第128話 君に2回目の恋をする
「──私を見ててね。ひろとくん」
今、何て言ったんだ?
俺の聞き間違いなのか?
でも、確かに聞こえたんだ。
──ひろとくん、と。
さっきは桜井寛人くんと呼んでいた。
その流れで"寛人くん"と呼んだのか?
相澤さんが昔の名前を聞いてきた理由。
考えた時に浮かんだ心当たり。
それは、突拍子もない内容だったんだ。
だって、あり得ないと思っていたから。
──遥香ちゃん。
その名前が浮かんだんだ。
下の名前が一致しているだけなのに。
あの子は相澤遥香であって佐藤遥香じゃない。
考えても分からない。
やっぱり聞き間違いだったのか?
そう思い込もうとしていた。
「寛人、さっき相澤さんが寛人の事を下の名前で呼んだよな?」
「私もビックリしたんだけど、遥香と吉住くんって、もう下の名前で呼び合う様になったの?」
陽一郎と西川さんだった。
聞き間違いじゃなかったんだ。
「……2人にも、そう聞こえたのか」
やっぱり寛人と呼んだんだ。
俺は混乱していたけど、1つずつ疑問を解こうとして西川さんに聞いてみた。
「西川さん、相澤さんから何か聞いてない? 例えば今日の事とか」
さっきの不自然なタイミングで聞いてきた理由から考えた。
「今日っていえば、遥香達の演奏はプログラムになかったのよ」
「プログラムになかった?」
「そうよ。昨日の朝、遥香が学校に来て先生に頼み込んだのよ。最初は先生も断ったみたいだけど、留学に行った3人で曲も決めて練習してのが分かったから許可されたのよ。昨日も夜遅くまで3人で音合わせしてたし」
プログラムになく、昨日演奏が決まった?
何故そんな事をしたんだろう。
約束してたから?
それは違うと思う。
演奏しなければならない理由があった?
そうだとしたら何故?
もしかして……
──俺に聞かせたかった?
演奏の前だったから名前を聞いたのか?
前の名前を聞く理由は、やっぱり1つしか浮かばなかった。
──遥香ちゃん。
考えていても疑いだけが強くなり、分からなくなっていった。
そう思っていると、司会者が演奏する3人の紹介を始め、1人目が舞台に出て、2人目も舞台へと上がっていた。
そして3人目の名前が呼ばれ、相澤さんが舞台に姿を見せたんだ。
「相澤さん、可愛いー」
「あんな相澤さん、初めて見た……」
周りから声が上がっていて、西川さんと陽一郎の会話も聞こえる。
「遥香ってあんな髪型するんだ。前は嫌がったのに……」
「何が? 髪型の事?」
「うん。前に遥香の髪型を弄ってて、可愛いから皆に見せようって言っても『恥ずかしいから嫌だよ』って絶対に見せなかったのよ。でも、やっぱり可愛いよね」
2人の会話には入らなかった。
その時、俺は昔の記憶を思い出していた。
◇
「遥香ちゃん、バイオリンを弾いている時、髪の毛が邪魔になるから結んであげるね」
お母さんがリボンで遥香ちゃんの髪を結んでいた。
「うん、ありがとう! ひろとくん、この髪型はどう? 可愛い?」
はるかちゃんの大好きな水色。
その色のリボンで髪の毛を結んでいた。
お母さんも「ポニーテールって髪型だよ。遥香ちゃん可愛くなったでしょ?」と言っていて、はるかちゃんが可愛いって思って恥ずかしくなった。
その時に「馬のシッポみたいだね」って言ったら「もうっ!」って怒られたんだ。
怒ったはるかちゃんも可愛くて、その日から練習中はポニーテールにしていた。
◇
舞台の上に居る相澤さんを見ながら、その日の事を思い出していた。
視界の中で、水色のリボンで結んだポニーテールが揺れている。
俺の記憶と、目の前の相澤さん。
2つが繋がった瞬間だった。
何で気付かなかったんだろう。
そう思っていた。
演奏が始まり、俺は相澤さんから目を離さなかった。
相澤さんも俺を見ていて、俺の表情に気付いて涙を流している。
俺は相澤さん……いや、遥香ちゃんの姿が見えにくくなっていた。
ずっと探していたんだ。
そして、やっと見付けたんだ。
だから遥香ちゃんを見ていたいのに。
徐々に見えなくなったんだ。
見ててねって言われたのに。
遥香ちゃんが見えないんだ。
「遥香……もしかして泣いてない?」
西川さんの声が聞こえてきて、陽一郎の声も聞こえる。
「なあ、寛人。相澤さんって……おい! 寛人までどうしたんだ?」
俺も泣いていたんだ。
涙で視界がぼやけていて舞台が見えない。
「陽一郎……遥香ちゃんだよ。遥香ちゃんが居たんだ」
俺は声を振り絞って答えた。
「ああ、相澤さん……だな?」
陽一郎は分からないみたいだ。
「違うんだ……幼馴染だよ。会いたくて、ずっと探していた子が居たんだよ。相澤さんがそうだったんだ……やっと見付けたんだよ」
「嘘だろ……」
「えっ? それじゃあ、遥香の好きだった幼馴染って吉住くんなの? 遥香も探してたんだよ?」
陽一郎に続いて西川さんも声を上げていた。
遥香ちゃんも俺を探してたんだ。
俺を覚えてくれていたんだ。
しばらくして演奏が終わると、遥香ちゃんはバイオリンを置いて走り出した。
遥香ちゃんは目の前で立ち止まり、俺を見据えながら声をかけてくる。
「あの……」
「相澤さん……いや、遥香ちゃん」
遥香ちゃんと呼ばれた瞬間に体がビクッとしているのが分かった。
「えっと……ひろと……くん」
「そうだよ……俺は寛人だよ、桜井寛人なんだよ。佐藤遥香ちゃん……なんだろ?」
分かっていたけど聞くしかなかった。
「うん、私だよ。私が佐藤遥香だよ。ひろとくん……」
遥香ちゃんは泣いている。
俺の目からも涙が流れていて、言葉に迷っていた。
話したい事が多すぎて、何から言えば良いのか分からないんだ。
先に言葉を出したのは遥香ちゃんだった。
「あのね、最後に貰った手紙……その最後に何て書いたか覚えてる?」
俺が渡した最後の手紙……
引っ越す日に書いたんだ。
忘れる訳がない。
「『はるかちゃん大好き。また会えるよ』って書いたんだ。そして、また会えた。遥香ちゃんに会えたんだ。ずっと、ずっと探していたんだ。遥香ちゃんに会いたかったんだ。でも、やっと会えたよ……」
さっきから涙が止まらないけど、そんな事は気にしなかった。
「私も会いたかった。連絡先も分からないし、会いたいけど居場所が分からないし、私は……いっぱい、いっぱい泣いたんだよ」
遥香ちゃんも涙を流している。
1年前に出会ってから、相澤さんに惹かれた理由は簡単だったんだ。
──同じ子を好きになったんだから。
「相澤さん……」
遥香ちゃんは名字で呼ばれて不思議そうにしている。
「俺は遥香ちゃんが……佐藤遥香ちゃんが大好きだった。そして、1年前に相澤さんに出会って惹かれたんだ。」
遥香ちゃんは静かに頷いていた。
「そして、相澤さん……相澤遥香さんを好きになった。相澤さんは俺が2人目に好きになった女の子だった。だけど違ったんだ……遥香ちゃん、俺は君に2回目の恋をしたんだ」
遥香ちゃんを2回好きになったんだ。
だけど、本当は違うのかもしれない。
ずっと遥香ちゃんが好きだった。
そして相澤さんを好きになった。
俺は1人の女の子を変わらず好きだったのかもしれない。
「私も一緒だよ。寛人くんを2回好きになったの。でも、本当は寛人くんだけを好きだったって分かったんだよ」
そう言って遥香ちゃんは俺の胸に飛び込んできた。
「ひろとくん、ひろとくん、ひろとくん、ひろとくん……うわぁぁぁん」
遥香ちゃんは声を上げて泣いていた。
その姿は子供の頃に何度も見たままだ。
遥香ちゃんは変わっていなかった。
「遥香ちゃん……」
遥香ちゃんが俺の胸で泣いている。
もう2度と離さない。
もう遥香ちゃんを失いたくない。
そう思ったんだ。
「遥香ちゃん、好きだよ」
そう言って遥香ちゃんを抱きしめた。
──ひろとくん、大好き!
──僕も、はるかちゃんが大好き!
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やっとタイトル回収ができました(*T^T)
それとね、2~3日お休みをください。
この2話に全力を使い果たしました。
詳しくは近況ノートに書くね。
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