第168話 クリスマスの予定

「ふーん、そんな事を考えてたの?」


 リビングに入ると、遥香ちゃんは食材を持って台所に行く。

 そして俺はというと、遥香ちゃんのお母さんとお婆さんに囲まれていた。


「そ、そうですね。今思うと、自分でも変なことを考えたなと……」


 これ、いつまでも続くんだろう。

 かれこれ20分は続いていて、しかも同じ質問ばかりされている。


「それで、吉住くんは遥香といつ結婚するんだい?」


 今度は遥香ちゃんのお婆さんだ。

 この質問もさっきから何度もされていて、俺の返事が気に入らないのか、口調が怒り気味になっている。


「遥香ちゃんのお婆さん。さっきも言いましたけど、まだ高校生だから結婚の日までは……」


 ダメだ、全く分からない。

 俺はお手上げ状態になってしまい、遥香ちゃんの居る台所に目を向けた。

 すると、遥香ちゃんは可愛く手を振ってくるので、俺も手を振って応える。


 今の遥香ちゃんも可愛いな。


 遥香ちゃんは「料理を作るのに邪魔なの」と言って、ふわふわのお団子ヘアーに変えていた。

 普段の下ろした姿も好きだけど、今の遥香ちゃんも大人っぽく感じる。


 少しの間、料理を作る遥香ちゃんに見惚れていると咳払いが耳に入った。


「遥香は可愛いかったかい?」


「えっ、か、可愛いです。髪型のせいか大人っぽくて、表現しきれない可愛さですね」


 そんな返事が面白かったのか、2人は顔を合わせて苦笑している。


「今の寛人くんには伝わりそうにないわね」


「そうさね、今の吉住くんは遥香しか見えとらんみたいだし」


 見惚れていたのは事実だけど、2人を忘れてはいない。


「私達が言いたいのは呼び方なのよ。だから何度も同じ質問をしてたでしょ?」


「……呼び方ですか?」


 遥香ちゃんのお母さんに聞き返すと、今度はお婆さんが話しかけてくる。


「そう、私は千代ちよだよ。相澤千代あいざわちよ。遥香ちゃんのお婆さんが名前じゃない。だから名前で呼んでおくれ」


「分かりました。千代さんと呼びます」


 そういうことか。

 同じ質問をされてた理由がやっと分かった。

 すると、遥香ちゃんのお母さんが「次は私の番」と言いたげに、自分を指差している。


「優子さんでしたよね」


 遥香ちゃんのお母さんの名前は覚えているから間違いない。

 しかし、何故か不服そうにしていた。


「お義母さんって呼んでくれないの?」


「……そ、その呼び方は数年後に」


「いずれ呼ぶなら今でも良いじゃない。ほら、寛人くん呼んでみてよ」


 優子さんが「早く」と言いながら詰め寄っているが、千代さんはニヤニヤと笑っていて助けてくれない。

 早すぎる展開についていけず困っていると、スマホから着信音が流れた。


「……で、電話みたいなんで、こ、この話はまた今度にしましょう」


 優子さんの口から「逃げられた」と聞こえた気がしたので、急いでスマホを取り出す。


 ……ん? 母さんから電話?


「もしもし、どうしたの?」


『まだ寛人は遥香ちゃんに居るよね? 前にチケットが欲しいって言ってたでしょ? 年末の分を取れたから遥香ちゃんにも教えといて。電話が終わったらRINEに詳細を送っておくから』


「えっ、チケット取れたの? 分かった。遥香ちゃんにも言っておくよ」


 母さんからの電話は、オーケストラのチケットが取れた連絡だった。

 電話を切ってRINEを開くと、チケットの写真とURLが送られている。


「遥香ちゃん、母さんから連絡があって、チケットが取れたよ。RINEに写真とURLがある」


「えっ、本当に取れたの? どれどれっ? 見せて見せてっ!」


 遥香ちゃんはリビングに飛び出てくると、スマホを覗き込んでいた。

 しかし急いでいたのか、手には人参を持ったままだ。


「クリスマスイブなんだね」


「それに、開催地はクリスマス花火を見た場所だな。……そうだ、学校の終業式は何日? 俺の学校は23日にある」


「私の高校も同じ日に終わるよ」


「だったら問題なく行けるな。今年のクリスマスはオーケストラを聴いて、その後に花火を見に行こうか?」


「うん、絶対に行くっ! 早くクリスマスイブにならないかなー」


 オーケストラと花火の会場は反対方向だけど、同じ駅にある。

 オーケストラの開演時間は16時だから、花火の時間には間に合う。


 ……今年も一緒に花火を見れるな。


「寛人くん、どうかしたの?」


 去年のクリスマスを思い出していると、遥香ちゃんが俺を見上げていた。


「去年もクリスマス花火を見に行ったでしょ? その花火が終わった後、が躓いて俺が抱き止めたのを覚えてる?」


 俺の言葉を聞いた遥香ちゃんは表情が曇ってしまう。


「……うん、覚えてるよ」


「あの時、離したくないって思ってたんだ」


「……私も離して欲しくなかった」


 遥香ちゃんの瞳には涙が浮かんでいて、泣き顔を隠すように、俺の胸に顔を埋めて抱き着いてくる。


 その姿を見て、手を離してしまった自分を後悔した。


「大丈夫、もう離さないから」

「うん」


 そっと遥香ちゃんを抱きしめると、俺にしがみつく力が強まったのを感じる。



 だけど……



 遥香ちゃんは気付いてないけど、俺は気付いていて、忘れてもいない。


 ──優子さんと千代さんの存在を。


 遥香ちゃんにスマホを見せた時から、2人の視線が突き刺さっている。


 あと、遥香ちゃんの手に持った人参も俺に突き刺さっていた。

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