第101話 透さんと相澤さん

「寛人くん。ここに居たんだね」


「あれ? 透さん。応援に来てくれたんだ」


 準々決勝が終わって球場の外に居ると、透さんから声をかけられた。


「来るって聞いてなかったから驚いたよ」


「時間が取れたんだ。でも5回からしか見れなかったけどね。準決勝と決勝は最初から応援に来れるよ。それよりもベスト4おめでとう」


「ありがとう。でも、まだ途中だよ。あと2つ勝てば甲子園だからね」


「そうだね。真理さんも決勝を楽しみにしてたよ」


 母さんは俺と遥香ちゃんの話をしてからバイオリンの演奏を再開したんだ。

 7年振りだから思い通りの演奏ができなかったらしい。

 母さんは俺と同じ負けず嫌いで、今日もバイオリンの練習をしている。


 本当は今日も応援に来ると言っていたけど「負けるつもりはないから、来るなら決勝で良いよ」と伝えたんだ。


「うん。母さんにも甲子園出場を決める所を見て欲しい」


 その後、透さんから足の状態を診てもらった。

 外だから簡単な診察程度だけど、投げた後なので診てもらえるのは助かる。


「今日は球数も少なかったから大丈夫そうだね。前にも言ったけど、球数は必ず守る様に」


「分かった。守るよ」


 80球か……

 限界まで投げないと負けるなら、後で怒られても投げてしまうんだろうな……


「それじゃあ、僕は病院に戻るよ」


「うん。今日は来てくれてありがとう」


「あれ? 吉住先生ですよね?」


 透さんを見送っていたら後ろから透さんを呼ぶ声が聞こえた。


「えっと、確か相澤さんのお孫さんだったかな?」


「はい。ご無沙汰してます。入院中は祖母がお世話になりました」


「お婆さんは元気? 相澤さんも今日は西城の応援に来てくれたの?」


「祖母は凄く元気です。応援は……吉住くんの応援に来ました」


 西城の応援ではなく、俺の応援と言った相澤さんは恥ずかしそうにしている。

 その表情を見た透さんは、俺を見て嬉しそうな顔をしていた。

 透さんのこの表情……何か企んでるな……

 嫌な予感がする……


「そうなんだ。これからも仲良くしてあげてね。あっ! 僕はもう戻らないと! それじゃ僕は病院に帰るから。相澤さん、また今度ゆっくりと話してみたいね。時間がある時に家に遊びにおいでよ。ねえ? 寛人くん」


 透さんが相澤さんを家に誘った……

 それは良いとして、いきなり俺に振らないで欲しい……

 相澤さんが家に遊びに来るのは嬉しいけど……


「えっ? 家に?」


「えっ? あの……えっと……はい……お願いします……」


 俺が驚いていると相澤さんが「お願いします」って返事をしてる……

 本当に家に誘って大丈夫なの?


「ハハハ。それじゃ家に来る時は教えてね」


 透さんは病院に戻っていった。

 相澤さんは顔が赤くなってるし、変な空気にして居なくならないで欲しい。


「あの……相澤さん?」


「えっと……何かな?」


「あの……今度……家に来る? あっ! もちろん家族が居る時だよ! 母さんも会いたがってたんだ!」


「えっ? 吉住くんのお母さんが? う……うん。行くよ」


 そのまま俺達は少しの間、沈黙していた。

 透さんのせい? 透さんのおかげ? なのか家に誘う事になってしまった。


 でも、いつ呼ぶの?


「予選終わったら来る?」


「予選終わったら? あっ……行けないよ……決勝戦の翌日には海外留学の出発だもん」


「決勝戦の翌日か……じゃあまた今度かな」


 相澤さんは海外留学だった……

 それなら甲子園は見れないの?


「それなら甲子園は……」


「うん……海外に居るよ……でも、ネットで見る……だから海外からでも応援するもん」


「分かった。ネットでも見れるくらい甲子園で活躍するよ」


 海外留学は以前から決まっていた事だ。

 それなら活躍して記事になれば良い。


「うん。楽しみにしてるね。そういえば私のお母さんも吉住くんに会いたがってたよ」


「えっ? そうなの?」


 甲子園出場だけじゃなくて、全国でも勝ち上がらないといけなくなったな。


 決勝が終わったら相澤さんと会う時間を作らないと……



 俺達は今日の反省会と準決勝のミーティングがあったので、相澤さんと別れて学校へ戻った。


「田辺から聞いてるかもしれないけど、準決勝の先発は吉住だからな」


 俺は準決勝の先発を監督から伝えられた。


「分かりました」


「準決勝の相手は広川学院に決まった。吉住が投げてる間に点を取って逃げ切るからな」


「おっしゃー! 俺が活躍する時が来たで!」


「「僕達もだよねー!」」


 琢磨はいつも通りだったけど、翔と翼もヤル気になっている。

 琢磨の隣に居る健太を見ると、力みすぎている感じに見えた。


「健太、今から力んでも仕方ないぞ」


「いつも通りで良いからな」


 俺と陽一郎は健太に声をかけた。


「はい! 分かりました!」


 表情も返事も硬いんだよ……

 健太は真面目すぎるからな……

 1年生で4番はプレッシャーになってるのかな。

 ここは仲の良い琢磨に任せよう。

 琢磨はプレッシャーとは無縁だからな。

 

 ミーティングも終わって、琢磨には健太の息抜きを頼んだ。



 その日の帰り道、電車を降りて家まで陽一郎と歩いていた。


「陽一郎。西川さんとは上手くいってるのか?」


「西川さんと上手く? 何が? いつもと変わらないけど、どうかしたのか?」


 あのガッツポーズは見間違えたのか?

 いや……そんな事はなかった。

 無意識? まあ良いか……考えさせて試合に影響があったら困るから止めておこう。


「何もないなら大丈夫だよ。それより準決勝だ。やっと去年と同じ場所まで来れたな」


「そうだな。勝てば去年を越えるな……」


「ああ……今年は勝たないと……」


 あの怪我がなければ勝てたのに……

 その事を何度考えたか分からない。


 準決勝を勝ってやっと前に進めるんだ。


「俺は点を取らせない。だから攻撃は頼んだからな」


「ああ……」



 そして準決勝の当日を迎えた。



「球数を減らしたいから打たせていくぞ。寛人のコントロールなら大丈夫だろう」


「分かった。得点圏にランナーが出た時は全力で投げるぞ」


「その辺は任せる。ただ無理はするなよ。今日は長いイニングを投げて欲しいからな」


 陽一郎と試合前の打ち合わせをしていたら、試合開始時間になり俺達は整列する。


 試合開始の挨拶が終わり、俺はマウンドに上がった。


 久し振りの先発だな。

 荒らされていないマウンドは気持ち良い。


 投球練習が終わり主審の声が響いた。


「プレイボール!」


 陽一郎のサインに頷き、初球を投げた。

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