第163話 2人で回る文化祭②

「寛人くん、縁日に着いたよ。どれから回るか迷っちゃうね」


「遥香ちゃんが行きたい所はあるの? 無いなら順番に回る?」


 縁日の出し物は『輪投げ』と『くじ引き』に『モグラ叩き』がある。

 他には『ヨーヨー釣り』に『的当て』もあった。


「うーん。どうしようかな……モグラ叩きをやってみたい! 子供の頃に2人で遊んだよね?」


「スーパーの中にあった、ゲームコーナーだよね? 行っても良いけど、難しいかもしれないよ?」


 遥香ちゃんができるとしたら『くじ引き』と『ヨーヨー釣り』だろう。

 体を使う『モグラ叩き』や『輪投げ』それと『的当て』……この3つは遥香ちゃんは苦手だからな。


「そうだよね……じゃあ、一緒にやらない? それなら全部叩けると思うよ」


「分かった。それなら一緒にやろう」


 遥香ちゃんとモグラ叩きコーナーに行って、聞いてみると2人でも大丈夫だった。


「モグラ叩き……上手に作ってるね。それに、中で人がモグラを動かしてるよ」


「うん、子供の頃に見たモグラ叩きが再現されてるな。……あっ、遥香ちゃん。俺達の番になったから行こう」


「ふふふ、楽しみだね! 寛人くんには負けないから」


 2人で遊ぶから勝ち負けは無いと思うよ。

 まあ、遥香ちゃんが楽しいなら良いか。


 モグラ叩きの前に俺が右側に立ち、遥香ちゃんは左側に立った。

 そして、ゲームが始まると……


「あっ……もう! ちょっと待って……次は……あった、こっち! 早いよ……」


 やっぱり遥香ちゃんは上手く叩けなくて、モグラが引っ込む時に叩いてる。

 間に合ってないのは知ってるけど、俺は自分の担当箇所しか叩いてない。


「……もう、終わっちゃった。やっぱりモグラ叩きは難しいね。そういえば、寛人くん……手伝ってくれなかった……」


「いや、だってさ……昔、一緒にやった時に遥香ちゃんの場所を叩いたら泣いたでしょ? だから、わざと手伝わなかったんだ」


 そう、これが手を貸さなかった理由だ。


「それは子供の頃でしょ? 私は泣かないよ。もう大人だから」


「そ、そうか……遥香ちゃんは大人になるって言ってたもんね」


「ふふふ、そうだよ!」


 この前から思ってたけど、この『大人』を強調するのは何だろう。

 背伸びしてる感じが可愛いけど、遥香ちゃんには言わない。

 子供扱いしてるって言われそうだから……


「遥香ちゃん、次は『くじ引き』か『ヨーヨー釣り』にしない? そっちなら簡単だと思うよ」


「くじ引きとヨーヨーか……どうしようかな? そうだ、的当てに行こうよ! 去年と同じやり方みたいだから、やってみたい!」


「的当て? 良いよ、行ってみよう」

 

 去年と同じか……遥香ちゃんはあの時、ボールを違う所に投げてたので、俺が代わりに取ってあげた。

 そのキーホルダーは、今も学校の鞄に付いている。


 取れなかったら今年も俺が……




 的当てに着くと、野球部の先輩2人が居た。


「吉住じゃないか! 久しぶりだな! 元気にしてたのか?」


「秋季大会は5回戦敗退だって聞いたぞ。田辺がスランプみたいだけど、アイツ……大丈夫なのか?」


 俺と同じ投手の、早川さんと木村さんだ。

 久しぶりに会う先輩達は髪が伸びていて、ちょっと面白い。


「早川さん、木村さん、久しぶりです。的当ては先輩達のクラスだったんですね。陽一郎は色々とありまして……来年は大丈夫だと思いますけど……」


 ピザを売ってる時に見たけど、2人は大丈夫だろう。

 終わった後は陽一郎から誘ってたからな。


「寛人くん、この人達は野球部の先輩?」


「うん、そうだよ。早川さんと木村さんといって、俺と同じ投手なんだ。2人が居なかったら甲子園には行けなかったよ」


「そうなんだ。じゃあ、寛人くんが投げてない時に投げてたのが、先輩達なんだね。あの……寛人くんがお世話になりました」


 何故か遥香ちゃんは先輩2人にお礼を言って、お辞儀をしている。

 家族がお世話になったお礼を言ってるみたいで、変な感じがする……

 生まれた時から一緒だったから、家族みたいなもんか。


「い、いや。俺達の方こそ……」


「そ、そうだよ。吉住が居たから……って吉住! 早く彼女の頭を上げさせてくれ! 2人は目立つのに、更に注目されてるじゃないか!」


 早川さんの言葉で周りを見てみると、確かに注目されてる。

 近くでは無いけど、俺達を囲む様に人が何人も居て、全員に見られていた。


「遥香ちゃん、急にお礼を言われて2人も困ってるから……ほら、今は文化祭を楽しもうよ」


「うん、そうだった。的当てをやりに来たんだもんね」


 遥香ちゃんと的当ての受付に行こうとすると、木村さんから呼び止められた。


「吉住は的当てに来たのか? お前はダメだぞ。を見てないのか?」


「はい、俺達は的当てに……えっ! どうして?」


 木村さんが指差した方を見ると、見覚えのある紙が貼られている。


「寛人くん、今年も『吉住禁止』って書いてるよ! ふふふ、面白いねー!」


 遥香ちゃん……笑ってるけど、俺は面白くないよ?

 そうだ。紙には去年も見た『吉住禁止』の文字が書かれていた。


「で、でも、どうして今年も……」


「先輩から言われてたんだ『縁日では吉住に気を付けろ。景品を全部取られる』ってな」


 先輩っていうと、去年のキャプテンか!

 あの時に『吉住禁止』を貼ったのも、キャプテンだった。

 それに、全部取られるって脚色しすぎだろ……


「去年は全部取ってないですよ? 取ったのはキーホルダー1個ですから! どんな引き継ぎをされてるんですか……」


「でも、寛人くんなら全部取れるよね? 去年も遠くから投げたのに、私の欲しかったキーホルダーを取ってくれたもん」


「そ、そうだけど……」


 遥香ちゃん……嬉しそうに言ってるけど、それだと先輩達の味方になってるから……


「吉住、去年は何処から投げたんだよ? 俺達は『投げさせるな』としか聞いてないぞ」


 去年投げた場所を伝えると、やっぱり俺は禁止にされてしまった。


「吉住は彼女が投げるのを見て我慢しろ」


「この距離から当てるとか、意味が分からん……コントロール良すぎだろ……」


 早川さんに禁止を言われ、木村さんには呆れられてしまう。


「木村さん、コントロールといっても、俺も1球で当てた訳じゃないですよ? 何球が投げましたから」


「ふふふ。寛人くんは凄かったよね! 全部当たりそうだったのを覚えてるよ!」


 遥香ちゃんは、そんなに投げさせたくないの? はあ……今年は諦めるしかないか。



 やっと的当ての順番が回ってきて、俺は遥香ちゃんの横で応援していた。


「遥香ちゃん、頑張ってね。どの景品を狙うの?」


「あのキーホルダーだよ。じゃあ、投げるから見ててね!」


 狙うのは、ピンクの犬と水色の犬、2個セットのキーホルダーらしい。

 遥香ちゃんが投げようとすると、何故か全員が注目を集めている。

 遥香ちゃんは可愛いから仕方がない。



 そして、遥香ちゃんが投げると──



「なんだ、あの子……」

「吉住の彼女って凄いんだなー」

「彼女も運動できるって羨ましいね!」


 驚きの声が色々と聞こえてきたけど、恐らく俺が一番驚いている。

 投げ方も綺麗だったし、キーホルダーには1球で当てていたからだ。


「寛人くん、ちゃんと見てた? 初めて自分で取れたよ!」


「見てたよ。投げるのが上手になったね」


「うん、練習したから! そうだ……はい! これは寛人くんの!」


 嬉しそうにしていた遥香ちゃんは、俺にキーホルダーを渡してきた。


「……水色の犬? でも、この色は遥香ちゃんが好きな色でしょ?」


「うん、私はこっちがあるから」


 そう言って、ピンク色のキーホルダーを持っている。


「だから、私の好きな水色のキーホルダーは、寛人くんが持っててね。私も鞄に付けるから、寛人くんも付けるんだよ?」


「ああ、分かった。後で鞄に付けておくよ」


「ふふふ、これでお揃いだねー」


 嬉しそうにしている遥香ちゃんを見ていると、俺も嬉しくなった。

 気付くと頭を撫でていて、遥香ちゃんは俺を見上げて笑っている。


 ずっと周りから注目されていたのを思い出したのは、この後すぐだった。

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