第165話 スーパーで食材選び

 文化祭の2日間が無事に終わった。

 まだ集計は終わってないけど、俺達のクラスが売上1位になるのは間違いない。


 そりゃ、そうだと思う。

 この2日は試合より大変だったから……


 でも、遥香ちゃんと一緒に居れたから本当に楽しかった。


 その遥香ちゃんは、西川さんと着替え中で、俺と陽一郎は2人が来るのを待っている。


「陽一郎、どうだった? 西川さんとは普通に回れたのか?」


「……ああ、回れたと思う」


 思うって何だよ? 歯切れが悪いし、本当に普通だったのか分からない。

 でも、数日前までは記憶すら消えてからな……それを考えたら上出来か。


「そうだ、陽一郎……琢磨の所に山田さんが居たけど見たか?」


「西川さんと屋台に行った時に見たよ。琢磨を調教するとか言ってたな。あれ、大丈夫なのか? 琢磨まで壊れたらシャレにならないぞ」


 琢磨って……陽一郎。その言い方だと、自分がポンコツだと言ってるのと同じだぞ。


「俺は大丈夫だと思う。むしろ好ましい状況だと思ってる。考えてみろよ……琢磨は図太くて繊細とは程遠いだろ? それに落ち着きがない。その琢磨が少しでも大人しくなるなら大歓迎じゃないか」


 琢磨の好不調の原因は、その性格だ。


「そうか、上手くいけば試合中のムラっ気も少なくなるな」


 ムラっ気や集中力が無くなる原因の元、それは──『女の子』だと思う。

 試合中に山田さんの名前を叫んだりしてたのが良い例で、琢磨は良い格好を見せたがるからな。

 本当に琢磨が山田さんを好きなのかは知らない。だけど、調教であっても、側に女の子が居るのはプラスになる。


「ムラっ気がなくなって、この前の試合みたいに安定してくれたら、それだけで俺達の戦力はアップするだろ」


 そうなると、残りの問題は陽一郎だけだ。

 でも今の状態なら、試合中にロボットにはなる心配はなさそうだから大丈夫だろう。


 仮に2人がカップルにならなくても、だ。


 そこについては2人の問題だから、俺は口出しはしない。


「そうだな……って、2人の着替えが終わったみたいだぞ」


 その言葉で扉に視線を向けると、遥香ちゃん達の姿が見えた。


「寛人くん、待たせてゴメンネ」


「ううん、そんなに待ってないから。俺達も帰ろうか」





 学校を出て、俺と遥香ちゃんは西城駅に向かっている。


「田辺くんの用事って時間がかかるの?」


「監督の所に行ったから、練習試合の話だと思うけど、時間は分からないな」


 今は2人で歩いていて、陽一郎達と西川さんはまだ学校だ。

 4人で正門に向かっている時に、校内放送で陽一郎は呼び出され、西川さんは正門前で待つと言って俺達と別れた。


「そっか……久しぶりに一緒に帰れると思ってたのにな……」


「何か予定でもあったの?」


「ううん、無いよ。綾ちゃんと朝は一緒だけど、放課後は部活があるから別々に帰るでしょ? だから、今日の帰りを楽しみにしてたの」


 それを楽しみにしてたのか……でも、一緒には帰れなかったと思うよ?

 西川さんは、素っ気ない感じで陽一郎に接してるけど、恐らく駅で別れないだろう。


 でも、遥香ちゃんは残念そうにしているからな……それなら……


「じゃあ、俺が遥香ちゃんを家まで送るよ。それならどう?」


「──えっ? 私は一緒に居れるから嬉しいけど、寛人くんの家は反対だけど良いの?」


「良いよ。土日が文化祭だったから明日は学校が休みだし。部活はあるけど、昼からだから少し遅くなっても大丈夫」


「うん! じゃあ、お願いするね。そうだ……遅くなっても良いなら、夜ゴハンも食べて帰る?」


「夜ゴハンか……でも夕方だから、もう食事の準備をしてるんじゃない? 前は事前に言ってたけど、急に行ったら迷惑になるよ」


 行きたいけど、今は17時過ぎだからな……もし準備をしてたらと思うと迷ってしまう。

 俺のことを昔から知ってるといっても、迷惑になることはしたくない。


「──今日は私が作る日だから、迷惑にならないよ」


 ……遥香ちゃんが作るって?


 心配事が一瞬で消えてしまった。

 遥香ちゃんの表情を見ると、俺が食べるのは確定らしい。

 凄く嬉しそうにしているから、考えが分かってしまう。


「じゃあ、お邪魔させてもらうよ。そういえば初めてだね。ほら、遥香ちゃんの誕生日に手料理が食べれなかったでしょ? だから、今回が初めてだ」


 弁当で手料理は食べてるけど、食卓で食べたことはない。


「あっ……本当だね。この前は作れなかったもんね。それと、今日のメニューは魚と煮物の予定だけど良かった?」


「うん、どっちも好きだから大丈夫」


 煮物と魚か……遥香ちゃんは料理が上手だから楽しみだ。


「ふふふ、良かった。言い忘れてたけど、スーパーに寄ってから家に帰るよ」


「スーパーに? 分かったよ。俺は作ってもらう立場だし、荷物持ちを頑張るよ」





「えっと、魚はこれで良いから、後は人参と鶏肉かな……」


 スーパーは家の近所にあった。

 俺達はその店内に居て、遥香ちゃんが食材を選び、俺はカートを押している。


「遥香ちゃん、買い物に手慣れてるね」


 これが素直な感想だった。

 だって、食材を見比べると迷わず手に取って、今もカートに入れてたから。


「中学の時から買い物をしてるから慣れただけだよ。私でもできるから、寛人くんならすぐに慣れると思う」


「そうか? 俺には無理そうだ」


 自慢にならないけど、料理はやったことない。だから、買う食材すら分からない。

 俺が目利きできるのは、参考書とスポーツ用品だけだ。


「やったら覚えるよ……って、寛人くんは覚えなくて良いの!」


 遥香ちゃんの様子が急に変わって、口調も強くなった。


「どうしたの? さっきは覚えるって言ったのに、今度は覚えるなって言ってるし……」


「……だって、寛人くんのゴハンは私が作るもん。だから覚えなくて良いの」


 やっと意味が分かった。

 将来は遥香ちゃんが作るから、俺に覚えるなって言ったのか。

 自分の言葉で恥ずかしそうにしてるのを見ると思う。やっぱり遥香ちゃんは可愛いな。


「……もう、どうして黙ってるの?」


 今度は頬っぺたを少し膨らませているし、この拗ねた顔なんて昔と変わらない。


「遥香ちゃんは可愛いなって思ってた」


「……あ、ありがと。ひ、寛人くん、残りは人参だからね。こっちだよ」


 そう言った遥香ちゃんは野菜売場に向かい、俺はカートを押して追いかけた。

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