第125話 遥香ちゃんは何処に…

「健太、何かあれば俺も居るから安心して投げろ」


「はい! 何回まで投げれるか分かりませんが全力で投げます!」


 2回戦の先発は健太に決まった。

 何回まで投げれるか分からないが、この試合は琢磨と2人で最後まで投げてもらう。


 表情が硬いのが少し心配だ。

 早く援護点を取って楽にしてあげて欲しい。



 そして試合が始まった。


 初回は満塁までランナーを貯めてしまうが1失点で切り抜ける。

 翔と翼に助けられたのもあった。

 2人が内野から健太に声をかけてくれていたんだ。


「先頭からフォアボールを出してしまいスミマセン!」


 健太がベンチで頭を下げている。


「健太! 取られたら取り返せば良いんや! 俺が塁に出たるから安心しとけ! それで健太が打てば取り返せるやろ!」


 琢磨が健太を励ましていた。

 初めて先輩らしい所を見た気がする。

 いつもは健太の方が年上に見えるからな。


「そうだぞ、まだ試合は始まったばかりだ。打って取り返せば良い。健太はチームの4番だろ?」


「分かりました。打って取り返してきます」


 琢磨がバッターボックスに立ち、初球を捕らえてヒットで出塁した。


「琢磨は本当に打ったな。翔と陽一郎も続いたし、次は健太の番だぞ」


「はい! 行ってきます!」



 ──そう言って打席に立った健太はダイヤモンドを一周している。



 琢磨、翔、陽一郎の順番でホームを踏み、健太が最後に踏んでいた。


 健太が満塁ホームランを打って、ベンチで揉みくちゃにされていて全員が喜んでいる。


「健太、お釣りが返って来る程の結果だったな。良く打ったな」


「はい! 満塁だったので初球を狙いました。やっぱりストライクに甘く入って来ました」


 甘く入って来たからホームランか。

 取られた点を自分で取り返せるのは羨ましいと感じる。


 俺は中学高校でホームランなんて打った事がない。

 打率は悪くないけど外野フェンスを越えないんだ。


 漫画やアニメでエースとして相手を圧倒し、4番としてもホームランを量産するのを見た事がある。

 そんなのは物語の主人公だけだろう。


 俺の事を新聞や雑誌で『怪物』と書かれているけど、本当の怪物は健太みたいな奴だと思う。

 俺は投げて相手を抑える事しかできないからな。



 この後も健太は失点をするけど、それ以上に味方が点を取り、5回コールドで試合が終わる。


 5回しか試合がなかったので琢磨に出番は回らなかった。

 それが不満だったのか少し騒がしい。


「俺の出番はないんかー! 陽一郎! 話と違うやんけ!」


「3回戦は琢磨が先発だから我慢してくれ」


「ホンマか! 今日は健太の日やったけど、次は俺が活躍するでー! 二刀流のスーパー琢磨くんやー!」


 また叫びながら走っていった。


「琢磨は何処に行ったんだ?」


「さあな。球場を1周してきたら帰ってくるだろ」


 今は球場の外で集まっていて、球場に沿って走ってたから反対側から帰ってくるんだろう。


「キャッチャーで受けてみて健太はどうだった?」


「この相手で5回3失点だからな。良いボールもあるけど、マウンドを任せるには時間が必要だと思う」


「そうか、初マウンドだから緊張したのかもな。健太に関しては俺に任せてくれ」



 これで2回戦を突破した。


 続く3回戦は琢磨が先発し、試合は7回コールド勝ちをする。


 琢磨が5回を投げて2失点、健太は2回を投げて2失点と仲良く2失点ずつしてくれていた。


「2人が仲良しなのは知ってるけど、失点数まで仲良くしなくても良いんだぞ?」


「俺と違うわ! 健太が俺の真似をしたんや! 健太は俺と一緒にしたかったんやろ? そうやろ?」


「えっ? いや……」


 健太が返事に困っている様子だ。

 責任を健太に擦り付けるのは止めて欲しい。


 琢磨は良い投球をしていたんだ。

 ……2回以降に限ってだったけどな。


 初回はストライクが入らず、勝手に自滅して相手に2点をプレゼントしていた。


「これはハンデや! 試合は楽に勝たれへんねん!」と言いながらベンチに帰ってきて陽一郎から怒られていたのを覚えている。


 こんな感じで、順調とは思えないが3回戦も突破した。



「それでは文化祭のアンケートを発表するわ。横田くんお願いね」


 3回戦が終わった翌日、学校で文化祭の話をする事になった。

 文化祭実行委員の2人が前に出てアンケート結果を発表しようとしていた。


「う、うん。えっと……タコ焼きが4票、スイーツが3票で……ピザが1票……」


 横田が緊張しているみたいだ。

 普段は前に出て発言とかしない奴なので仕方がないだろう。

 俺は横田を応援しながら見ていた。


「あの! ちょっとだけ良いかな?」


 横田が話していると、女子生徒が声を上げて立ち上がった。


「谷村さん、何かしら?」


 文化祭実行委員の高橋さんが聞いていて、全員が谷村さんに注目している。


「ピザを提案したのは私なの。このままだとピザにならないと思ったのよ。だから少し時間を貰っても良いかな?」


「ええ、良いわよ……」


 珍しく高橋さんが及び腰になっている。

 それくらい谷村さんの勢いは凄かった。

 そして谷村さんがプレゼンを始めて、その内容に全員が驚かされたんだ。

 初めから説明をする気だったのだろう。


「──だからピザをやってみたいのよ! 面白いと思わない?」


 その内容は、レンガで石窯を作ってピザを焼く、それだけだったけど『石窯ピザ』のインパクトが凄かった。

 高校の文化祭で作れるのか? と思っていたが、石窯の作り方やピザのコストに販売方法まで、全ての説明をされたんだ。


 そう、谷村さんは去年の文化祭で『チョコバナナ』を提案した女の子だ。

 現場のリーダーとして頑張ってくれていて頼りになった。


 それもあって、谷村さんは文化祭実行委員に立候補すると思っていたけど、立候補していなかったので残念に思っていたんだ。


 しかし、それは違った。


 谷村さんは実行委員ではなく、現場で楽しみたかったのだろう。

 それを感じさせる、説得力のある特進科の生徒らしいプレゼンだった。


「分かったわ。それで、皆はどうするの? 案が出ている中から再投票する? それなら1個ずつ読み上げて挙手制で決めるけど」


 予想はついていたけど、俺達のクラスは全員一致で『石窯ピザ』をする事になり、谷村さんを中心に進める事になった。



 そして放課後になり、俺は美咲さんから取材を受けていた。


「甲子園の3回戦まで勝ち進んだチームとは思えない試合展開だね」


「戦力の少ない公立だからだよ。3年生の抜けた穴が大きいから大変なんだ」


「ふーん。吉住くんが投げれば良いじゃない。投げないの? まだ秋季大会で投げてないよね?」


「次の4回戦では先発するよ」


「あっ! スクープゲットだね。でも、そんな事を話して大丈夫なの?」


「隠す事でもないし、俺が投げるからってスクープにはならないよ」


 俺達の研究はされていると思う。

 対戦相手の手元には甲子園の映像もあるだろうから、気にしても仕方がない。

 それに、研究されても俺がそれ以上の投球で圧倒すれば良いと思っている。


「それなら土曜日の試合を楽しみにしてるからね。私も球場に行くから、良い記事が書けるのを期待してるわよ」


「ああ、期待しててよ」


 土曜日の4回戦は俺が先発する。

 そして日曜日は東光大学附属の学園祭だ。

 相澤さんに会えるのが楽しみで、早く週末になって欲しいと思っている。


 美咲さんの取材も終わり、帰る時に「忘れていた」と言って声をかけてきた。


「そうそう、前に頼まれてた女の子の事だけど、高校が分かるかもしれないわよ」


「えっ? 本当に?」


「佐藤遥香ちゃんでしょ? 記者の仲間で知ってるかもって人が居て、調べてもらってるのよ。分かったら連絡するわね」


 そうか、遥香ちゃんの居場所が分かるかもしれないんだ。


 分かれば会いに行きたい……


 会って色々と話がしたい……


 でも、会うなら相澤さんには説明しておく必要がある。

 自分を好きだと言った男が、他の女の子に会いに行くんだ。

 俺なら説明して欲しいと思うから。


 居場所が分かれば相澤さんに話をしよう。


 そう思いながら土曜日の4回戦を迎えた。

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