まいも用意します!」


「うん、そりゃいいな。でも…やめておくよ」


短くなった葉巻を一口吸ってから、ご主人は続けた。


「やはりね、慣れ親しんだ故郷を離れるってのは躊躇うよ。私のお店を贔屓にしてくれるお客さんも少なからず居るもんでね。悪いけど」


「そうですか…」


正直なところ、移住の誘致には苦戦している。思いの外、地元を離れたくない方が多い。


いっそのところ酒場にでも宣伝してみるか… いや、支度金目当てに来る胡散臭い輩がいっぱい集まりそう。やっぱり人となりもあるし、ある程度の人選は必要だよね。


はぁ、参ったな。街の土台は出来つつあるのに、肝心の住民が見つからなきゃ意味ないよ。


次行く村はいい人が見つかればいいな。道具袋からキメラのつばさを漁ってたところ、


「そ、そんな! 明日、孤児院を取り壊すだなんて、この子達は…」


「知らねぇよ! そもそもアンタがいけねぇんだろ? 借りたGはキチンと返す。子供でも知ってる事だろよ」


「ですが、そちらのオーナーさんとは、Gの支払う意思があるなら無期限で返済を待つと取り決めたはずです」


「そりゃ、神父さんが生きてた時の取決めだろうが! 半人前のアンタじゃ信用ならねぇよ。こっちはよ、アンタと違って慈善事業してるんじゃねぇんだ」


人相の悪い男は、大げさに顔を左右に振り、


「それにアンタにゃ、ずいぶん前から説明してるハズだぜ。いい加減に理解してくれ。孤児院の取り壊しは明日行う、役所にも通達済みだ」


項垂うなだれるシスターさんをよそに、男はその場から去っていった。アタシは居ても立ってもいられずに、


「あ、あの〜」


シスターさんは涙目を擦りながら、笑顔を取り繕い、


「どうされました? 何かお困りでしょうか?」


木陰から事の顛末を覗いていたとは言えなかったが、絶望感でいっぱいなハズなのに、何事もなかったかのように対話するシスターさんを見て、アタシは一瞬で決意した。


「良ければ、アタシ達の街へ来ませんか?」


「あの… それはどういう意味でしょうか?」


アタシは街づくり経緯を説明した。この説明、何度行っただろう? 我ながら流暢に話せるようになったもんだ。


「お誘いは有難いのですが、私、まだ見習いのシスターなので、祈りを捧げるか毒の治療くらいしか出来ません。そんな私がそちらの街でお役に立てる事なんか…」


「十分ですよ! この国ってまだまだ信仰が強い方が多いから、シスターさんが祈りを捧げる姿って、凄い安心感をもたらすと思うんです。それに…シスターの見習いなんでしたら、新天地で経験を積んで、マザーって呼ばれるまで頑張ってみませんか?」

 

握り拳を作り、少し語気を強めてそう言うと、シスターさんは目を瞑って両手を組み天を仰いだ。頬を流れる涙が健気でいじらしい。


「ね? だから気にしないで子供たちと一緒に来てください。住む場所はこちらで用意しますので」


シスターさんは、思わずハッとした様子だった。ごめんね、アタシさっきのやり取りずっと見てたの。


「ううっ… あ、ありがとう…ございます。この子達には、未来は希望に満ち溢れたものだと教えてきました。それなのに、住まいを失ってしまっては、未来なんて描けなくなってしまいます。だから、本当に…本当に良かった…。…よしっ! 私、決めました! マザーになるまでもう泣きません!」


「強いんですね」


「ええ! だって私、この子達の母ですから」


明日には孤児院が解体されるんだ。急ぎ、移住届を申請しなくちゃいけないけど、孤児は基本的に戸籍を持たないから移住届の申請は不要で、教会関連に従事する者に至っては、申請そのものが免除になるの。


免除の理由は、魔物の襲来があった村や戦後間もない国へは、真っ先に神父が赴き、死者を弔う事が法で定められてるから。それを怠るとゾンビになって、人々を襲う様になるの。申請してる内にゾンビになったんじゃ目も当てられないからね。


あと、ゾンビを退治するのは容易いかもれしれないけど、元は同じ人間だったんだよ? そんな魔物を誰が好き好んで退治すると言うんだ。


「なので、今日からでも街へ移住できますよ。と言っても、まだ仮住まい用の家しか無いんですけど」


「私たちはそこで十分です。でも今日はこの孤児院で過ごします。だいぶ古くなってますが、今まで私たちを雨風から守ってもらった思い出の家なんです。亡き神父様と共に、最後の一晩はここで」


「分かりました、では明日正午に迎えにきます」


アタシは住人が増える事を素直に嬉しく思ったけど、シスターさんを含め、あの子たちは思い出のあるこの地を離れる事をどう思うのかな? でも新しい街はきっと素敵な街にしてみせるからね。


あれ? アタシ、今まで手当たり次第に誘致の声を掛けてきたけど、居場所を失おうとしてる人たちなら、移住してくれる可能性が高いんじゃない? 


例えば、仕事が無くて家を追い出されそうになってる人や、家が古いけどGが無くて止む無く留まってる人なんか良さそう。うん!


ここから、移住誘致の成功率は飛躍的に上昇していく事になる。


ただ、仮住まいの材料代や支度金でGが乏しくなってきた。武闘家と遊者がG策に奔走してくれてるんだけど、いや、やっぱり街づくりって大変だ。




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行け女商人、世界はきっと美しい 花咲く小道 @hanasaku-komichi

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