第127話 再会の日

 side:寛人



「あれは何だったんだ……」


「まあ、お疲れさんとしか言えんな。美咲さんに言った寛人が悪いんだ」


「投げないのか? って言われたから次の4回戦は投げるって言っただけだぞ」


 今日は秋季大会の4回戦だった。


 予定されていた試合だし、4回戦には32校が進んでいて16試合が組まれている。

 他球場でも4回戦の試合があり、特別な試合でもない。


 ただ、今日の試合だけは違った。

 何故かスタンドが満員だったんだ。


 美咲さんの記事が原因だったらしい。

 新聞には『吉住、秋季大会初登板!』と書かれていたんだ。


「寛人が投げるって書かれてたから観客が集まったんだと思うぞ? 甲子園で騒がれた投手が投げるんだからな」


「今までも投げてただろ? 騒がれても俺は何も変わってないぞ」


 俺自身は何も変わっていないのに、周りの変化が凄すぎて困惑していた。


「もう諦めろ。来年の夏が終わるまで、寛人の記事は無くならないよ。それに、今日の歓声も凄かっただろ?」


「凄かったな。来年の新入部員への宣伝だと思って諦めるしかないか」


 今日の歓声は本当に凄かった。

 150㎞の表示が出ると、球場が揺れた様に感じたからな。


 4回戦は3対2で勝った。


 俺は7回を投げて無失点、四死球は0で、奪三振は12という内容だ。


 8回は琢磨、9回は健太が投げて1失点ずつ取られていて、危ない投球内容だった。


「……やっぱり投手だよな」


 試合を思い出して言葉に出してしまう。


「何か言ったか?」


「俺が完投できたらって思っただけだよ」


「7回を投げて無失点だろ? 誰も文句は言わないよ。選手層が薄いだけだ」


 陽一郎は笑いながら言っていた。

 気を使ってくれたのかもしれない。


 秋になっても足の状態は変わらなかったんだ。

 練習試合で全力投球をすると、80球を越えた辺りで症状が出て、原因は分からないままだった。


 前みたいに投げれないのか?

 足は治らないのかもしれない。

 俺は不安に思っていた。


「寛人、考えても何も変わらないんだ。明日は相澤さんと会うんだろ? そんな顔で会うつもりなのか?」


「それは大丈夫だ。この表情は今だけだよ」


 弱気になっていたのかもしれない。

 考えても考えても仕方ないし、できる範囲で投げるだけだ。


 それに明日は相澤さんと会える。


 今朝、起きた時にメッセージが入っていた。


『昨日の夜中に帰国したよ。寝てる時間だったから連絡しなかったんだ。私は今から学校に行ってくるね。そうだ、今日は投げるんだよね? 新聞を見たよ。応援してるからね』


 俺は普段より少し遅く起きたけど、相澤さんは朝早くに学校へ行ったみたいだった。


「おはよう。今起きたよ。学校に行くの早くない? 学園祭初日だと知ってるけど、何かあるの?」


 今日も夜まで忙しいって聞いていたから気になったんだ。


『うん。部活の用事があるんだよ。明日会えるのを楽しみにしてるからね』


 やっぱり部活としか分からなかった。



 翌日の日曜日を迎える。


 朝は練習があり、陽一郎と学校へ向かっていた。


「やっぱり今年も人が多いな」


「そうだな。人気の学園祭だからな」


 去年もだったけど、今年も西城駅前には他校の生徒が多い。


 ただ、去年と少し違う所もある。

 女子高生の人数が多いんだ。


「陽一郎、去年は男女の数は変わらない感じだったけど、今年は女の子が多くないか?」


「それは今日だけだよ……昨日と明日は男女の数は去年と同じだと思う……」


「そうなのか? 何で詳しいんだよ」


「男の部だ……男の部が今日あるからだと思う……それしか考えられないんだ……」


 陽一郎が参加するかもしれない催しだ。

 毎年ミスコンがあるけど、今年は男の部もあるって聞いていた。


 あれは今日だったのか。

 興味がないから気にしていなかった。


「なあ、寛人……」


 陽一郎が仲間になりたそうな目をして俺を見ている。

 何故そう思えたのかは分からない。

 しかし、俺は咄嗟に……


「無理だ。俺は出ないぞ」


 "いいえ"のボタンを押した。

 陽一郎は寂しそうに去っていく。


 でも、気の毒に思えて考えたんだ。


「学園祭には琢磨も来るんだよな? 琢磨なら喜んで出てくれるぞ」


「そうか! 今日は琢磨も来るんだ。琢磨なら喜んで参加してくれるよな!」


 去っていった陽一郎が戻ってきた。

 俺達は琢磨という希望を見付けたんだ。


「なんや? 俺がどうかしたんか?」


 後ろから救世主が現れた。

 その姿は朝日を背にしていて、後光が差している様に見える。


「琢磨! 良い所に来てくれたな!」


 大声に琢磨が珍しく怯んでいた。

 そして陽一郎は琢磨という仲間を手に入れたんだ。


「そんなのがあるんか! 俺は出るで! 彼女を作るチャンスやんけ!」


「そうだ! 彼女を作るチャンスだ!」


「俺はやるでー! 山田さーん!」


 琢磨は学校へ走って行った。


「良かったな。これで出なくて良いんじゃないのか?」


「いや、あと1人だ……西川さんは俺と寛人の2人を人数に入れてたからな」


 断ったのに人数に入れられてたのか?

 西川さん……それは無理があるぞ……


「なあ、寛人……」


「だから俺は出ないって言ってるだろ」


 こんな感じで学校へ向かい練習を終えた。



 俺達5人が東光大学附属への道程を歩いている時だ。


「翔と翼は和也と待ち合わせなのか?」


「そうだよー。正門前で待ってるって連絡があったからね」


「琢磨も一緒だよ。そこで3人分のチケットを貰うんだ」


 決勝戦で対戦してから和也に会っていないから俺も会うのが楽しみだ。


「陽一郎は西川さんと2人で回るんだろ?」


「そうだろうな。西川さんも正門前で待ってるって言ってたから相澤さんも一緒じゃないか?」


「そうなのか?」


 相澤さんからは着いたら連絡して欲しいとメッセージが入っていて、正門で待ってるとは聞いていなかった。


 俺達は4人で話しているけど、一番騒がしい琢磨が静かなので気になっていたんだ。


 見てみると琢磨は奇妙な動きをしている。


「琢磨は何をしてるんだ?」


「コンテストの練習や! このポーズはどうや? 美術の教科書に載ってる石像みたいやろ?」


「良いと思うぞ。応援してるからな」


「やっぱりそうやろ! 寛人は真似したらあかんで!」


 そもそも俺はそんな格好をしない。


 琢磨は決め顔のつもりなのか変な顔をしてるし、やっぱり奇妙な動きをしている。



 正門に着くと4人が俺達を出迎えてくれて、和也に奥村、西川さんの姿が見える。


 そして、相澤さんも待ってくれていた。


 空港で会った日から2ヶ月振りの再会だ。

 俺は相澤さんの所に向かった。


「えっと……久しぶり……だな?」


「う、うん。そうだね……」


 これが俺達の第一声で、ぎこちない会話になっている。

 しばらく無言で視線を合わせていた。


 2ヶ月会えないのは以前もあったけど、その時とは違う。

 想いが通じて、ずっと会いたかった。

 伝えたい事もいっぱいある。


 でも、見つめ合っているだけで全て伝わった気がした。


「久しぶりに会えたのに黙ってしまったな」


「ふふふ、そうだね。やっと会えたのにね」


 俺達は同時に笑い出していた。

 やっぱり相澤さんと居るとホッとする。


 そう思っていると奥村が近付いてきて、俺にしか聞こえない声で話しかけてきた。


「相澤さんは吉住を選んだのか。俺の敗けだよ。でも野球では負けないからな」


 コイツは何を言ってるんだろう?

 そもそも俺は勝負をした覚えもないし、野球でも負ける気はない。


 ……奥村は勝負がしたいのか?


「奥村、俺と勝負がしたいのか?」


「ああ、吉住にだけは負けないからな」


「そうか、それなら──」


 俺の提案を受けて、奥村は校内へ走っていった。

 そして陽一郎が不思議そうに聞いてくる。


「奥村はどうしたんだ?」


「勝負したがってたみたいだから、ミスコンの男の部に誘ったんだ。これで琢磨に続いて2人目だな」


「寛人、勝負って……男の部に出るのか?」


「出ないよ。俺は出ないって言っただろ? 奥村には『俺は出ないけどミスコンの男の部に出たらどうだ? 俺では優勝は無理だけど、奥村なら優勝するだろ。優勝したら奥村の勝ちだ』って言ったんだ」


 そしてヤル気になってくれたんだ。

 西川さんにも伝えて喜んでくれていた。


「吉住くん、もう良いの? 奥村くんは何だったの?」


 相澤さんが不思議そうな様子で聞いてきた。


「奥村はミスコンの男の部に出るみたい」


「えっ? もしかして吉住くんも出るの?」


 今度は不安そうに聞いてくる。

 何か不安にさせる様な事を言ったかな?


「俺は出ないよ、興味もないから。もう大丈夫だし、校内を案内してくれる?」


「うん! 何処から行きたい? さっきまで練習だよね。お腹空いてないかな?」


 相澤さんとパンフレットを見ながら校内へと歩き出した。

 西川さんと陽一郎以外は居なくなっていたし、校内へ入る時には別行動になった。


 ミスコンか……

 俺は相澤さんが出ない事に安心している。

 今も相澤さんを見て「可愛い」や「あの子誰?」という声が聞こえているから。


「うん、軽く食べたいな。あっ! あそこに屋台があるから行ってみない?」


「そうだね。何の屋台かな?」


 相澤さんが笑顔を向けて言ってくる。

 俺達の距離は前よりも近付いたと思う。

 今も相澤さんの腕が俺の腕に触れているのを感じているからだ。


「……タコ焼き屋さんだったね」


「そうだな。俺達ってタコ焼きが多くないか? 何回も一緒に食べた気がする」


 屋台はタコ焼きだった。


「そうだよねー。吉住くんは嫌だった?」


「嫌じゃないよ。俺は相澤さんと一緒なら何でも楽しいし嬉しいよ」


「う、うん。私もだよ……」


 屋台の周りから変な視線を感じた。


「相澤さん、1つ買って一緒に食べる? それなら他の物も食べれるし」


「うん。私も分けたいなって思ってたんだ」


 近くのベンチで食べる事になり、俺達は並んで座っていた。


「美味しいねー」


「うん。琢磨のタコ焼きに負けないな」


「あの面白い人だよね。さっきも変なポーズをしてたよね」


 琢磨、他の人からも奇妙な動きに見えるらしいから止めた方が良いぞ。


「何か色々と考えてるみたいだよ。彼女を作るって意気込んでたからね」


「……彼女……か」


 相澤さんが呟いたけど聞き逃さなかった。

 俺はその話もするつもりなんだ。


「相澤さん……あのさ……俺と……」


 話していると相澤さんが手で制してくる。


「あの……ちょっと待ってくれるかな?」


 どうして止めるんだろう。

 好きだと伝え合ったけど、付き合うのは嫌なのか? 俺は戸惑いの感情しかなかった。


「違うの! 聞きたくないんじゃないの! えっとね……私も話したい事があるの……だけど、少し待ってくれる? 吉住くんが嫌って事じゃないから……私は……私は……吉住くんが……」


 その先の言葉はなかった。

 泣き出してしまったからだ。


「分かったよ。何か理由があるんでしょ? だから今は言わないし聞かないよ。でも、後で聞いて欲しい事があるんだ」


「ありがとう。でも、これだけは言っておくね。私は吉住くんが大好きだよ」


「俺も相澤さんが大好きだ」


 相澤さんの顔が赤くなっている。

 恐らく俺の顔も同じだと思う。


 2人でパンフレットを見ていて、あるプログラムを見付けた。


「午後から管弦楽部の演奏があるんだ? 相澤さんは行かなくて大丈夫なの?」


「私は一緒に練習してないから出れないんだよ。良かったら聞きに行ってみない?」


 全国大会3位のオーケストラか。

 それは聞いてみたいな。

 時間を確認すると開演まで30分しかなく、俺達は体育館に移動した。


 体育館には陽一郎と西川さんが居たんだ。


「陽一郎、ここで何をしてるんだ?」


「オーケストラを聞こうって連れて来られたんだ。でも、この学校の管弦楽部って凄いらしいな」


「相澤さんから全国大会で3位になったって聞いたからな」


 そして開演時間になった。


 久しぶりに聞いた演奏だった。


 部員数も多くて迫力もある。


 相澤さんと一緒に聞くオーケストラ。


 最初は思い出のオーケストラを聞きたかったけど、これも良いと思った。


 次は一緒に思い出の演奏を聞きに行こう。



 演奏が終わりに近付いた頃、相澤さんが声をかけてきた。


「吉住くんがパンフレットでオーケストラに気付いてくれて良かった」


「どういう事なの?」


「私は誘うつもりだったんだよ。このオーケストラを聞きに行かないって……」


 相澤さんが俺を見ている。

 その目は俺をじっと見据えている。

 俺も相澤さんから目を離さなかった。


「そうだったの? 言ってくれたら良かったのに」


「言うのが怖かったんだよ。私だけなのかなって思ったり、忘れてるのかなって考えたり……でも、違うって分かってるから……」


 何の事を言ってるのか分からなかった。


「吉住くん、今年の学園祭の約束って覚えてる?」


 今年の学園祭の約束……


「覚えてるよ。相澤さんの演奏を聞くって約束したんだ。間違ってないよね?」


「うん、間違ってないよ。実はね、この後に私が演奏するんだよ。留学に行った3人で演奏するけど聞いててくれる?」


「ああ、約束していなくても聞くよ」


 相澤さんが目を閉じて、一度だけ深呼吸をしていた。

 そして開いた目は再び俺を見据えている。


「ありがとう。あのね……聞きたい事があるの」


「うん。何が聞きたいの?」


「前の名前を教えて欲しいの」


 何故、このタイミングで前の名前が聞きたいのか分からない。

 だけど、相澤さんの表情を見ていると答えずにはいられなかった。


「桜井だよ。桜井寛人。これが俺の昔の名前だよ」


「……桜井……寛人くん……なんだね……」


 相澤さんが涙を流している。

 俺の昔の名前を呼んで泣いていた。


 涙の理由を考えた。

 名前を知りたかった理由も。

 心当たりは1つしかない。


 だけど、突拍子もない理由なんだ。


 それを言葉にするよりも、相澤さんの言葉の方が早かった。


「準備があるから行かないと。吉住くん、私の演奏を聞いててね」


「うん、俺はここで聞いてるよ」



 相澤さんが舞台へ向かう時に1つの言葉を残していった。




「──私を見ててね。ひろとくん」



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えっと、夜にもう1話投稿します。

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