第108話 決勝戦の後

 相澤さんが泣いているな。

 違うな、笑ってるのか?


 そうか、泣きながら笑ってるんだ……


 俺と相澤さんの視線が交錯する。

 相澤さんが何か言ってるな……

 離れているから何を言ってるのか分からないよ。

 でも、嬉しそうな様子が伝わったので俺も笑みを返した。


 その時に陽一郎の声が聞こえてくる。


「寛人! 俺達が勝ったぞ!」


 その声で我に返ると、西城側スタンドからの大歓声も耳に入った。

 翔と翼の声も聞こえてくる。


「ナイスピッチングだよー!」


「今年は甲子園で遊べるねー!」


 周りを見渡すと、全員がマウンドに向かって走って来ている。


 そうだ……勝ったんだ……


 俺達が優勝したんだ……


 試合に勝った事を再認識し、安心したのか力が抜けた。

 正確には右足に力が入らず、膝から下の痺れで立っているのも限界なんだ。

 俺は崩れ落ちる様に膝を突いて、そのままマウンドに倒れ込んだ。


「寛人! 大丈夫か!」


「陽一郎、大丈夫と言いたいけど立てない。悪いけど肩を貸してくれ」


 俺は陽一郎に肩を借りて立ち上がると、チームメイトは俺の周りに集まっていた。

 マウンドに集まったチームメイトを見て気付いたんだ。


 しまった……


 これって、マウンドに集まって全員で喜ぶシーンだよな?

 大歓声だったスタンドもザワザワしてる。

 俺が倒れたからか、全員が静まり返っていてタイミングを逃してしまったな。

 まあ、今からでも大丈夫だろう。


「心配させてゴメン。もう大丈夫だよ。タイミングを逃してしまったけど、アレをやろうか?」


 本当はマウンドに駆け寄った勢いでやるんだけど……仕方ないよな?


 俺は右手を上げて、人差し指を天に掲げた。


「俺達が勝ったんだ! 甲子園だ!」


 俺が大声で叫ぶと全員が続いた。


「やったぞー!」


「西城の初甲子園だー!」


「俺は全国紙で記事になるんやー!」


 ざわついていた西城スタンドからも大歓声が鳴り響き、俺達と一体となって喜んでいる。


 全員が喜ぶ姿を見て、俺はスコアボードに目を向けた。

 西城高校が3点、東光大学附属が2点と表示されている。


「陽一郎、本当に勝ったんだな……」


「ああ、俺達が勝ったんだ……」


 陽一郎も俺と一緒にスコアボードを見ていたんだ。


「それにしても、寛人は自己最速を3㎞も更新したんだな」


「3㎞?」


「気付いてないのか? スコアボードを見ろよ」


 球速表示に『152㎞』の数字が残っている。

 それが、決勝戦で最後に投げたボールの球速だった。


「3㎞更新だろ? 最後のボールは凄かったぞ。内角高目ギリギリで、球速も152㎞だ。あんなボールを捕ったのは初めてだよ」


「あのボールは、俺が投げれる最後のボールだった」


「やっぱり限界だったんじゃないか。それにしても、その状態であのボールか……本当に凄かったよ」


「それは相澤さんのおかげだよ……」


「相澤さん?」


 あの時、相澤さんの祈るような仕草を見なかったら投げれなかった。


「ああ」


「そうか……」


 陽一郎は俺の心情を察したのか、これ以上は聞いてこなかった。



 そして決勝戦が終わり閉会式だ。



 俺は閉会式には参加できなかった。

 ベンチに戻ると球場の待機医と透さんが立っていたんだ。


「透さん、ごめん。約束を破ってしまったよ」


「それはもういい。今から病院に行くよ」


 俺は透さんに肩を借りて車に向かうと、母さんも待っていた。


「寛人! どうして足が治ってないって母さんに言わないのよ!」


 母さんが心配するから、透さんに頼んで内緒にしていたんだ。

 やっと前に進めて、バイオリンを再開した時だったから……


「治ってるよ? これは原因が分からないんだ。しばらくしたら普通の状態に戻るから、心配しなくても大丈夫だよ」


「なんで大丈夫って分かるのよ?」


「毎回そうだから」


「毎回? アンタは毎回こんな事になってるの? 透さんもよ! 私に黙ってたでしょ!」


 俺と透さんは顔を見合わせた。

 透さん、ごめん……


「真理さん……いや……だから……こうして待機医や病院にも手を回していたんだよ」


「はあ……もう分かったわよ。寛人……母さんの事を想って黙ってたんでしょ? それよりも優勝おめでとう」


「僕も寛人くんの足の事が心配で言ってなかったね。優勝おめでとう」


「透さん、母さん……ありがとう」



 俺達は東光大学附属病院へ向かった。


 今は足の痺れが残っていたので救急の窓口から入り、普段と違って待たずに診察室へ連れていかれた。


「それで、どんな状態なの? 試合中にあった事を詳しく説明してくれる?」


 俺は透さんに試合中の事を話した。


「力が入らない状態で投げて、それから痺れたんだね」


「うん。それで合ってるよ」


「今日は何球投げたの?」


「8回が終わって85球だったから、100球以上かな? ごめん、詳しくは分からない」


「分かった。今日は検査後も様子を見るから帰りは少し遅くなるよ」


 遅くなるの? それは困るよ。

 今日は試合の後に相澤さんと会う約束なんだ。


「えっ? 何時頃になりそう?」


「今が17時過ぎだから……20時過ぎかな? 帰りは僕と一緒に帰ろう」


 20時過ぎ……

 夜だけど、家の前まで行くと連絡しておけば大丈夫かな。


「透さん、俺のバッグは何処にあるの? スマホが必要なんだ」


「バッグ? 持ってきてないよ。陽一郎くんにベンチに連れられて来て、そのまま僕と交代して車まで歩いたし。バッグは真理さんに聞いてみるよ」


 マジか……俺のスマホ……

 どうやって連絡すれば良いんだ……



 それから検査が終わり、空きベッドに案内されて寝転んでいた。

 検査が終わる頃には、足の痺れが消えて普通に歩けている。


 検査は変わらず原因不明だった。

 そして俺のバッグの事も分かった。


 病院のロビーで待っていた母さんに、陽一郎の母親から連絡があったんだ。


 友達の親の電話番号なんて、普通は知らないからな。


 俺のバッグは陽一郎が持っていて、一度学校に戻り、帰る時に持ってきてくれるらしい。

 それを陽一郎の母親が聞いて、母さんに伝えられた。


 すぐに母さんは自宅に帰った。



 そして目を開けると横には透さんが座っていた。


「透さん?」


「寛人くん、良く寝てたね」


 寝てしまってたのか……


「透さん! 今は何時?」


「今は21時30分だよ。どうする? 今から帰れるし、泊まる事もできるよ」


「今から帰るよ!」



 そして透さんの車で自宅へ帰った。


「母さん! 俺のバッグは?」


「部屋に持っていったわよ」


 俺は急いで部屋に戻り、スマホの電源を入れる。

 相澤さんから着信が3件あった。

 メッセージも入っていたけど、確認していない。

 俺は相澤さんに電話をかけた。


 出ないな……


 何回か電話をかけたけど出なかった。

 そして、メッセージを読んだ。


『優勝おめでとう。やっぱり足が治ってないの?』


『今は病院かな? 連絡待ってるね』


『足は大丈夫? 夜になっちゃったね。今日は会えないのかな?』


 自宅に戻った事をメッセージで伝えた。

 朝9時の飛行機だったよな?

 明日は練習には参加しないけど、昼から学校に行く。甲子園までは色々と忙しくなる。

 

 9時なら大丈夫だ。

 空港に行って会うしかない。


 リビングで両親に明日の予定を聞いたら、母さんは野球部の父母会で、透さんは昼から病院勤務だった。


「透さん。明日の朝、空港まで送って欲しいんだ。お願いできる?」


「空港に? どうしたの?」


 決勝戦の後に相澤さんと会う約束だった事、明日からの留学の事を話した。


「分かったよ。そういう事なら義父さんに任せなさい! よし! 僕も含めて3人で会おうか!」


「寛人! 告白するの? するのよね? 透さん、帰ったら教えてね!」


 透さん……珍しく自分で「義父さん」って言ってるし、告白を親の前でしないよ。

 母さんも、なんでキャーキャー言って喜んでるんだよ。


 この後も、相澤さんに電話をしたけど繋がらず、メッセージの既読も付かなかった。


 そして翌日、俺は空港に向かった。

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