第116話 3回戦へ

 side:寛人



「寛人、誕生日プレゼントあげるわ!」


 宿舎で起きたら琢磨から1枚の紙を渡された。

 紙切れがプレゼント?

 いつも琢磨の行動って謎だらけだ。


「ありがとう。これは何なんだ?」


「タコ焼き屋の無料券や! 甲子園の近所の店やで! 自由時間の時に健太と食べに行ったら店のオッチャンがくれたんや! 西城の選手って気付かれて『吉住くんにも食べて欲しい』って言ってたわ」


「そうか、時間があれば行ってみるよ」


 甲子園の近くか……

 行ってみたいけど無理かもしれない。


 俺は甲子園に来てから自由時間に自由な行動ができないんだ……


 初めての自由時間の時に外出したら「西城の吉住くんですよね?」と女の子から声をかけられて、その後は人が集まってきて大変だった。

 今も宿舎の前にも集まっていて、練習や試合以外では外に出れない。


 取材を全て受けているけど『吉住特集』なんて書かれるとは思わなかったんだ。

 それに『吉住寛人徹底解剖』って何なんだよ……

 俺の写真が大量に載ってるし、好きな食べ物は『ハンバーグ』『唐揚げ』って書いていて、俺が答えた覚えのない内容まで載っている状態だ。


 俺が好きな食べ物はハンバーグと唐揚げで間違いない。

 しかし、俺が好きなのは『相澤さんが作ったハンバーグと唐揚げ』なんだと言いたい。


 少し話が脱線してしまったけど、こんな状況で俺に自由時間はないんだ。


 俺は陽一郎が少し羨ましい。


 父母会の人達も同じホテルに泊まっている。

 という事は西川さんも泊まっているんだ。


 西川さんは隙があれば陽一郎と一緒に居て、陽一郎も嫌そうではなく仲が良さそうにしている。


「陽一郎、西川さんと仲良さそうだな。楽しそうで羨ましいよ」


 俺も外出したいのに陽一郎は遊びに行っているんだ。


「西川さんが色々と遊べる所を調べてくれていたからな。寛人には相澤さんが居るだろ? 連絡は取り合ってるんだろ?」


「ああ、毎日やってるよ」


 相澤さんとは毎日メッセージでやり取りをしていて1日1通ずつ、多くても2通は変わっていない。


 だけど、最近は少し様子が変なんだ……


 留学先で何かあったのか心配になり「どうしたの? 何かあった?」って聞いても『大丈夫。色んな事があって少し考え事をしてるだけだよ。試合を頑張ってね』と返信があった。

 

 大丈夫と返信してきているので、これ以上は何も言えなかった。

 やっぱり近くに居れないのは辛い。

 好きな子が悩んでいるのに力になってやれないから……


「寛人、本当に大丈夫なのか? 今日は寛人が何回まで投げれるかで勝敗が決まるんだぞ」


 相澤さんの事を考えていると陽一郎が話しかけてきた。


「それは大丈夫だ。任せろ」


 そう、今日は俺の誕生日でもあり、甲子園の3回戦の日でもある。


 対戦相手は大阪の高校で、プロ野球選手を多く輩出しているチームとして有名なんだ。

 今大会でも優勝候補筆頭として記事になっていた。


 今朝の新聞にも『大会屈指の好カード』『怪物吉住! 甲子園3度目のマウンドへ!』『吉住を攻略できるか!』など色々と書かれていて、俺は知らない間に化物扱いされている。


 もう面白おかしく書くのは止めて欲しい。


「今日の相手は強いし、地元だから人気なんだろうな」


「去年の夏も準優勝で、春のセンバツもベスト4だからな。そういえば寛人はこのチームからスカウト来てなかったか?」


「来てたぞ。部長と監督が何回も家に訪ねて来た。一番熱心に誘ってくれたからよく覚えてるよ」


 西城に進学しようって話にならなければ進学していたかもしれない。

 練習環境も良かったし、地元の東光大学附属とどちらにするか迷っただろう。

 熱心だった分、断る時も言いにくかったし、残念そうにしていたのを覚えている。


「寛人が進学していたら優勝してただろうな」


「それは分からないよ。層が厚いから控え投手かもしれないし、スタンド組かもしれない。俺は西城に進学して後悔はしていない。陽一郎達と野球がやりたかったからな。陽一郎も他の高校からスカウト来てただろ? 断って後悔してるのか?」


「後悔はしてないよ。公立から甲子園……こっちの方が面白い。甲子園に出る目標は達成して2回戦も勝ってるんだ。次は甲子園の優勝候補を倒したいな」


「そうだな。コウちゃん……去年の東光の4番だった斎藤さんからも『勝てよ』って連絡が来てたよ」


 コウちゃんからは昨日連絡があったんだ。


『ヒロ! 甲子園で大活躍じゃないか! どの記事を見てもヒロの事が書いてるぞ』


「そのせいで俺は外出できなくて大変なんだよ。初めて外出した日に囲まれたんだよ」


『ハハハ。大会No.1投手で背も高くて見た目も良いんだ。それが大量の写真付きで特集記事にもなってるからな。有名税だと思って諦めろ』


「コウちゃん、他人事だからと思って楽しんでるでしょ……」


『想像しただけでも面白いからな。それよりもヒロ……次の相手に勝てよ! 俺は去年そのチームに負けて甲子園を去った。そっちには行けないからテレビで応援してるからな』


「コウちゃん……うん。頑張るよ」


 去年の東光大学附属はコウちゃんが活躍もあり、甲子園では圧勝で勝ち上がっていた。

 でも負けた時は完敗したのを覚えている。

 正直、俺でも抑えれるかは分からない相手なんだ。



 そして準備が終わり甲子園に出発する。


 甲子園に向かっている時に相澤さんからメッセージが入った。


『おはよう。今日の試合頑張ってね。ネットで吉住くんの記事を見るのを楽しみにしてるからね』


 今日は第4試合で15時30分から試合の予定だ。

 今は12時だし、時差が7時間だからウィーンは朝の5時だな。


「おはよう。頑張ってくるよ。今日は早起きだね」


『吉住くんを応援したくて早く起きたんだよ』


 相澤さんも忙しいのにメッセージを送る為に早く起きたんだ……

 

 俺は凄く嬉しかった。


 2回戦までは朝や昼の試合で、その時間は寝てる時間だったから試合前にメッセージのやり取りはできなかった。


 相澤さんに会いたいな……


 俺はやっぱりこの子が大好きだ……


「ありがとう。御守りも持ってるし、今日も勝つよ」


『うん! ネットで記事を読むのを楽しみにしてるね』


 相澤さんも『吉住特集』を見たらしい。

 そういえば、その時から様子が変なんだ。

 今は普段と変わらないメッセージだけど、何があったんだろう……

 留学先で何かあったとしか思えないけど、俺に言って少しでも楽になるなら相談して欲しい。



 しばらくして俺達は甲子園に到着し、前の試合が終わりベンチに入った。


「陽一郎、今までの2試合より凄い観客じゃないか?」


「大会屈指の好カードって書いてたからな。寛人が抑えるか? 相手が打つのか? 俺でも見てみたい試合だよ」


「『俺と陽一郎の2人で抑える』の間違いだろ? 俺はキャッチャーが陽一郎だから信頼して投げてるんだぞ」


「そうだな。俺も寛人を信頼してるよ。でも観客は寛人を見に来てるのは本当だぞ」


 その時に両チームのスタメンが出て、俺の名前が出た時に歓声が上がっていた。


「ほらな? 大人気じゃないか『吉住特集』を組まれるだけあるよ。観客は生の寛人が見たいんだよ」


 陽一郎が笑いながら言っていた。


「なんだよ、生の俺って……まあいい。それじゃあ行こうか」


 西城は後攻で俺達はグラウンドに向かい投球練習を開始する。


 今日も肩は軽くて調子が良さそうだ。


 そして優勝候補との試合が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る