第164話 2人で回る文化祭③

「ふうー。この辺まで来れば大丈夫かな。遥香ちゃん、走っちゃってゴメンネ」


「ううん、皆に見られてたから仕方ないよ」


 縁日で遥香ちゃんの頭を撫でてたら、知らない間に注目されてたので走って逃げた。

 もう絶対に人前ではやらない……

 他校の生徒は良いとして、見ていた半数以上は同じ学校の人だから、本当に恥ずかしい。


「ふふふ、皆に見られちゃったね」


「見られたな。もう人前では止めとこう。遥香ちゃんの言った通りだったよ」


「そうでしょ。今度からは人の居ない所でやった方が良いよ。見られたら恥ずかしいもん。でも走ったから、ちょっと疲れたね」


「走った距離が少し長かったよね。じゃあ、そこのベンチで休憩しよう。遥香ちゃんは先に座ってて、飲み物を買ってくるから」


 走って逃げた場所は、校舎から離れていて出店もないので、周囲に人は居ない。

 この辺って自販機すらなかったよな……どこまで買いに行こうかな。

 そうだ、さっきの縁日に……





「ゴメン、遥香ちゃん。待ったよね」


「ううん、大丈夫。でも、ちょっと遅いなって思ってたけど、何かあったの?」


「この場所って自販機がないから向こうまで買いに行ってた。そうだ……はい、これ」


 買ってきた飲み物を、遥香ちゃんに差し出した。


「……あっ、ラムネ」


「縁日に売ってたのを思い出してさ。さっき夏祭りの話をしてたでしょ? だから懐かしいと思って買ってきた」


「ありがとう。ラムネも覚えてたんだね」


 縁日で買ったのは、瓶に入ったラムネ。

 コンビニでも見ないし、まさか高校の文化祭で売ってるとは思わなかった。

 売場で聞いたら、縁日の道具をレンタルしてる店から紹介してもらったらしい。


「覚えてるよ。懐かしいでしょ? 夏祭りに行きたいって言ってたから……今はラムネで我慢してよ」


「ふふふ、分かったよ。でも、懐かしい……私が中のビー玉を欲しがったんだよね」


「うん。それで『取れない!』と言って、ずっと瓶を逆さまにしてたよね」


 当時の遥香ちゃんは、ラムネを飲んだら中のビー玉が取れると思ってたらしい。


「寛人くんも『あれ? 取れない』って言ってたでしょ? 私だけじゃないもん」


「そうだけど……俺は早く諦めたはずだよ。たけど、遥香ちゃんは諦めずに、帰るまで瓶を持ってたでしょ?」


 しかも、瓶を持って帰るとまで言ってたからな。


「うう……もう、そこは忘れて欲しい」


「忘れられないよ。大事な思い出だから」


「……そうだね。私も忘れないかな」


 遥香ちゃんは、俺の肩に頭を預けてきた。

 こうして隣に居ると、やっぱり遥香ちゃんは小さい……昔とは正反対だ。

 前に身長を聞いたら155センチと言ってたから、俺より25センチ低いのか……


 昔を思い出していると、遥香ちゃんは肩に頭を乗せながら俺を見上げていた。


「遥香ちゃん、どうしたの?」


「ううん。寛人くんは大きいなって思ってただけ」


 遥香ちゃんも同じことを思い出してたのか……


「そうだ、寛人くん。聞きたいことがあるんだけど、聞いても良い?」


「良いけど。どうしたの? 俺が良いって言わないと聞けない内容?」


 遥香ちゃんに隠しごとなんてないから、聞かれて困ることもない。

 でも、遥香ちゃんの目を見てると、言おうか迷ってる感じがする。



「──ピアノって辞めちゃったの?」



「ピアノ?」


「うん。ほら……小さい頃は一緒に練習してたでしょ? だけど今はやってるって聞かないし……去年の学園祭で弾いてたから、どうなのかと思って……」


 ピアノを父さんに習ってたのを知ってるから、今まで聞けなかったのか。

 ……良い機会だから全て話そう。


「ピアノは父さんが亡くなってから弾いてない。ピアノは……去年の学園祭で触ったのが久しぶりだったよ。俺がピアノを辞めたのは、母さんを悲しませたくなかったからだ。引っ越した後の母さんは大変だったし」


「……聞かれたくなかったよね。悲しいことを思い出させてゴメンネ」


 遥香ちゃんは目に涙が溜まっている。

 父さんを大好きだったのを知ってるから、思い出させたと思わせちゃったかな。


「でも、もう母さんは大丈夫だ。言わなかったっけ? バイオリンの練習を再開したって。それに、去年かな……俺も父さんに買ってもらったキーボードを久しぶりに弾いたよ。だからさ……泣かなくても良いよ」


 肩に乗せていた遥香ちゃんの頭を、そっと腕の中に包み込んだ。


「俺もピアノを弾きたいと思ってるよ。まあ、今は無理だから野球を辞めた後になるけど、その時にピアノを再開する予定だ」


「……えっ? 野球、辞めちゃうの?」


 腕の中に居る遥香ちゃんが見上げている。


「辞めないよ。でも、ずっとはできないでしょ? だから、いつになるか分からないけど、ピアノは再開するってことだよ」


「そっか。ピアノを再開する時を楽しみにしてるね。あっ……でも、ピアノを弾いてる寛人くんも好きだけど、投げてる寛人くんも好きだよ。同じ顔をしてるから。真剣だけど、楽しそうだもん」


 そうか、楽しそう……か。

 公立から甲子園に行く目標も達成して、一番の目的だった遥香ちゃんとも出会えた。

 今の目標は、もう一度甲子園に……遥香ちゃんに甲子園を見せないと。



 このままベンチで色々と話した。

 今までも話したけど、やっぱり話し足りないと思ってしまう。


「ピアノとバイオリンで思い出しちゃった……寛人くんとオーケストラに行きたかったな……あの時は私が熱を出したから帰ったもんね。今でも思うよ、どうして熱が出たんだろうって」


 ピアノやバイオリンの話をしていると、遥香ちゃんが思い出した感じで言っている。

 あの時って、俺がおんぶした日か……


「今度行こうと言って、行けないままだったな。帰ったら母さんに聞いてみようか? あの時のチケットも母さんにもらったから」


「本当? 行けるなら一緒に行きたい!」


「チケットを取れる日が分かった連絡するよ。そうだ、文化祭も終わりの時間が近付いてるから、最後に少し回らない?」


 2人でパンフレットを見ながら、遥香ちゃんと残りの時間を楽しんだ。

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