第162話 2人で回る文化祭①

「寛人くん、お待たせ。優衣ちゃんから聞いてきたよ」


「ありがとう。それで、山田さんからどんな話を聞いたの?」


 俺と遥香ちゃんは、屋台から少し離れたベンチに移動していた。

 この場所からも屋台は見えていて、やっぱり山田さんは琢磨の隣に居る。


「あのね、タコ焼きの人って、いつも優衣ちゃんの名前を叫んでるでしょ? それが嫌だからって言ってたよ」


 嫌なのに居るのか?

 さっぱり意味が分からなかった。


「どうして嫌なのに、琢磨の所に居るんだろう? ……遥香ちゃん、山田さんは他に何か言ってた?」


「うん、なんかね……教育とか、調教するとか言ってたよ」


「……きょ、教育に調教!?」


 琢磨は陽一郎みたいにならないよな?

 2人も壊されたら、試合にならないぞ。もう少し聞いてみよう。


「は、遥香ちゃん。山田さんは、他にも言ってなかった?」


「ううん、他には何も……あっ! 1つだけあったよ。寛人くんが言ってたでしょ? 私達の学園祭の『王子様コンテスト』で、あの人に謎の1票が入ってたって。あれ、優衣ちゃんだったみたい。投票箱の前にあったポスターにも『山田さーん』て書いてて、0票だったら恥ずかしいからって言ってたよ」


 余計に意味が分からなくなってきた。

 2人を見てると、雰囲気は悪くなさそうだから、とりあえず様子を見るしかないな。

 よく考えたら、さっきの琢磨は普段と違って落ち着いてる感じだったし、陽一郎みたいにはならないだろう。


「そうか、分かった。俺は琢磨を見ておくから、遥香ちゃんは山田さんに何かあったら教えて欲しい。2人のことは、ここまでにして俺達も文化祭を楽しもうか? タコ焼きが冷めない間に食べようよ」


 ベンチに座って話していたので、このままタコ焼きを食べることになった。

 パックを開けるとタコ焼きは6個入っていて、琢磨は2人で食べるのが分かっていたのか爪楊枝が多く入っている。


 そして、俺達がタコ焼きを1個ずつ手にした時──


「寛人くん。はい、あーん」


 遥香ちゃんが、俺にタコ焼きを食べさせようとしてきたんだ。


「は、遥香ちゃん!?」


 驚いて遥香ちゃんを見ると、楽しそうにニコニコしている。


「……? 食べないの? 寛人くんにやったら喜ぶって谷村さんが言ってたよ。だから、あーん」


 犯人は谷村さんか……

 俺は見ている人が居ないことを確認して、遥香ちゃんに食べさせてもらった。


「寛人くん、美味しい?」


「……うん、美味しい」


 美味しいけど、恥ずかしいんだ。

 去年、俺が持ってたタコ焼きを遥香ちゃんが食べちゃったことがあった。

 だけど、こうして食べさせてもらうのは初めてだから。


「ふふふ。じゃあ、次は寛人くんの番だからね」


 と言って、遥香ちゃんは口を開けて待っている。

 俺はもう一度、周囲を確認して見ている人が居ないか調べた。

 うん、大丈夫だな……


「は、はい。遥香ちゃん、あーん」


 無事に食べさせることができた。

 これは試合のマウンドより緊張するぞ。


「タコ焼き、美味しいねー! 寛人くん、楽しかった? 私は楽しいよ」


「た、楽しいな」


「うん! タコ焼きは4個あるから、あと2回ずつできるねー。次は寛人くんだよ。はい、あーん」


 こうして残りのタコ焼きを食べさせあったんだ。

 途中からは、何人かに見られていると気付いたけど、もう気にしなかった。


「もう無くなっちゃった。でも、楽しかったね。寛人くん、またやろうね!」


「良いよ。でも、今度は人の居ない場所の方が助かるかな。学校の人に見られてて、恥ずかしかったから」


「えっ? 見られてたの?」


 遥香ちゃんは、周りをキョロキョロと見て「本当だ、見られてる」と言って恥ずかしそうにしている。


「お母さんも『人の居ない所でやりなさい』って言ってたもんね。恥ずかしいから、今度からは家にするよ」


「うん、そうしよう」


 遥香ちゃんは『あーん』が楽しかったのか、止める気は無いらしい。

 俺も楽しくなかったと言えば嘘になる。


 食後の休憩も終わり、文化祭を回ることになった。


「遥香ちゃん、どこから回りたい?」


「うーん。どこにしようかな? あっ……今年も縁日があるんだね。ほら、ここに書いてあるよ」


 パンフレットは遥香ちゃんが持っていて、縁日の場所を指差している。


「本当だな、場所も去年と同じだよ。ここからも近いから行ってみる?」


「うん、行ってみたい。今年は何があるのかな?」


 パンフレットを見ると、縁日は今年も3年生が複数組でやってるらしい。


「寛人くん。子供の頃に行った夏祭りを覚えてる?」


 縁日の場所に向かっている時に、遥香ちゃんが言ってきた。


「覚えてるよ。最後に行ったのは小学校2年生の時だったな。遥香ちゃんは、覚えてるの?」


「私も覚えてるよ。2人でりんご飴を買ってもらったもん」


 そうだ、あの時は遥香ちゃんが「りんご飴を食べたい」と言ったんだ。


「うん。食べてる途中、りんご飴を遥香ちゃんが落として泣いたんだよ」


「ふふふ、そうだったね。それで、寛人くんは自分の分を私にくれたの」


「それも覚えるよ。去年、遥香ちゃんと縁日を回ってる時にも思い出してたから」


 今から思うと可笑しいよな。

 遥香ちゃんを思い出して、会いたいと思っていたのに、その時には遥香ちゃんと一緒に居たんだから。


「私も思い出してたんだよ。そっか……寛人くんも思い出してくれてたんだ……また、夏祭りに行きたいね」


「夏祭りか……俺も遥香ちゃんと行きたいと思ってる。だけど、来年は行けないよ」


「……えっ? 行けないの……」


 遥香ちゃんは残念そうな表情をしている。

 俺も夏祭りに一緒に行きたいと思ってるよ……だけど、来年だけは無理なんだ。


 だって、来年は──


「──来年は甲子園に行くから。だから、来年は夏祭りには行けないんだ。遥香ちゃんも一緒に来るんでしょ?」


「そうだったね。甲子園で寛人くんが投げてる所をスタンドで見るんだよ。応援するのを楽しみにしてるからね」


「ああ、俺も遥香ちゃんの応援を楽しみにしてるよ。夏祭りは再来年に行こう。3年後も4年後も……それからは、ずっと2人で一緒に行こう」


「うん、ずっと一緒だもんね」


 遥香ちゃんに笑顔が戻り、しばらく歩くと縁日の場所に着いた。

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