第118話 3回戦の結末

 琢磨の三振に続いて翔も三振していた。

 この2人は三振する事もあるけど、二者連続で三振したのは初めてかもしれない。


 陽一郎が打席に入り、初球のストレートを見逃して1ストライク。

 スコアボードを見ると球速は139㎞と表示されている。


 ストレートの速さは琢磨と同じくらいだ。

 やっぱり変化球が打ちにくいのか?


 相手エースは「多彩な変化球を投げる」と新聞にも書かれていた。

 スピードがない分、変化球とコントロールを磨いたらしい。


 陽一郎も追い込まれてから粘っていたが、三振に終わりベンチに戻ってくる。


「陽一郎、初球のストレートは打てなかったのか?」


「初球か? 少し球が動いていた。純粋なストレートではなかったぞ」


「そうなのか? ベンチからは分からなかったよ」


 琢磨と翔にも全て変化球だったし、相手も初回はストレートを投げなかったのか……


「攻略はどうする?」


「勝負は終盤だな。寛人と違って初回は球数を投げさせてる。変化球だけだと負担も多いだろう。だから疲れの出る後半戦で点を取る。早打ちを禁止して三振数は気にしない様にしよう。寛人は球数を少なくして抑えてくれ。我慢の投球になるけど頼むよ」


「分かった。また観客は不満に思うかもしれないな」


 チームは三者三振だったので雰囲気が暗くなってたので、俺は笑いながら陽一郎に答えていた。


 新聞でも俺の三振数を期待する記事が多かった。

 だけど今日は早目に打たせたいから三振数は気にしない。


 球数制限内で長いイニングを投げるにはこの方法しかないんだ。



 2回表のマウンドに向かう。


 相手の4番バッターが打席に入る。

 

 このバッターも「プロ注目」って書かれていたけど奥村よりレベルは下だろう。


 俺達の世代では奥村は有名なバッターだ。

 その奥村を超えるバッターは少ない。


 そういえば奥村は他県出身だったよな。

 前に「吉住が地元の東光に進学すると思ってたから東光にした」と言ってたのを覚えている。

 同じ地区に面倒なバッターやって来て、甲子園出場の難易度が格段に上がったんだ。


 そのおかげか相手の4番には打たれる気がしない。



 陽一郎がサインを出して頷く。


 初球はカットボールで詰まらせてファールになる。

 2球目はスライダーが外角低目に決まり2ストライク。

 3球目のサインが決まり、振りかぶって投げた。

 内角の胸元ギリギリにストレートを投げ込み、陽一郎のミットに収まる。

 バッターはバットを振らず見逃していた。

 腰が引けていたし、手が出なかったのだろう。


 主審の手が上がり、バッターはベンチに戻っていく。


 スコアボードに「151㎞」の文字が浮かび上がった。


 続く5番・6番バッターも三振に取り、9球で相手の攻撃が終わる。

 この回は変化球で追い込み、最後は全てストレートを投げた。


 6番バッターが三振すると球場が揺れるような大歓声に包まれ、ベンチに戻る今も続いている。



 2回裏の攻撃になり、ベンチで疑問に思っていた事を陽一郎に聞いてみた。


「相手には打たせるんじゃなかったのか?」


「その予定だったよ。だけど予定を変えて三振を狙ったんだ」


「そんな気がしたけど、どうしたんだ?」


 2回表のマウンドに向かう前は打たせて取る話をしていた。

 陽一郎が直前で方針を変えるのは珍しい。


「チームの雰囲気だよ。暗くなってただろ?」


「それは気付いてたよ。だけど投手を疲れさせる作戦になっただろ? 三振は気にしないんじゃないのか?」


 これが2回表が始まる時に決めた内容だ。


「それなんだけどな……寛人は気付かなかったかもしれないけど、キャッチャーのポジションって全体が見えるだろ? 俺の位置から見ると雰囲気が暗くなりすぎていて、打球が飛ぶとエラーすると思ったんだ」


「そういう事か……確かに陽一郎のポジションしか気付かないかもな」


 理由が分かって納得した。

 あの雰囲気でエラーが発生したら試合に響いてしまうし、流れが完全に相手に行ってしまう。


「1回の攻撃は3人が三振してしまって雰囲気が悪くなった。だから寛人にも同じ事をして欲しかったんだ」


「それで全部三振を狙ったのか」


「それだけじゃない。三者連続の三球三振だ。相手以上の結果を狙ったんだ。これなら9球で終わり球数も使わない。それに決め球のストレートが全て150㎞超えで文句なしだ。寛人が居ないと狙えない内容だったけどな」


 陽一郎は無茶な要求をしてたんだな。

 9球で終われたし、2回を投げて球数は14球だから立ち上がりは完璧だった。


 ──そう思っていると4番の健太が快音を響かせていた。

 打球は左中間を抜けている。

 健太は2塁に到達してベンチも盛り上がっていた。


「ほらな? あの雰囲気は消え去っただろ?」


「消えてるな……俺は陽一郎の試合勘が恐ろしいよ。陽一郎が相棒で良かったと改めて実感したよ」


「そうか? 寛人だから立てれた作戦だぞ。俺は寛人が味方で良かったと毎回思ってるぞ」


「俺達は似たようなものだな」


「そうだな」


 俺は陽一郎、陽一郎は俺……中学から一緒で性格まで知り尽くしている。

 そんな俺達は相棒としてお互いに欠かせない存在なんだ。



 試合は5番の翼が右のバッターボックスに立ち、2ストライクまで追い込まれていた。


「あの変化球だとバントも難しいぞ」


「ベンチからでも変化が凄いって分かるからな」


 翼は追い込まれてからも粘っている。

 そして7球目を食らいつき、体勢が泳ぎながらも打球はファーストの頭上を越えた。


 ライトが捕球しホームへ投げた時、健太はホームを目指して走っている。


「健太! 走れ!」


「突っ込め!」


 西城ベンチでは全員が叫んでいた。

 

 捕手がボールを捕り、健太はタッチを掻い潜りホームへ滑り込んだ。


 俺達は主審の判定を待つ。

 アウト、セーフ……どっちだ……


 その時、主審の両手が広がった。


「健太! ナイスランだ!」


「はい! シニアでスライディングは鍛えられましたから!」


 2回裏、西城高校に1点が入った。


「陽一郎、予定より早く点が入ったな!」


「ああ! これで楽に戦える! 寛人が投げている間に追加点も欲しいな!」


 ライトがホームに投げている間に翼は2塁まで進んでいた。

 ノーアウトだから追加点のチャンスだ。


 この回は翼もホームを踏み2点目が入る。


 

 その後は両チーム共に無得点が続き、試合は7回表の2アウトまで進んでいて2対0で西城が勝っていた。

 

 ここまで投げた球数は82球で、俺はこの回で降板だろう。


 対するバッターは4番で、2ストライクまで追い込んでいる。

 4番は2打席ストレートで三振しているからストレートを狙ってくるだろう。

 しかし陽一郎のサインはストレートだ。

 相手の4番を力でねじ伏せたいんだろう。

 俺は相棒の要求に応えるだけだ。


 そして陽一郎のミットを目掛けて投げ込み、バットが空を切り三振に終わる。


 球速はこの日最速の152㎞だった。



 ベンチに戻り、分かっているけど確認で聞いてみる。


「どうする? 続投できそうだぞ?」


「いや、予定通り交代だよ。後は先輩も居るし俺達に任せろ」


「分かったよ。またスタミナ不足って書かれるんだろうな」


「ハハハ。それは諦めろ」


 7回裏は無得点で攻撃を終えて、8回表のマウンドには木村さんが上がった。

 木村さんはランナーを2人出したが無失点で抑える事に成功する。


 8回裏の攻撃も無得点だった。

 相手エースは疲れが見えていて、俺達はヒットは出るが得点には繋がらない。


 9回は早川さんがマウンドに上がる。

 早川さんもブルペンでは調子が良い。

 1回戦での緊張が嘘みたいだ。


 先頭の1番バッターが打席に入る。

 初球を三塁線にセーフティバントを決められて出塁されてしまう。

 1回戦の初回に琢磨がやった戦法だった。


 2番バッターの初球に盗塁を決められて、ランナーが2塁に進む。


 バッターを2ストライクまで追い込み、5球目をセンター前に運ばれて2塁ランナーはホームへ走っていた。

 前進守備の琢磨が捕球しホームへ投げる。

 陽一郎が捕球し走者にタッチをした。

 タイミングは完全にアウトだ。

 外野は前進守備なんだ、相手の走塁ミスに助かったと思う。



 ──しかし判定はセーフだった。


 タイミングはアウトだったけど、タッチの時に陽一郎がボールを落としていたんだ。


 そして陽一郎を見ると様子がおかしい。

 左手首を抑えて立ち上がれないみたいだ。


「──っ! 陽一郎!」


 陽一郎は左手首を抑えたままベンチに戻っていて、試合は治療で中断している。


 しばらくすると陽一郎と医者がベンチに戻り説明を聞いていた。


「手首の捻挫だろう。検査しないと分からないけど、下手したら骨折している。キャッチャーは交代した方が良い」


「えっ? 陽一郎が交代……?」


 予選から全試合を陽一郎が守っていて途中交代もしていない。

 控え捕手は今まで出場していなかった。


 陽一郎は出場すると言っていたが、医者と監督が話をしていて交代を告げている。

 手首が腫れているから捕球は無理だろう。


「田辺、今から病院に行ってこい」


「試合が終わるまで居ます」


「……そうか、分かった。後で一緒に病院に行こう」


 試合は2対1で再開されていて、俺は陽一郎とベンチから応援していた。



 そう……応援しているだけだった……



 俺と陽一郎はベンチから最後の瞬間を眺めている事しかできなかったんだ。


 整列が終わり、アルプススタンドの応援団にも挨拶も終えた。


「陽一郎、終わってしまったな……」


「ああ……何だよ……この終わり方は……」


 陽一郎は泣いていた。

 負傷交代したからだろう。

 その悔しさは俺が一番知っている。


 そして早川さんは一番泣いていた。

 最後に投げた責任を感じているんだろう。

 早川さんのせいじゃない。

 代わった捕手のせいでもない。



 ──俺は泣けなかった。



 勝てた試合だったんだ。

 だけど最後は呆気ない幕切れだった。


 不完全燃焼で、やり切ったとは思えない。


 誰のせいでもない。

 俺が完投できれば勝っていたんだ。

 球数制限なんて無視すればよかった。

 負けたのは俺のせいなんだ。



 気付いた時には俺が一番泣いていた。



 試合はノーアウト2塁で再開し、3番バッターへの初球を代わった捕手が捕り損ねて、ランナーに3塁まで進まれた。

 そこからリズムを崩した早川さんはフォアボールを出し、この試合で全て三振の4番バッターがフェンス直撃の打球を打ったんだ。

 スタートを切っていた1塁ランナーにもホームを踏まれてしまう。


 9回裏の攻撃は、同点のランナーを2塁まで進めたが得点には繋がらなかった。


 俺達は2対3で負けて、西城高校の初めての甲子園は3回戦で終わりを告げた。



────────────────────

甲子園で負けちゃったね…


負けたのは残念だけど、私は…私は…やっと試合地獄から脱出できたんだよ…(*T^T)


ということで…


はい! これでスポ根は一時中断だよ!


ここからは寛人くんと遥香ちゃんの物語になりますよー! +:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.


いつも変なあとがきでゴメンネ。


試合を書かなくていいと思うとテンションがおバカになってます。


この回は文字数が多いね(*´・ω・)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る