第122話 夏休みを終えて

「なあ、陽一郎……夏休みって終わるのが早いと思わないか?」


「今年は甲子園があったからな。もしかして宿題が終わらなかったのか?」


「宿題は1週間で終わらせたよ。10日って短いなって思っただけだ」


「そうか? まあ今日から部活も再開するから頼むぞ」



 今日から学校と部活が始まり日常に戻るんだ。


 短い夏休みは一瞬で終わった気がした。

 10日間だったけど、相澤さんの声を毎日聞けて楽しかったんだ。

 

 その電話も今日からできない。


 相澤さんが帰国するまで1ヶ月あり、それまでは我慢の日々が続く。


「今日はミーティングだけだろ? 3年生が引退して新チームになったからな」


「そうだな。新チームは寛人に懸かってるから頼りにしてるよ」


「俺1人では無理だぞ。甲子園もそうだったけど、全員の力が必要だ。それよりも手首は大丈夫なのか?」


「ああ、順調に回復してるよ。秋季大会も大丈夫だ」


「そうか、それなら安心したよ」



 そして学校に到着し、時間ギリギリまで部室で過ごしてから教室に向かう。

 甲子園の事もあり、生徒達に囲まれると思っていたから俺達は早く登校していたんだ。

 


 チャイムが鳴る前に教室に入ると、サッカー部の安藤とテニス部の真田が声をかけてきた。


「吉住! 田辺! 甲子園では大活躍だったな!」


「大観衆の中で試合ができて羨ましいよ」


 この2人も甲子園では応援団に入ってくれていた。


「応援は助かったよ。ありがとう」


「俺の活躍は寛人には負けるよ。でも応援は心強かったよ」


 俺達がお礼を伝えると安藤が新聞を広げて見せてくる。


「田辺は何を言ってるんだ? 今日の新聞を見てないのか? お前達が『大会No.1バッテリー』だと書かれてたぞ」


 陽一郎は新聞を読んで驚いていたけど、俺は驚かなかった。


 大会No.1投手と書かれる事が多かったけど、俺の成績は1人ではなく、陽一郎と2人の結果だと思っている。


 だから陽一郎と2人で評価されたのは当然だと思ったんだ。


「陽一郎、何を驚いてるんだよ。バッテリーとして評価されたんだ、俺は甲子園の記事で一番嬉しい内容だと思うぞ」


「そうだな……俺もこれが一番嬉しい」


 記事には甲子園の総評が書かれていて、俺達が負けた試合が事実上の決勝戦だったとも書かれている。


 甲子園は俺達に勝った高校が優勝した。


 そして俺達との試合が唯一の接戦だったのが事実上の決勝戦と書かれた理由らしい。



 話している間に担任の鈴木先生が教室に入り、2学期の予定が伝えられた。


 内容は文化祭の事が多かった。

 去年は何故か実行委員にされたんだ。


 今年の文化祭はどうなるんだろうな……

 そう思っていると、学級委員の高橋さんが俺の事を見ている。


 期待する様な目で見ないでくれ……

 今年は無理だよ、秋季大会もあるんだ。

 去年は練習に参加していなかったから大丈夫だったんだ。


 俺は高橋さんに首を振って意志を伝えた。

 誰もやらなければその時は考えるよ。



 始業式も終わり教室を出ようとした時、高橋さんから話しかけられた。


「吉住くん、さっきのは何かしら? もしかして私の考えが分かったの?」


「実行委員を俺に振るつもりだったでしょ? できないって意志表示だよ」


「やっぱり分かってたのね」


「分かるよ。でも今年は大丈夫だと思うよ。去年は全員が楽しんでたからね。来年は受験があるから特進科の催しはないだろう。恐らく今年が最後になる。それを伝えたら大丈夫だよ。それでも駄目なら考えるから」


「分かったわ。その時は頼むわね。そうだ、東光の女の子と上手くいったみたいね?」


 どうして高橋さんが知ってるの?

 相澤さんの事はクラス全員に知っているけど、気持ちを伝えた事は陽一郎にしか教えていないんだ。


「どうして知ってるの? もしかして陽一郎が喋った?」


「田辺くん? 何も聞いてないわよ。予選の1回戦から応援に来てたんでしょ? 応援団の人達から聞いたのよ『吉住くんの彼女が応援に来てた』って、違ったの?」


 陽一郎が人に話す訳ないからな。

 1回戦から応援に来てる人も多かったし、去年から相澤さんと付き合ってるって噂もあったからだろう。


 でも、高橋さんなら言っても大丈夫だ。

 誕生日プレゼントを買った時も世話になったし。


「その時は違ったよ。でも決勝戦の次の日に気持ちを伝えたんだ」


「そうなんだ……っていうか、まだ言ってなかったの? 去年の文化祭も付き合ってる様にしか見えなかったわよ。でも、良かったわね」


 そう言って高橋さんは帰っていった。

 高橋さんの驚いた顔なんて初めて見た気がする。


「寛人、何やってるんだ? 早く行くぞ」


 高橋さんが去った後、陽一郎が教室の外から俺を呼んでいた。


「悪い、今から行くよ」


「高橋さんに何か言われたのか?」


 高橋さんとの会話の内容を説明した。

 しかし、話していると1つ疑問に思った事がある。


「なあ、陽一郎。予選の時って西川さんも居たよな?」


「ああ、相澤さんと一緒だったからな。それがどうかしたか?」


「相澤さんが応援に来ていて、俺の彼女が来てるって思われてたんだ。でも西川さんも居ただろ? そうすると陽一郎も彼女が来てるって思われたんじゃないのか?」


 陽一郎は驚いた顔をして俺を見ている。


 考えたらそうなるだろ?

 陽一郎も文化祭の時に西川さんと一緒だったから俺と同じ状況なんだ。


「ああ……そうなるな……」


「陽一郎、悪かったな……余計な事を言ったみたいだ……今からミーティングだろ? 早く部室に行こう」


 俺は陽一郎を連れて部室に向かった。

 他の部員は既に来ていて、俺達が最後に着いた。


 ミーティングでは秋季大会の事を中心に話し、ある問題に直面する。


「秋季大会は誰が投げるんだ? 俺は球数制限があるから完投は難しいぞ」


 そう、早川さんと木村さんが引退して投手が俺と琢磨しか居ないんだ。

 初めは翔と翼の案も出たが二遊間は動かさない事になり、中学でリリーフ経験のある健太が候補に上がった。


 秋季大会が始まるまで俺が指導し、練習試合で投げてみる事になる。



 そしてミーティングが終わり琢磨が夏休みの事を話していた。


「今年の夏は良かったわ! 最高や!」


「そうだな、甲子園に行けたからな。」


「甲子園やないで。俺は10日間の夏休みの事を話してるんや。プールも行ったし、ゲーセンで1日遊んだしな」


 プールにゲーセン?

 琢磨を見ると、甲子園に居た時より日焼けしている。

 無駄だと思ったが一応聞いてみた。


「琢磨、夏休みの宿題をやったのか?」


「あ? 何やそれ? 甲子園に行ったから免除と違うんか? 特進科は免除されへんのか?」


 やっぱり聞くだけ無駄だった。


「甲子園に行く前に言われただろ? 宿題は免除されないって。琢磨以外は全員宿題をやったと思うぞ」


「なんやて……寛人、宿題見せてくれや」


 普通科と特進科では宿題が違う。

 たから自力で頑張ってくれ。

 俺達は琢磨を学校に残して帰宅した。


 ちなみに琢磨の宿題は9月末まで待ってもらえたらしい。



 俺は自宅に帰り、相澤さんにメッセージを送信した。

 今が13時だから朝の準備中だろう。

 学校が始まった事、部活の事、文化祭の事、そんな内容を送った。


 そして相澤さんから返信が入る。


『もう文化祭なんだね。そういえば今年の東光の学園祭は去年より日程が早くなるみたいだよ。10月1日から3日間って綾ちゃんが教えてくれたよ。それでね……学園祭の日って会えるかな?』


 相澤さんは9月末の帰国だから学園祭の前日になるのか。

 10月1日が土曜日だから1日2日のどちらかなら大丈夫だろう。


「1日か2日なら学園祭に行けるよ。恐らくどちらかの日に秋季大会があるかもしれないけど、連戦にはならないから。日程が分かったら連絡するよ」


『うん! 学園祭で会えるのを楽しみにしてるね』


 東光大学附属の学園祭。

 この日が相澤さんと再会する日になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る