第126話 繋がった記憶
side:遥香
──ひろとくんの目だ。
ずっと、この目が気になっていた。
普段の吉住くんは優しい表情をしているけど、マウンドで投げている時は真剣な目をしている。
そう、ひろとくんがピアノを弾いている時と同じ目をしてるんだ。
初めて見たのは東光大学附属のグラウンドだった。
今年の春に見たんだよね……
その時に不思議な感じがしたんだ。
この目を知っている……そう思った。
だけど、その日からこの目を見る事はなかった。
そして次に見たのは夏の予選。
試合の応援に行って、マウンドで投げる吉住くん、ブルペンで投げる吉住くん……私は投げている吉住くんをずっと見ていた。
その時に思い出して色々と考えていたんだ。
──そして今、ひろとくんの目だと気付いた。
私は吉住くんと出会った日から順番に思い出していた。
夏休みに病院の屋上で出会ったんだよね。
吉住くんが泣いていたから驚いたんだよ。
それからケーキを渡したり、退院後も会ったりしたんだよね。
その時にキャッチボールをしたんだ。
私が変な所に投げても吉住くんは優しいままで、この頃から気になる男の子だった。
ずっと不思議に思っていたんだ。
私が普通に話せた2人目の男の子。
そして学園祭での出来事。
あの日に貰った誕生日プレゼントは、今も部屋に飾ってるもんね。
凄く嬉しくて、私の宝物になったんだよ。
でも、その前にピアノの音を聞いたんだ。
私は凄く驚いたのを覚えている。
ひろとくんのピアノの音だったから……
間違った所まで一緒だったもん。
私は部室まで走って行ったけど、誰にも会えなかった。
部室に1人で居ると、吉住くんが声をかけてきたんだ。
この時って何を話したっけ……?
そうだ、思い出したよ。
私は「誰か見なかった?」って聞いて、吉住くんは「誰も見てない」って答えたんだ。
ピアノを弾いていたのが吉住くんなら、他の人を見るはずがない。
この時に「ピアノを弾いてたのは吉住くんかな?」とか「誰がピアノを弾いていたのか知ってる?」って聞けば良かったんだ。
──吉住くんがピアノを弾いていた。
そう考えたら辻褄が合うもん。
ひろとくんは……吉住くんなの?
どうして、そう思えなかったんだろう。
思える訳ないか……
ひろとくんは何処に居るのか分からないし、吉住くんは別の人だと思っていたから。
それに名前も違う……
だけど、準決勝の日に感じた可能性。
吉住くんがお父さんの事を『透さん』と呼んでいて、疑問に思ったんだ。
聞いてみると「透さんは母さんの再婚相手なんだ。透さんは義父だよ」と言っていた。
私の疑いは強くなっていく。
いつ名前が変わったのか聞いてみると小学校6年生の時だった。
その前の名字は? 桜井かな?
聞いてみたけど、クラスの子が呼びに来て聞きそびれたんだ。
前の名前は今日まで聞けていない。
この後は決勝戦もあったし、今も甲子園だから私は迷惑をかけたくなかった。
本当は聞くのが怖いのかもしれない。
──あなたは桜井寛人くんなの?
──佐藤遥香って名前は知ってるかな?
そう聞けたら、どれだけ楽なんだろう。
勘違いで違ったら変な子だと思われてしまうし、ひろとくんだったとしても私を覚えていないかもしれない。
ううん、もう忘れてると思う。
だって……連絡が来なかったから。
ひろとくんは連絡先を知ってるのに連絡してくれなかったもん。
私は気付いたら泣いていた。
吉住くんの特集記事が見えないよ……
どうして今、ひろとくんの事を考えてるんだろう。
私は吉住くんが大好きだし、吉住くんからも好きだと言ってくれて幸せなのに……
だけど、ひろとくんが吉住くんかもしれない……そう思ってしまうんだ。
◇
数日間、ずっとモヤモヤしていた。
前の名前を聞くタイミングを探していたけど見付からないんだ。
こんな時に何で私は海外に居るんだろう。
近くに居れば聞けるのに。
そんな事をずっと考えていた。
だけど、思いがけないタイミングが訪れて、疑いは確信に変わったんだ。
吉住くんと電話で話をした時だった。
『誕生日の日が甲子園に負けた日になるとは思わなかった。でも、去年の誕生日は入院中だったから今年は幸せだったよ』
そうだ、誕生日だよ。
誕生日を聞けば良かったんだ。
誕生日が8月17日なら同じなんだ。
ひろとくんと同じ誕生日。
でも、違っても構わないよ。
吉住くんが大好きなのは変わらないから。
吉住くんに急いで聞いてみた。
「吉住くんの誕生日って8月の何日なの?」
何日って言ってくるのかな?
吉住くんの返事が長く感じた。
『──俺の誕生日は8月17日だよ』
「……17……日なの? やっぱり……」
──ひろとくんだ。
変わった名字、ピアノの音、真剣な目、誕生日、バラバラに見えていて疑っていたけど、全てが繋がった。
ひろとくんは吉住くんなんだ。
私が確信した瞬間だった。
『そうだよ、17日。そういえば俺も聞いてなかったと思う。相澤さんは10月だよね? 何日なの?』
吉住くんも誕生日を聞いてきたんだ。
私は気付いて欲しいと願いながら答えた。
「……私は2日……10月2日だよ」
──私は佐藤遥香なんだよ?
──気付いてくれるかな?
『10月2日なんだ。それなら去年の誕生日プレゼントは渡すのが遅くなってたみたいだね』
……私の事は覚えていなかった。
今まで連絡がなかったから、忘れられていると思っていた。
やっぱり私だけが会いたいと思っていたんだね。
それを思い知らされた瞬間だったので、寂しい気持ちになった。
吉住くんは大好きだし、近くに居る感じがするけど、ひろとくんはもう居ないんだ。
頭の中がグチャグチャになって、電話の後は泣いた事しか覚えていない。
◇
数日後、綾ちゃんから学園祭の事で電話がかかってきたんだ。
「……綾ちゃん、久しぶりだね」
『遥香も久しぶり。声に元気がないけど、どうかしたの? 吉住くんとケンカでもした?』
「ううん、違うよ」
この『ケンカ』という言葉で思い出した。
綾ちゃんが私や吉住くんに色々と言って、私が吉住くんに誤解していた時の事を……
吉住くんに好きな子が居るって聞いた時の話を思い出したんだ。
「ねえ、綾ちゃん。前に吉住くんに好きな子が居るって言ってた時があったでしょ? その時の内容って覚えてる?」
『えっと……何年も会っていない幼馴染を探してるって言ってた気がする。去年の冬も探しに行ったけど会えなかったとか……』
……そうだ、そんな話だった。
吉住くんが探していたのは佐藤遥香?
ひろとくんは私の事を忘れていなかった。
私の事を探してくれていたんだ。
……誕生日は忘れられてたけど。
「やっぱり! そうなんだよ!」
『は、遥香……大声を出してどうしたの?』
「綾ちゃん、ごめんね。あのね……お願いがあるの。吉住くんに学園祭のチケットを渡してくれるかな?」
『学園祭のチケット? 良いわよ』
「ありがとう。吉住くんに絶対に渡してね」
これでチケットは大丈夫。
ひろとくんは吉住くんに間違いない。
それに私の事を忘れていなかった。
でも、私が遥香だと気付いて欲しいな。
そして翌日の朝、一緒に留学している2人と食事をしている。
言うなら早い方が良いよね、それに反対はしないと思う。
「あのね、聞いて欲しいんだけど──」
私は2人にある相談をした。
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