第102話 遥香の追及

 初球のストレートが陽一郎のミットに収まって1ストライク。


 打つ気配が無かったな。

 陽一郎も気になったみたいで、バッターや相手ベンチを見ている。


 打たせてみるか……


 2球目は球威を落としたストレートを同じコースに投げた。


 ボールは陽一郎のミットに収まり2ストライク。


 やっぱり打ってこないな……

 このチームと練習試合をした時に足の症状が出て降板したんだ。


 もしかして怪しんでるのか?


 それなら、遊び球は不要だ。

 3球で終わらせる。


 俺は陽一郎のサインに首を振り、3球目を投げてバッターは空振り三振。


 この回は打者3人を全て三振に取り、投げた球数は9球だった。


「相手は振ってこないんだ。だから遊び球は不要だろ?」


「そうだな。でも、打たせて行くのは変わらないぞ」


「分かってる。追い込むまでは打たせるよ」


 陽一郎も納得してくれた。

 正直、毎回9球で終われる方がありがたい。

 それなら8回までは投げれるからな。



 1回裏、俺達の攻撃は無得点に終わる。


 2回の相手の攻撃は初回と違い、追い込まれる前に打ってきた。

 先頭バッターの4番には初球をレフト前に打たれてしまう。


 続くバッターには2ストライクから送りバントを決められ、その次のバッターはセカンドゴロで、ランナーは3塁に進んだ。


 3塁まで行かれたか……

 抑えないとな……


 バッターが右の打席に入った。


 俺はストレートを投げ込んだ。

 バッターは振り遅れてファースト後方へのフライに打ち取ったと思った。

 打球はライトとの間に落ちてしまい、1点を取られてしまう。


 この後のバッターは抑え、この回は1失点で凌いだ。


「この回はアウトになってもランナーを進めに来てたな」


「そうだな。練習試合でも抑えたから、打てないと思ったのかもしれないな」


 相手は強打のチームだ。

 だから、さっきは少し驚いた。


 2ストライクからのバントもそうだし、セカンドゴロも狙って打っていた感じだ。

 アウトを増やしてもランナーを進めに来ていた。


「先頭を出す訳にはいかないから、次の回から先頭には全力で投げてくれ」


「分かった」



 2回表に1点を失ったが、その裏の攻撃で味方が2点を取ってくれて勝ち越した。


「点を取ってくれて助かったよ」


「任せろや! 俺は二刀流の坂本くんやで!」


 西城の2点は琢磨の打点だった。


 ランナー2・3塁で琢磨に回り、センター前に綺麗なヒットを打っていたんだ。


「これで俺も新聞に載るやろ!」


「そうだな。もっと琢磨のバットで点を取れば載るかもな」


 そんなに新聞に載りたかったんだ……

 活躍してるから、本当に載る日があるかもしれないな。


 載ったら満足しそうだから少し心配になるが……


「とりあえず頼りにしてるよ」


「おう! 守備の時間やー。先に行くでー!」


 陽一郎が隣に来て琢磨が走って行ったのを見ていた。


「琢磨の新聞への執念は凄いな」


「琢磨らしいよ」


「とりあえず逆転したんだ。この後は抑えよう」



 その後、試合は5回まで進み、俺は相手打線を無失点に抑え、味方は3点を取ってくれていた。


「次の回を投げたら交代だからな」


「ああ。分かった。もう少し点が欲しかったな」


 広川学院は打ち勝つチームで、投手力は数段落ちる。

 これで投手まで良ければ東光大学附属にも負けないチームになるだろうな。


「まあな。だけど、相手が早打ちで助かったよ。お陰で6回まで寛人が投げれるからな」


「まだ60球だから7回も投げれると思うぞ?」


「交代だよ。決勝もあるから無理はさせない」


「分かった。だけど決勝ではギリギリまで投げるぞ」


 決勝なら温存は必要ない。

 正直、決勝で足の事がバレても良いと思ってる。

 それで全国の高校に知られ、甲子園での試合が不利になってもいい。


 今の目標は甲子園に行く……

 それしか考えていないからな。



 そして俺は6回を投げて交代した。


 7回から毎回1点ずつ取られたけど、味方も1点を追加して6対4で試合に勝った。


 西城高校、初の決勝進出が決まったんだ。


 整列が終わりベンチに戻る時に声援が聞こえてくる。


「声援が凄いな……」


 陽一郎が西城の応援スタンドを見て呟いている。


「初の決勝進出だからな……」


「先輩達も来てくれてたんだ……」


「そうだな……」


 スタンドを見ると卒業した先輩達も来てくれていた。

 先輩達の大声も聞こえる。


「ここまでの声援は初めてだよ」


「甲子園が決まったらどうなるんだろうな? 喜ばせたいな……特に先輩達は」


「ああ。絶対に勝とう」


 俺達5人は『公立で強豪を倒して甲子園に行けたら楽しそう』という理由で西城高校に入学した。


 あの時は、中学で全国優勝した後だったから調子に乗っていたんだろう。


 普通は強豪校に進学するからな。


 俺達のワガママみたいな事から始まったけど、今は学校が応援団を作ってくれて、学校全体で応援してくれている。

 スタンドも西城の生徒で埋まってるんだ。


「あと1つだ」


「ああ」



 俺達は荷物を片付けてベンチから出た。

 球場内の通路を歩いていると、東光大学附属のユニフォームの集団とすれ違う。

 その中には和也や奥村も居たんだ。


「寛人、陽一郎、決勝進出おめでとう。俺達も次の試合に勝って決勝に行くよ」


「決勝で待ってるよ。対戦を楽しみにしてる」


 この後は準決勝の2試合目だ。

 恐らく東光大学附属が勝ち上がるだろう。


「陽一郎は試合を見るんだろ?」


「決勝の相手だから俺は監督と見るよ。球場には何人か残る。複数の角度からビデオも撮る予定だ。寛人は病院だろ?」


「一度学校に戻ってから病院に行くよ」


 球場の外では出迎えをされた。

 応援してくれていた人達が待っていてくれたんだ。


「お前達! 決勝進出だな!」


「先輩。来てくれてたんですね」


「当然だろ。決勝は全員で応援するからな。絶対に勝てよ……本当に……勝ってくれ。西城は昔から公立でも強い方だった。だけど甲子園は無理だったんだよ。だから……頼む……西城のユニフォームを甲子園で見せてくれ」


「先輩……」


 その後も西城野球部に所属していた昔のOBや、初めて会う人達にも激励された。

 決勝進出しただけで、ここまで激励されるんだな。


 俺が集団から離れて休んでいた時に透さんが来てくれた。


「寛人くん。大変だったね」


「透さん。ここまで凄いと思わなかったよ」


「西城高校は歴史のある学校だからね。その学校が甲子園に届く場所に来たんだ。だから仕方ないよ。それで、僕は今から病院に戻るけど一緒に来る?」


「一度学校に戻るよ」


「分かった、病院で待ってるよ。そうだ……寛人くん、決勝進出おめでとう」


「透さん……ありがとう」


 透さんは病院に戻っていった。


 決勝か……

 応援が凄いけどプレッシャーは感じない。

 どちらかというと楽しみだよ。


「吉住くん、ここに居たんだね。探したよ」


 俺を呼んだ声は相澤さんだった。


「あれ? 相澤さん。この後は東光の応援って言ってなかった?」


「綾ちゃんが『田辺くんに会いに行く』って言って連れて来られたんだよ。だからすぐに戻るよ」


 陽一郎と監督が居る場所に西川さんが居る。ここから見ると3人で居るみたいで面白いな。

 監督は何か言いたそうな感じだけど、西川さんは気にしてないし……


「吉住くん。それでね……さっき、吉住先生の事を『透さん』って呼んでなかった?」


「呼んでたよ。何で?」


「だって、お父さんだよね?」


 相澤さんって透さんが母さんの再婚相手だと知らなかったのかな?


「透さんは母さんの再婚相手なんだ。透さんは義父だよ」


「えっ? それじゃあ……再婚してから吉住って名字になったの? いつから?」


「うん。母さんが再婚してからだよ『吉住』になったのは小学校6年の時だったかな。相澤さん、どうしたの?」


 相澤さん、どうしたんだ?

 焦ってる感じに見えるし、困惑してる感じにも見える。

 そんなに母親の再婚って珍しいのか?


 相澤さんは深呼吸してるし……


「あのね……聞いていい? 吉住になる前は? 吉住になる前はなんていう名字だったの?」


 相澤さん、どうしたんだ?

 そんなに以前の名字って気になるのか?


「俺の前の名字は──」


「遥香と綾! 集合時間に遅れてるよ! 何やってんの!」


「えっ? あっ! もう行かないと……さっきの話だけど、また聞かせてね」


 相澤さんは西川さんと走って球場に入っていった。


 さっきのは何だったんだろう……

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