第160話 文化祭2日目の登校

「おはよう、寛人くん。待った?」


「おはよう。待ってないよ、じゃあ学校に行こうか?」


 日曜日の朝になり、俺は遥香ちゃんと西城駅で待ち合わせをしていた。

 

 今日は文化祭2日目。

 一般入場の時間はまだ先だけど、遥香ちゃんは接客の準備があるから在校生と同じ時間に行くんだ。


 ちなみに西川さんは俺達の数メートル先を陽一郎と歩いている。


 俺達の周囲には西城高校の生徒が多く、その中でも遥香ちゃんは一番目立っていた。


「遥香ちゃん。気になってたんだけど、どうして制服なの? 私服で大丈夫だよ? 西川さんは私服でしょ?」


 遥香ちゃんが制服を着ているんだ。

 会った時から、いつもよりニコニコしてるから言えなかった。


「ふふふ……内緒だよ」


 そう言って、やっぱりニコニコしてる。


「内緒って、教えられない内容なの?」


 遥香ちゃんはイタズラをしたりしないけど、内緒と言われると気になってしまう。


「寛人くん、笑わない? 笑わないなら教えてあげる」


「……? うん、笑わないよ」


 俺が笑う内容なのか?

 遥香ちゃんは少し恥ずかしそうにしてるし、なんだろう?


「寛人くんと一緒に通学したいからだよ。私の学校には一緒に行ってるでしょ? だけど、寛人くんの学校には一緒に行かないし、私が西城高校の生徒なら……こんな感じで毎日一緒に通ったのかなと思って……だから制服を着てるの。少しでも一緒に通学してる感じにしたいから。でも、私だけ制服が違うから目立ってるよね……」


 西城高校に一緒に通学してる雰囲気を出したかったのか。

 制服の理由は分かったけど、遥香ちゃん可愛いことを考えるな。


「もう! 寛人くん、何か言ってよ。黙られたら恥ずかしいよ」


「……ゴメン。理由が可愛いなって思ってた」


 一緒の学校になりたかったな……

 でも、今はこうして一緒に居られるんだ。会えなかった時のことを思えば贅沢な悩みだと思うよ。




 しばらく歩くと西城高校に着いた。

 しかし、今からはノンビリはできない。


 俺と陽一郎は経験したから大丈夫だけど、遥香ちゃんと西川さんは今日が初めてだ。

 服を着替えたら、谷村さんから説明を受ける予定だからな。





 俺と陽一郎は先に着替え終わり、2人が出て来るのを待っていた。


「なあ、寛人……本当に西川さんから何か聞いてないか? 今日の通学中も無言だったんだ……」


 さっきから何か考えてる感じに見えたけど、その事だったのか。

 今日はロボットになってないし、良い傾向になってないか?


「俺は何も知らないよ。遥香ちゃんにも聞いたけど『何も知らない』って言ってたよ」


 悪いな陽一郎、俺は全部知ってる。


「……そうか、俺が何かしたのかな?」


「気になるなら聞いて見たらどうだ? 今までは西川さんから話しかけて来てたんだろ? 来なくなって違和感があるなら、自分から行ってみればいい」


 これで自分から動かないなら、2人は上手くいかないだろう。

 遥香ちゃんは西川さんの味方だけど、俺は陽一郎の味方だ。

 陽一郎を壊さないのが最優先だからな。


「そうだな、ちょっと考えてみるよ」




 この話が終わった頃、遥香ちゃんと西川さんが教室に入ってきたんだ。


「寛人くん、どうかな? 可愛い?」


「──っ!」


 俺は何も言えなかった。

 可愛いじゃないんだ。可愛いすぎるんだ。

 語彙力ごいりょくが足らないから例えようがないけど、とんでもなく可愛い……


「……寛人くん?」


「可愛い……遥香ちゃん、可愛いよ。いや、遥香ちゃんはいつも可愛いけど、今日は一段と可愛いんだ」


「もう! 恥ずかしいから、いっぱい言わないで……」


 顔を赤くした遥香ちゃんも可愛かった。

 白と黒の2色の服で、腰から下にヒラヒラのある小さなエプロンを着けていて、髪型はポニーテールになっている。

 少し前から、薄くだけどメイクをする様になっていたけど、そのメイクも今朝とは少し違っていた。

 だから、更に可愛く見えたのだろう。


「本当に可愛かったからさ……メイクも変えたよね?」


「分かった? ふふふ、実はそうなの。これは綾ちゃんのおかげなんだよ」


「西川さん?」


 西川さんを見ると、陽一郎の前で仁王立ちしている……それも無言で。

 でも、西川さんも可愛くなってるな。

 陽一郎はプレッシャーを受けてるのか、顔が引きつっている。


「うん、綾ちゃんが前に行ったメイク教室に電話してくれたの。予約が埋まってたんだけど、電話に出たお姉さんが私達の事を覚えてくれていて、今日の文化祭の話をしたら『定休日の日に店においで』って言ってくれて、メイクを教わったの」


「じゃあ、この服に合うメイクを教わりに行ったの?」


「うん、そうだよ」


 それで西川さんはドヤ顔で仁王立ちなのか……あの子の行動力には毎回驚かされる。


「西川さんと相澤さんの準備が終わったみたいね。うんうん、思った通り2人は可愛いねー。これなら今日も1位は私達がいただくわよ!」


 谷村さんは2人を見るとテンションが上がっていた。


「寛人くん、この人が谷村さん? 綾ちゃんから聞いてたけど、綾ちゃんに似てるね」


 そうか、谷村さんの謎の行動力は西川さんと同じなんだ。

 通じるものを感じた2人は、それで連絡先を交換してたのか。

 それよりも今は谷村さんだ……


「谷村さん、その手に持ってるのは昨日のプラカードだよね? 俺はダメだって言ったよね?」


 そう、アレだ。昨日のアレなんだ。

 プラカードには『殿堂入りの2人が食べさせてくれます!』と見覚えのある文字が書かれている。


「えっ? 何のこと?」


「ごまかしても無駄だ。絶対にやらないからな。百歩譲って俺がやったとしても、遥香ちゃんに『あーん』は絶対にさせない」


 また同じ流れになってる気がする……


「百歩譲ってくれるの? 助かるわー。吉住くんありがとー!」


 やったとしても、と仮定を話しただけで『やる』とは言ってないぞ。

 どうして俺が『あーん』しなきゃならないんだ。ピザくらい自分で食えと言いたい。

 それに、遥香ちゃんが不機嫌になってるから止めてくれ。


「……谷村さん、寛人くんが『あーん』するの?」


 ほら、やっぱり不機嫌になってるから!


「うん。吉住くんはクラスのために──」

「──やらせないもん!」


 谷村さん、遥香ちゃんを見て言って欲しい。遥香ちゃんが爆発したじゃないか……


「──絶対にやらせないもん! 寛人くんが『あーん』するのは私だけだもん! だから絶対にダメー!」


「あ、相澤さん。じょ、冗談だから……吉住くんは相澤さんにしか『あーん』させないから……」


 谷村さんが圧されてるな。

 でも、谷村さんの気持ちも分かる。

 俺もこんなに怒った遥香ちゃんを初めて見たよ……遥香ちゃんも怒るんだな。


 怒った遥香ちゃんは少し怖いけど、言ってる内容は可愛かった。

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