第109話 2人の気持ち

「寛人くん、9時の飛行機だったよね?」


「うん。9時って言ってたよ」


「それなら間に合いそうだね。相澤さんに会えたら良いね。僕も一緒に探そうか? 空港は詳しいから」


 透さんは笑いながら言っていた。

 医学会の発表で飛行機に乗る事が多いから、空港に詳しいのは本当なんだ。


「いや、1人で探すから大丈夫だよ」


 今は透さんに空港まで送ってもらっている途中で、時計を見ると6時15分、空港までは1時間あれば着く。



 今朝、起きたら相澤さんからメッセージが入っていた。


『連絡くれてたんだね。出れなくてごめんね。スマホを持ったまま寝ちゃってたんだ』


『それじゃあ、今から行ってくるね。私も会いたかったけど仕方ないよね。甲子園……吉住くんは出れるのかな? 足は大丈夫? 出れるのなら無理しないでね。応援してるからね』


 そういえば、学校の数人と一緒に留学すると言っていた。

 空港で待ち合わせなのか、思っていたより早く家を出たみたいだ。


「空港まで行くよ。会いに行く」


 相澤さんからのメッセージを読み、この文字を送信してから車に乗っている。


「寛人くん。もうすぐ着くよ」


「うん。思ったより時間がかかったね」


「少し渋滞したからね」


 会えるんだろうか……

 スマホを見ても既読は付いていない。


 そして空港に着いた。


「寛人くん、国際線はあっちだよ! 時間がないから早く行って! 後で連絡してね!」


「ありがとう! 行ってくるよ!」


 俺は車を降りて走った。

 透さんから「今日は走るな」と言われていたけど走った。


 やっぱり空港は広い……

 えっと、どっちだ……

 オーストリアのウィーン行きは……


 案内板を見て探した。


 あっ! あった! こっちだ!


 俺は急いで向かった。


 この辺だよな?


 周囲を見渡すと、思ったより人が多い。


 そして、高校生と思われる3人組が視界に入る。

 その中に相澤さんの姿を見つけた。


「相澤さん!」


 俺は人混みを気にせず大声を出した。

 相澤さんはキョロキョロしていたが、俺に気付いて走ってくる。


「吉住くん!」


「相澤さん、昨日はごめんね。約束を破ってしまったよ」


「ううん、大丈夫だよ。だって……この場所で会えたもん」


 約束を破ってしまったのに、相澤さんは変わらない笑顔を見せてくれている。


 俺はやっぱり相澤さんが好きだ。


 この笑顔をずっと見ていたいんだ。


「でも、どうして空港に? もしかして……手紙を……読んだ?」


「手紙?」


「ううん! 知らないならいいの!」


 凄く慌ててどうしたんだ?

 こんな相澤さんは珍しいな。

 表情がコロコロと変わって可愛い。


「スマホ見てない? 今朝、空港に行くってメッセージを入れたんだけど」


「えっ? 本当だ。空港の手続きでバタバタしてて見てなかったよ」


「そっか。でも、会えた……」


「うん。会えたね……」


 俺と相澤さんはベンチに移動した。

 一緒に留学に行く2人が俺達を見ているのが恥ずかしいから移動したんだ。


「そうだ、やっと言えるね。優勝おめでとう」


「ありがとう。相澤さんのおかげだよ」


「えっ? 私? 何もしてないよ? 勝ったのは吉住くん達が頑張ったからだよ」


 何もしてない……か。そんな事ないよ。

 俺はポケットから御守りを取り出した。


「御守りだよ。試合中に持ってたんだ」


「持っててくれたんだね。ありがとう」


「それに……」


「それに? 他にも何かあったの?」


 相澤さんが居てくれたから勝てた。

 あの最後の1球は、相澤さんが投げさせてくれたんだよ。


「いや、何もなかった。気のせいかも」


「あっ! 何か隠したでしょ? そうだ、隠し事で思い出したよ。やっぱり足の事を隠してたよね?」


「えっと……うん……ごめん……心配させたくなかったんだ」


 相澤さんは少し疑ってたもんな……


「でも、足の事を疑ってたよね? 他の人は全く気付いてなかったんだよ? なんで分かったの?」


 そこが少し気になってたんだ。

 他校や記者を上手く騙せてると思っていたから……


「見てたから……」


「見てたから?」


「うん。ずっと吉住くんを見てたから」


 相澤さんが俺の目を真っ直ぐに見ている。

 その目は凄く真剣な目だった。


 俺も相澤さんの目を見て、視線が重なり合っている。

 それは、数秒だったのか、数分だったのかは分からない。

 俺達は言葉を交わさず、ただ見つめ合っているだけだった。


 相澤さんが好きだよ。

 顔を合わすと、その気持ちが強くなる。

 ──今が俺の気持ちを伝える時だ。


「相澤さん、俺は──」

「遥香! 時間だよ!」


 相澤さんと一緒に留学する部員の声と俺の声、2人の声が被った。


「えっ? あっ! もう時間? うん。今から行くよ」


 相澤さんが返事をして俺の方へ振り返る。


「吉住くん、行ってくるね。それと……帰って来ても会ってくれる?」


「うん、会うよ。留学先で頑張ってね」


 俺は相澤さんの「会ってくれる?」に少し疑問を感じたんだ。

 だけど、出発時間が近付いているので何も聞けずにいる。

 

 そして、気持ちを伝えないまま、相澤さんがゲートの向こうに行くのを見送っていたんだ。



 俺は何が目的で来たんだ……



 相澤さんを空港に見送りに来たのか?



 違うだろ……



 本当は昨日伝えるはずだったんだ……



 それを伝える為に来たんだろ?



 俺はゲートの所まで走った。



 離れているけど、相澤さんの姿が見える。



 そして……



「──相澤さん! 好きだ! 俺は相澤さんが好きなんだ! 帰りを待ってる!」



 大声で叫んだ。



 ゲートから遠ざかり、歩いていく相澤さんの体が『ビクッ』と震えて立ち止まった。



 俺に背を向けて立ち止まったままだ。



 そして、相澤さんが振り返った。



 俺が見た表情は泣いていたんだ。



 違う……笑っていたんだ。



 あれは決勝戦で見た表情だ……



 あの泣きながら笑っている表情だ……



「私も──」



 相澤さんが何か言っている。

 だけど、離れているから何を言っているのか分からなかった。



 俺は帰ってから、相澤さんの表情の意味と、言っていた言葉の内容が分かったんだ。



「寛人、これを預かっている」


「手紙?」


「ああ、相澤さんからだ」


 あの後、相澤さんは振り返って飛行機に乗り、留学先へ出発したんだ。


 透さんと自宅まで帰ってから学校に来た。

 陽一郎は甲子園の事があり、朝から学校に来ていたので俺は1人で登校したんだ。


 そして、陽一郎と会った時に手紙を渡された。


 昨日、相澤さんが俺と会えないと思って、手紙を西川さんに渡していたらしい。

 その手紙を今朝、西川さんから陽一郎が受け取っていた。


「相澤さんからの手紙って……これの事だったのか……」


 俺はすぐに手紙を取り出して読んだ。


 そこには今日話した内容が色々と書いてあった。

 メッセージにしなかったのは恥ずかしかったとも書いてある。


 最後に書かれていた文字で全て分かった。


 今日の泣きながら笑っていた表情の事、恥ずかしいって書いた理由、俺は全ての意味が分かったんだ。




『吉住くん、大好きだよ』




 ──そう書かれてあった。

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