第117話 新しい球種

 試合が始まり、相手のバッターが打席に入った。


 ミーティングでは「初回の1番バッターは絶対に塁に出すな」と言っていた。

 今日の相手は初回の得点率が高く、点が入った試合は全て1番バッターが出塁していたんだ。


 陽一郎からサインが出て、初球を投げた。

 バッターは空振りして1ストライク。

 初球はストレートのサインが多かったけど、この試合ではスライダーだった。

 相手も初球はストレートだと思っただろう。


 2球目もスライダーのサインが出る。

 初球と違い、球速を上げた変化の少ないスライダーを投げてセカンドゴロで1アウト。


 2番バッターにはカーブから入る。

 続く2球目は1番バッターを打ち取った球速を上げたスライダーを投げ、二者連続でセカンドゴロになる。


 3番バッターが左打席に入り、膝元への球速を上げたスライダーを投げる。

 バッターは振ってくるが、詰まらせてセカンドゴロでアウトを取った。


 初回は打者3人をセカンドゴロに打ち取り、球数も5球で終わる事ができた。


 この回は変化球しか投げていない。


 スライダーは変化とキレ重視のスライダーと、球速重視のスライダーの2種類を投げたんだ。


 球速重視のスライダーは144㎞出ているが変化はかなり少ない。



 ベンチに戻る時に陽一郎が走って近付いてきた。


「寛人! 上手くいったな!」


「そうだな。あのボールは使えるな」


 あのボールとは球速重視のスライダーの事で、甲子園出場が決まってから練習していたんだ。



 ──予選が終わった2日後。



「陽一郎、試したいボールがあるからブルペンに来てくれるか?」


「試したいボール?」


「そうだ、俺の球種ってストレート、カーブ、スライダーの三種類だろ? 落ちるボールがない。それに球数の事もあるし増やせないかと思ってるんだ」


「フォークかスプリットか? 寛人は投げれなかっただろ? ストレート、カーブ、スライダーだけでも大丈夫だと思うぞ? 全てが決め球で使えるからな」


「落ちるボールの練習じゃない。スライダーだよ。スライダーを使い分けたいと思ってるんだ」


「スライダーを?」


 俺は落ちるボールの練習をしても投げれなかったんだ。

 球数さえ気にしなければ今のままでも大丈夫だと思っていた。


 しかし、今は球数の制限がある。


 だから俺は打たせてもバットの芯を外す事を考えて、思い付いたのがスライダーの改良だった。

 俺の投げるスライダーは変化とキレは他の人より良いと思っている。

 そのボールの球速を上げてみようと考えたんだ。


「そうだ。通常のスライダーと球速を上げたスライダーだ」


「二種類のスライダーか……分かった、やってみよう。上手く行けば寛人は長いイニングを投げれるかもしれない」



 その日から陽一郎との練習が始まった。


 だけど最初は酷かったんだ……


「寛人……これだと試合で使えないし、フォームを崩すぞ?」


「そうだよな……」


 練習を開始しても投げれなかった。


 正確には変化はするんだ。

 しかし球速を上げようとして腕の振りが違うし、狙った所に投げれない。

 腕の振りが違うと球種がバレて打たれるから試合では使えない。



 練習は甲子園に来てからも続き、1回戦が終わった翌日。


「寛人、何も変わってないぞ? もう止めないか?」


「ちょっと待ってくれ……考えるから……」


 スライダーを速くしようとしていて、曲がるけど腕の振りが変わりコントロールも付かない……


 球速を上げる……


 ストレートを投げる感覚で投げれば良いんじゃないか?


 変化は少ないと思うけど、これなら投げれるかもしれない。


「陽一郎、あと少し付き合ってくれ」


「昨日の試合でも投げてるんだ、あと少しだけだからな」


「ああ、これで駄目なら諦める」


 そして俺は陽一郎にストレートを投げ込んだ。

 違うのは投げる瞬間に指先でボールにスピンを与えてみたんだ。


 陽一郎の構えたミットに唸りを上げたストレートが走っている。

 いつもと変わらないストレートだ。


 しかし、ミットの手前で小さいけど急激に変化をして陽一郎は捕れなかった。


「寛人……今のボールは……?」


「考え方を変えたんだ。スライダーを速くできないなら、ストレートの要領で投げたら良いんじゃないかと思って投げた。試合で使えそうか?」


「……使えるか……じゃない……寛人、このボールってカットボールだよな?」


「カットボールか? 投げた事はなかったけど、言われたらそうかもな。それで試合では使えそうか?」


「使えるに決まってる! このボールがあれば決勝戦でも球数制限内で抑えれたかもしれないくらいだ! これがあれば楽に戦えたぞ!」


 陽一郎が珍しく興奮している。

 それに楽に戦えたのにって、俺は怒られてるのか?


「陽一郎、落ち着け。使えるなら次の試合で投げてみようか?」


 陽一郎は1人で深呼吸をしていて落ち着いたみたいだ。


「もう少し練習してからにしよう。球速も知りたいし、可能なら3回戦まで温存したい。2回戦では展開が不利なら使うけど有利なら使わない」


 結果として2回戦では投げなかった。

 

 練習では、球速を調べる為に全力で投げると147㎞を計測し、変化も変わらなかった。


 その後も練習を重ね、今では他の球種と同じく狙った所に投げれる様になった。



 ──そのカットボールを試合で投げた。



「バッターは驚いただろうな! 相手ベンチも困惑しているぞ!」


 また陽一郎が興奮している。

 その気持ちは俺も分かるよ。


「だろうな。まさか新しい変化球があるとは思ってなかっただろう」


「カーブとスライダーだと思っている所にカットボールが増えたんだ。俺が敵なら絶望してるよ。でも球速は落としていたのか?」


「そうだな。試合では初めてだったから少し抑えて制球重視にした」


「寛人でも緊張したのか?」


「してないよ。今は甲子園だぞ? 練習試合なら気にしないけど、相手は優勝候補なんだ。だから少しの失投もしたくなかっただけだよ」


 でも優勝候補にも通用するのが分かった。

 次の回からは全力で投げる。


「そうか。言っておくけど、予選みたいに限界以上は投げさせないからな」


「予選とは違うんだ。俺もそのつもりだよ」


 予選では危なかったけど足の事は記事にならなかった。

 しかし、ここは甲子園だから何かあれば全国にバレてしまう。


 手を抜く訳ではないけど、来年の春と夏も甲子園を狙うから無理はしない。


 ここが甲子園の優勝を狙うチームとの差かもしれないな。

 俺達は甲子園優勝ではなくて、甲子園出場が目標だったから……

 また甲子園に来れたら考えは変わるかもしれないけど……


「ほら、次は陽一郎の打順だろ?」


「そうだな。行ってくるよ」


 試合は琢磨が珍しく三振をしていて、2番の翔がバッターボックスに向かっていた。



────────────────────

更新が遅れてゴメンネ(*T^T)

カットボールを調べてたら頭がパンクしたんだよ…

スポーツを題材にするのは難しいね…

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