第166話 スーパーからの帰り道
「買い忘れはないからレジに行くね。寛人くんは食べてたい『おやつ』とかある?」
おやつって、お菓子のこと?
そう思ってると、お母さんと手を繋いだ、3才くらいの男の子が目の前を通りすぎた。
そして、男の子の手にはお菓子が握られている。
……俺、この子と同じ扱いなの?
「……い、いやお菓子はいらないよ」
「そう? 分かった。じゃあ、レジでお会計するね」
遥香ちゃんは楽しそうにレジに向かった。
あの『学園祭』の日から、遥香ちゃんは変わったな……
ずっと『相澤遥香』として俺と居たのに、急に『遥香ちゃん』になって、俺への接し方も変わった。
……違うな、昔に戻っただけか。
「寛人くん、ボーっとしてるけど、どうしたの?」
考え事をしてたのが顔に出てたみたいだ。
「なんでもないよ。前も言ったかもしれないけど、昔の遥香ちゃんに戻ってると思ってた」
「そうかな? 私は変わってないよ? 寛人くんの方が変わったと思うよ」
遥香ちゃん、自覚がないのか……
前は絶対に『おやつ』とか言わなかったよ?
でも、俺の方が変わったって言ってたけど、俺自身は変わったつもりはない。
だけど、遥香ちゃんから見ると、俺も変わったらしい。
「俺が変わった……か。そうかもしれない。まあ、気にしても仕方ないな」
「うん。私達は私達だからね」
前に並ぶ人が居なくなり、俺達の会計の番になったので、カゴをレジに置いた。
◇
「買い込んだね。普段からこんなに多いの?」
「いつもと同じだよ。1回行くと、3日分の食材を買って帰る感じかな」
「ふーん。そうなんだ」
だから買った量が多かったのか。
俺の両手にはレジ袋がぶら下がっている。
母さんもスーパーに毎日行ってないみたいだし、やっぱり遥香ちゃんって凄いな。
部活もやって、勉強もできて、家のこともやってるから。
遥香ちゃんがカートを戻して、俺達はスーパーの出口に向かう。
そして自動ドアが開き、外に出ると──
「アンタ達、2人でスーパーに行ってたの?」
──知ってる顔が見えた。
「綾ちゃん、ここで何してるの?」
「私は家に帰ってる最中。それよりも、アンタ達こそスーパーで何してんの?」
正門で別れたはずの西川さんが居る。
ここは遥香ちゃんの帰り道だから、西川さんにとっても帰り道だった。
「私は夕食の食材を買ってたよ。寛人くんは荷物を持ってくれてるの」
「それは見たら分かるわよ。そうじゃなくて、どうして吉住くんが居るの? 家は反対方向でしょ?」
西川さんは陽一郎の家を知っていて、俺が近所に住んでることも知ってる。
「ああ、今日は遥香ちゃんの家で夕食をご馳走になるんだよ。これは、その買い物」
手に持っている袋を見せた。
「買い物袋でしょ? そんなの見たら分かる。そうじゃなくて、私は田辺くんと会えてないのに、アンタ達だけズルイって言いたいの!」
どうして西川さんは怒ってるの?
理由は分からないけど、とりあえず謝っておこう。
「悪かったな」
「綾ちゃん、ごめんね」
俺と遥香ちゃんは、同じタイミングだった。それに言葉は違っても謝るのも同じ。
お互いに驚いて、顔を見合わせた。
「ふふふ、寛人くん、一緒だったから驚いたよ。でも、ちょっと面白かったね」
「うん、俺もそう思った」
遥香ちゃんが楽しそうに笑っていて、その笑顔を見ると、俺も自然と笑顔になる。
でも、どうして謝ってたんだっけ?
「──私は楽しくない! アンタ達って何なのよ! どんな時でもイチャイチャするの止めてくれない?」
だから、さっきから何で怒ってるの?
遥香ちゃんも理由が分からないみたいで、俺を見て首を振っている。
「イチャイチャしてないぞ? 遥香ちゃんとは普通に話してるだけだ。……で、西川さんはどうしたの? 陽一郎とは会わなかったのか?」
「会えなかったのよ」
陽一郎に何かあったのか?
心配になって聞いたら、練習試合の申し込みが多すぎて、相手選びで遅くなるだけだった。
そういえば、他県からも問い合わせが来てるって監督が言ってたな……
「仕方ないだろ。陽一郎はキャプテンなんだから。それと、会えなかったからといって、俺達に八つ当たりは止めてくれ」
「……私だって分かってるわよ」
強く言いすぎたかな……目に見えて落ち込んでしまった。
悪いとは思うけど、さっきの状態だと話ができない。
「それで、どこか焦った感じに見えたけど、原因は何なの? 俺達以外にもあるんでしょ?」
「……優衣に先を越されそうだったから」
「は?」
「えっ?」
俺も驚いたけど、黙って聞いていた遥香ちゃんも驚いていた。
山田さんに先を越されそう?
それって……琢磨のこと?
「私が正門で待ってたら、優衣と騒がしい関西人が2人で帰って行ったのよ」
「山田さんは、琢磨の調教中だって聞いてるけど?」
「それは私も知ってるよ。でも、見てたら羨ましいって思ったの」
羨ましいって、調教が?
ということは、やっぱり……
「陽一郎の記憶操作をしてたのか? だから琢磨を見て、続きをやりたくなったとか?」
「──してないわよ! それに、記憶操作って何よ! できる訳ないでしょ!」
「そ、そうか、悪かったな」
じゃあ、誤解する言葉は止めて欲しい。
陽一郎を壊した実績があるから、本当にできると思ってた。
「もう良いわ。私は帰るから。遥香と吉住くんは、今から家に行くんでしょ? 邪魔する気はないから楽しんで来て。遥香、また明日ねー」
「う、うん。綾ちゃん、また明日ね」
俺と遥香ちゃんは西川さんを見送った。
台風みたいな女の子だな。現れたと思ったら、あっという間に去って行った。
「……遥香ちゃん、俺達も行こうか」
「うん。早く作らないと、食べるのが遅くなるもんね」
それにしても、文化祭は終わったのに、山田さんは琢磨と居たのか。
俺と陽一郎の中で、山田さんは琢磨を修理してくれる人と思っていて、全く心配はしていない。
壊れてる琢磨と、修理する山田さんか……あの2人の関係が一番の謎だな……
「寛人くん、どうしたの?」
「ううん、何でもない。遥香ちゃんの料理が早く食べたいなって思ってた」
今は遥香ちゃんと一緒に居るから、考えるのを止めておこう。
しばらく歩くと、遥香ちゃんの家に着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます