第161話 本命は陽一郎、大穴は…
教室からピザの売場へ移動し、遥香ちゃん達は説明を受けていた。
「陽一郎、西川さんとは話せたのか?」
「挨拶はしたけど、教室では話せてないよ。さっきも無言で俺の前に立っていたけど、何がしたいのか分からないんだ」
俺と陽一郎はお客さん役で、遥香ちゃん達とは離れた場所に居るから聞いてみた。
「だから、聞いてみたらどうだって言っただろ? さっきなんか話せるタイミングだと思うぞ」
「……寛人はあの圧力を知らないからだ。目の前で仁王立ちされたら意味分からんぞ。しかも無言で……あれは予選の決勝戦で打席に入った奥村から感じたプレッシャーと同じだった……」
えっ? あの時の奥村と同じ?
西川さん、陽一郎を怖がらせてどうするんだよ……
この場所からだと、普通の女の子にしか見えないんだけどな。
「そうか。俺も少し圧力を感じたけど……まあ、どうするかは陽一郎が決めたら良い」
◇
この後、無事に2人の練習も終わり、文化祭2日目が始まった。
「横田! まだピザは焼けないのか?」
「横田くん! こっちも注文通して良い?」
「ちょ、ちょっと待ってて……今、焼いてるから!」
2日目が始まって思ったことがある。
昨日よりも忙しいんだ……何だこれは……
そう思っていたけど、原因というか、犯人は谷村さんだった。
『文化祭2日目。石窯ピザで殿堂入りの2人が接客しています! 午前中限定だからお早めに!』
この宣伝をSNSの掲示板に書いたらしい。
昨日は俺と陽一郎を目当ての子供達が多かったけど、今日は遥香ちゃんを見に来る人も居てピザが間に合っていないんだ。
遥香ちゃんの写真を撮ろうとする奴や、声をかけようとする奴は、俺と谷村さんが追い払っている。
それでも売場は、ピザ待ちの人で混雑していた。
「田辺くん、このピザは一番テーブルだから間違えないでね」
「わ、分かった」
ちなみに西川さんは変わらず、淡々とした様子で陽一郎と話してたよ。
「寛人くん、ピザってこんなに売れるんだね! 凄いね! 東光の学園祭でも、ここまで売れてるのは見たことないよ。昨日もこんな感じだったの?」
「俺も驚いてるよ。昨日も忙しかったけど、今日の方がお客さんが多いな」
救いだったのは、遥香ちゃんが楽しそうにしてくれていたことだ。
「あっ! ピザが焼けたみたいだよ。私が持っていくね」
「分かった。俺はあっちの席に運ぶから」
遥香ちゃんが楽しそうで本当に良かった……あの時は怖かったからな。
◇
遥香ちゃんが『あーん事件』で、谷村さんに怒ってしまった直後だった。
「ねえ、寛人くん。寛人くんは他の人に『あーん』しないよね?」
「お、俺? う、うん。俺は遥香ちゃんにしかやらない。ぜ、絶対にやらない!」
谷村さん、どうしてくれるんだ。
遥香ちゃんの矛先が俺に来てしまったじゃないか!
俺には笑顔を向けているけど、これは知らない笑顔だ……
「そうだよね! 寛人くんは、そんなことやらないよね!」
「う、うん。やらない」
やっぱり遥香ちゃんが怖い『そんなこと』って所に、見えないプレッシャーを感じる。
ピザを運びながら、朝の出来事を思い出していた。
遥香ちゃんのプレッシャーでも怖かったんだ……陽一郎はもっと怖いんだろうな。
ガンバレ陽一郎……
ロボットにならなければ俺達は大丈夫だ。
◇
開店から忙しい時間が続いていて、12時前には食材が無くなったと聞いた。
「谷村さん、売り切れになったの?」
「うん。売り切れたけど、スーパーに行ってもらってて、もうすぐ帰ってくるから大丈夫よ。ピザの準備が終わるまで一時閉店だから、吉住くん達も上がって良いよ」
食材が無くなったらダメだろ? と思ったけど、文化祭は2日間しか開催されないから余らない様に買っていたらしい。
だけど、昨日以上の売上がだったと言っていた。
とりあえず出番は終わったから、今からは遥香ちゃんと回れるんだ。
「寛人くん、お待たせ。お腹が空いたから何か食べたいね」
「ああ、俺もお腹が空いてるからな。じゃあ行こうか」
昨日はユニフォームに着替えたけど、今日は着替えずに回る予定をしている。
これも、谷村さんの考えで「自由時間中は宣伝して欲しいから服は着替えないでね」と言われたんだ。
「うん! なに食べようかなー。そうだ、寛人くん宣伝って……その背中の紙?」
「そうだよ。さっき谷村さんに貼られたんだ『剥がさないでね!』って言われたよ」
俺の背中には『石窯ピザやってます!』と書かれた紙が貼られている。
「ふふふ、谷村さんって面白い人だよね」
「貼っている俺は恥ずかしいけどな……」
俺達は文化祭のパンフレットを見ながら順番に回り始めた。
タコ焼きの屋台が一番近くか……絶対食べに来いって言ってたよな。
「遥香ちゃん、先に琢磨の屋台に行っても良い? またタコ焼きなんだけどさ……」
「あの面白い人の屋台? うん、良いよ。あの人のタコ焼きは美味しいから」
この時まで、俺と遥香ちゃんは「タコ焼きを食べるだけ」と思っていた。
だけど、ある光景を見て全て変わってしまったんだ。
「……優衣ちゃん。あそこで、何してるんだろう?」
「優衣ちゃんって……山田さん? 山田さんって今日来てたの?」
「うん、一般入場の時間に行くって聞いてたから……寛人くん、タコ焼きの屋台を見たら分かるよ」
「タコ焼きの屋台……えっ? 山田さん、何やってるの?」
タコ焼きの屋台を見ると、琢磨が焼いていて、その琢磨の横に山田さんが居るんだ。
「遥香ちゃん。山田さんって琢磨に会いに来たの? 山田さん……屋台の中に居るよ?」
「ううん、私は知らないよ。優衣ちゃんから何も聞いてないもん」
遥香ちゃんも知らないの? とりあえず屋台に行ってみるか……
そう思って、急いで屋台に向かった。
「おう! 寛人やんけ! タコ焼き食いに来たんか? 焼きたて食わせたるから、ちょっと待っとけよー!」
「ああ、分かった」
琢磨の様子は普段と変わらないな……
いや、少し違うか? 騒がしいのは変わらないけど、どこか格好つけてる感じがする。
遥香ちゃんを見ると、屋台から少し離れた場所で山田さんと話していた。
うん、聞くタイミングは今しかないな。
「琢磨。聞きたいんだけど、山田さんはどうして屋台に居るんだ?」
「なんや、やっぱり気になるんか? 仕方ないなー、教えたるわ! あの学園祭の王子様コンテストの謎の1票があったやろ? あれな……山田さんやってん! さっき教えてもらってビックリしたわ! いやー! やっと俺の魅力に気付いたんかなー! ハッハッハ」
は? あの謎の1票が山田さんだった?
本当なのか? 陽一郎……ロボットになってる場合じゃない。
下手したら、大穴の琢磨に先を越されてしまうぞ!
「ほら、寛人! タコ焼きできたで! 彼女と食べて来いや!」
「お、おう。ありがとう……遥香ちゃんと食べるよ……」
コイツは誰だ? 琢磨の言葉と違う……
琢磨は「彼女と食べて来い」なんて絶対に言わない。
遥香ちゃんが山田さんから何か聞けていれば良いんだけどな……
そう思っていると、遥香ちゃんが俺の所に戻ってきた。
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