第121話 お互いの誕生日

『吉住くん。久しぶりだね』


 相澤さんは1コールで電話に出る。

 あまりの早さに俺は驚いた。


「相澤さん、久しぶり。電話に出るのが早くて驚いたよ」


 驚いたので緊張していた事すら忘れてしまっていたんだ。


『うん。スマホを持って電話が来るのを待ってたもん。昨日から楽しみにしてたんだよ』


「そうか、俺も楽しみにしてたよ」


 相澤さんがスマホを持って待っている姿を想像してしまった。


 うん。可愛いな……


 俺も楽しみにしてたけど、相澤さんも楽しみにしてくれていて嬉しい。


 留学前は何度も会っていたし電話もしていた。

 だけど、電話や会うのを楽しみと伝え合った事はなかった。


 留学に行った後は、メッセージでも「好きだ」とか「付き合って欲しい」と伝えていなかったけど、改めて『ただの友達』ではなくなったんだと実感する。


 そして少しの間、沈黙が続いた。


「あの……相澤さん?」


『う、うん。どうしたの?』


 また少し沈黙が続く。

 その後は同時に笑い出したんだ。


『ふふふ。おかしいねー。やっと話せたのに黙っちゃったね』


「うん、ごめんね。少し緊張してしまったよ」


『吉住くんでも緊張するんだ? 甲子園の記事を見たよ。満員の観客の前で投げてる姿は堂々としてカッコ良かった。だから緊張とは無縁なんだと思ってたよ』


「甲子園のマウンドは緊張というより楽しかったよ。でも俺でも緊張くらいするよ。だって……」


『だって? どうかしたの?』


 どうかしたのって……


 これって正直に言った方が良いのか?

 昔は簡単というか何も考えずに言えたんだけどな……


 空港で言った時は離れた場所だった。

 だから次に会った時に目の前で伝えようと思っていたけど……


「えっと……す、好きな子に電話をするから……緊張した」


 言ってしまった……

 それに変な日本語になったし……

 でも、これで緊張も消えた。

 しっかりと俺の気持ちを伝えるんだ。


「相澤さんが好きだから。久しぶりに好きな子の声が聞けるんだ。そう思ったら緊張したんだよ」


 相澤さんから返事が来ない。

 電話では言ったのは失敗だったのか?

 やっぱり会った時にすれば良かった……


「……相澤さん?」


 やっぱり返事が来ない……

 こういう時ってどうしたら良いんだ?


 そう思っていると声が聞こえた。

 聞き取りにくい小さな声だったけど、俺の耳に届いたんだ。


『私も……私も大好きだよ……』


 相澤さんの声が震えている。

 もしかして泣いてるのか……


「……うん」


 それしか言えたかった。


「相澤さん、大丈夫?」


 俺は相澤さんが落ち着くのを待った。


『もう大丈夫……ごめんね。やっと話せたのに、これじゃ話せないよね。それと……さっき私が言った事は聞こえた?』


「うん。聞こえたよ」


『聞こえたんだ……でも、ちゃんと言うね。私も吉住くんが大好きだよ』


 さっきも聞こえたけど、今度はハッキリと聞こえた。


「ありがとう。凄く嬉しいよ。でも、今度は会った時にもう一度言うから。電話や前みたいに遠くからじゃない。相澤さんの目の前で伝えるから」


『うん。私も……』


 この後は俺も恥ずかしくなり、会話が途切れたりしていた。


 だけど、やっと普段通りの会話ができるまでに戻ったんだ。


『そういえば、大会No.1投手って書いてたねー。吉住くんって凄いんだね。昨日見た記事も凄かったもん!』


「あー。それは恥ずかしいから勘弁して欲しいかな」


 その記事は3回戦の内容だと思う。

 俺も昨日読んだけど、負けたのに大袈裟に書かれていたんだ。


『西城高校、3回戦で敗北!』『吉住、無失点で甲子園を去る!』『大会No.1に恥じない投球!』等、そんな見出しだった。


 本当に大会No.1投手だったのかは自分では分からないけど、甲子園を無失点で去ったのは本当だ。

 3試合に登板し、21回を投げて29奪三振、無失点……これが甲子園で残した俺の結果だった。


 でも、負けたら終わるんだ。

 チームの勝利の為に投げたから、個人成績なんてどうでも良かった。


『でも、本当に凄かったもん。吉住くんが活躍してくれたから私は海外でも見れたんだよ?』


「確かにそうだけど、記事は大袈裟だと思うよ? それに負けちゃったからね。まさか誕生日の日が甲子園に負けた日になるとは思わなかった。でも、去年の誕生日は入院中だったから今年は幸せだったよ」


 違うな……去年も幸せだった。

 入院したから相澤さんに出逢えたんだ。


 でも、今年は1つだけ思っていた。


 甲子園のスタンドに相澤さんが居て欲しかった……試合中ずっと思っていたから。


「去年は入院したから──」

『あの! 吉住くん!』


 相澤さんが突然大声で俺の名前を呼んだ。


「相澤さん、どうしたの? 急に大声を出して……何かあった?」


『あっ! ごめんなさい。えっとね……今の話で思い出したの……吉住くんの誕生日って8月の何日なの?』


 誕生日? 教えてたつもりだったけど、言ってなかったかもしれない。


「俺の誕生日は8月17日だよ」


『……17……日なの? やっぱり……』


 どうしたんだ? それにやっぱりって?

 8月17日って特別な日でもないし……

 この日って相澤さんにとって何か意味がある日と同じなんだろうな。


「そうだよ、17日。そういえば俺も聞いてなかったと思う。相澤さんは10月だよね? 何日なの?」


 そう、俺も聞きそびれていたんだ。


『……私は2日……10月2日だよ』


「10月2日なんだ。それなら去年の誕生日プレゼントは渡すのが遅くなってたみたいだね」


 去年は学園祭でプレゼントを渡した。

 その時は月末だったから、1ヶ月近く遅れて渡したみたいだ。


『……うん……そうだね……』


「相澤さん? 大丈夫?」


 さっきから相澤さんの様子がおかしい。

 俺の誕生日を伝えた時からだよな……


『大丈夫だよ……そろそろ時間だから私は戻るね。電話で話せて嬉しかったよ』


「あのさ、明日からも電話で話せないかな? 今日みたいに昼だと毎日昼食が食べれなくなるから、朝でも夜でも……相澤さんの都合に合わせるから」


『……良いの? 私が話せる時間は夜だから、吉住くんの所だと夜中の3時とかになっちゃうよ?』


「俺は大丈夫だよ。新学期まで練習がないけど走り込みを早朝にする予定だから。予定より2時間早く起きるだけだ……それに相澤さんの声が聞きたいんだよ」


『うん……私も一緒だよ……ありがとう』


 相澤さんとの電話が終わった。

 これで夏休みの間は話をする事ができる。


 最後には喜んでいて笑っていたけど、さっきまでの様子は何だったんだろう……


 でも、10月か……


 10月で覚えてるのは遥香ちゃんの誕生日だけだ。

 遥香ちゃんの誕生日は俺と同じ17日だ。

 毎年、この日に遥香ちゃんの家族と俺の家族でお祝いをしていた。


 ……だから忘れる訳がない。



 相澤さんとは夏休みが終わるまで毎日電話で話せたんだ。

 様子が違ったのは初日だけだったので安心していた。


 そして数日が過ぎて新学期を迎えた。



────────────────────

寛人くんは悪くないんだよ…

理由は後で述べるから許してね(*T^T)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る