第167話 3回目の訪問
「ただいまー、寛人くんを連れてきたよー」
遥香ちゃんが元気良く玄関の扉を開けて入っていく。そして振り返りかえると、首をコテンと傾けながら俺を見ている。
「寛人くん、入らないの?」
「入るよ、お邪魔します」
遥香ちゃんに促されて家の中に入り、2人でリビングに向かう。
「どうして玄関の前で止まってたの? 足が前に進まないって感じだったよ」
「モヤモヤするというか……何だろう……変な違和感があった」
俺の言葉に驚いた遥香ちゃんは、立ち止まると「どうして?」「なんで?」と問い詰めてくる。
遥香ちゃんの言いたい事は分かる。逆の立場なら俺でも同じ質問をするだろう。
「改めて『遥香ちゃんの家に来た』と思ったからかな……」
一回目は『相澤遥香』が熱を出した時。
二回目は『佐藤遥香』の幼馴染みとして挨拶をした時。
しかし、三回目の今日は『桜井寛人』と『吉住寛人』どっちの『寛人』で来てるのかな……と、思ったからだ。
そんな事を考えていると、遥香ちゃんが怪訝な表情で俺を見ている。
「ふーん、変な寛人くん」
「変って言うけど、遥香ちゃんは俺の家に来て、何も思わない?」
「思わないよ。寛人くんだから」
遥香ちゃんは、何があっても『寛人だから』で完結しそうだな。
あっ、そうか……これかもしれない。
「遥香ちゃんの言葉で分かった。遥香ちゃんには『桜井寛人』と『吉住寛人』は同じ『寛人』だよね?」
「どっちも同じかな。寛人くんは違うの?」
「俺も同じだよ。どっちも遥香ちゃんだ」
……だけど、本当は違う。
生まれた時から一緒に居て、子供ながらに「結婚しようね」と言い合っていた。
そんな日々が当たり前で、ずっと続くとすら思っていた。
あの、離れてしまう日までは……
「遥香ちゃん、俺達の関係って何だと思う?」
「私達の関係? えっと、幼馴染みで、好きな人で、それと結婚するでしょ……あとは……あれ? 何だろ?」
遥香ちゃんも違和感があるみたいだ。
だけど、理由が分からないのか不思議そうに首を傾げている。
「やっぱり遥香ちゃんも変な感じがした?」
「うん……寛人くんは理由が分かるの?」
「完全には分からないけど……恐らく、空白の期間が原因だと思う」
恐らくと言ったけど、確信している。
会えないまま月日が経ち、やっと再会できたけど、俺達は大人になりすぎた。
「俺達って今は高校生だろ? それなのにお互いの気持ちだけは昔のまま。……昔のままだと幼馴染みでしかない気がした」
「そっか、私も分かったよ。私達って何だろうね。寛人くんは好きな人で……恋人になるのかな? ……でも、恋人ってお付き合いしてる人だから……うーん、分かんない」
遥香ちゃんは今も首を傾げているけど、今の言葉で違和感の正体がハッキリした。
「遥香ちゃん、それだ! 俺達って『付き合う』とか『恋人』とかの考えが無かったんだ!」
「あー、そうかも。好きって言ったけど昔のままだったね。じゃあ、もう一回やり直してみる?」
「えっ、やり直すって……どこから?」
「最初から。好きだって言った所から」
既にやる気満々の遥香ちゃんは、荷物を置くと俺の正面に立ち、期待に満ちた視線を向けてくる。
その表情を見ると少し笑みが溢れた。
相澤さんの時には見れなかった顔だな……今なんて昔のままの遥香ちゃんだ。
「分かった、やってみるか」
手に持った買い物袋を置き、遥香ちゃんの前に立ち視線を向ける。
「遥香ちゃん、大好きだ。俺と付き合ってください」
「はい、私も寛人くんが大好きです。これからも一緒に居てください」
そう言った後、俺達は口を開かず静寂に包まれていた。
しかし、お互いに違和感があったのか笑い出してしまう。
「ふふふ、寛人くん。何か変だよ」
「ああ、言ってて背中がムズムズした」
こんなのは俺達に合わないのかもしれないけど、言えて良かったと思っている。
「私達って何か変わるの?」
「変わらないと思う」
「だよね。あと、付き合うって何するの?」
「それこそ全く分からない」
学校でもカップルは居るけど、俺と遥香ちゃんの方が距離は近いと思う。
しかし、さっき西川さんに『イチャイチャするな』と言われたけど、俺達にそんな気は全くない。
一緒に居るのが当たり前っていうのか、自然なんだよな……だからこそ『付き合う』や『恋人』と自覚したかったのかも。
遥香ちゃんも変わらないって言ってるけど、表情を見る限り同じ気持ちなんだと分かる。
「寛人くん、そろそろリビングに行こうよ。早くご飯作らないと遅くなっちゃうし」
「そうだったな、行こうか」
床に置いていた荷物を持つと、二人で並んでリビングに向かう。
しかし、俺と遥香ちゃんの足は止まってしまった。
目の前にあるリビングの扉から、二つの顔が俺達を見ていたからだ。
「アンタ達、さっきから何やってんの?」
遥香ちゃんのお母さんとお婆さんだった。
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