第100話 新聞の記事

「なんやねんこれー!」


 4回戦の翌日の練習前、部室では琢磨が騒いでいた。


「何を騒いでるんだ?」


「琢磨、うるさいよ!」


 琢磨が騒ぐのはいつもの事だけど、今日は特に騒がしい。


「うるさいちゃうねん! これや!」


 琢磨は新聞を手に持っていて、俺達に見せてきた。


「なんで寛人やねん『二刀流の坂本くん大活躍』と違うんか? 記事が間違ってるやろ?」


 記事には『大会No.1右腕、西城高校の吉住初登板』と見出しが書かれている。


 内容を見ると『怪我からの完全復活』『自己最速』と書かれていて、完投ができない等は書かれていなかった。


 足の事がバレなくて良かった。

 投げただけで記事になるとは思わなかったけど、上手くいったみたいだ。


「去年の怪我があって、話題にしやすかっただけだろ? 琢磨も予選で、記録になる成績を出せば記事になるんじゃないか? 何の記録があるか分からないけど、例えば盗塁とか出塁の記録とかさ」


「そうやな! 次は『坂本くん大記録達成』の記事にするぞー!」



 そして次の5回戦……琢磨は本当に大活躍したんだ。


 5回戦は6対2で勝った。


 琢磨は全打席出塁し、全ての得点に絡みチームの勝利に貢献する。


 投手は木村さん、早川さん、俺の順番で投げて、俺は前回と同じ5回から登板し無失点に抑え、2人は2回ずつ投げて1失点ずつだった。



 そして5回戦の翌日。



「話が違うやんけ! 何で『吉住5回パーフェクト』が見出しやねん!」


「仕方ないだろ? 全打席出塁って何回もあっただろ? 寛人のパーフェクトの方が見出しに使いやすいと思うぞ」


「僕達も記事にならないかなー」


「そうだよねー! 琢磨よりネタに使いやすいと思うよね『山崎兄弟、鉄壁の二遊間!』って」


「2人の守備は甲子園に行ったら有名になると思うよ」


「寛人は分かってるねー!」


 この2人の守備は本当に凄い。

 パーフェクトの結果も2人の守備があったからだと思う。


「2人の守備は俺と寛人が一番知ってるよ」


 陽一郎も俺と同じ意見みたいだ。


「じゃあ甲子園まで我慢するよ!」


 そういえば、琢磨が大人しくなった。

 見るとプルプルと震えてる。


「琢磨、トイレなら練習前に行っておけよ?」


「トイレと違うわ! 俺も甲子園で有名になったるからなー!」


 琢磨は着替え終わっていて、グラウンドへ走っていった。


 琢磨の守備範囲は広い。

 広い甲子園では目立つだろうな。


「俺達も練習に行こうか」


「変な琢磨だねー」


「琢磨はいつも変だよー?」



 そして準々決勝の当日を迎える。



「今日は琢磨も投げさせるのか?」


「そうだな。できれば寛人は温存したいんだ。80球までは大丈夫って言われても正直不安になる」


「試合後の検査でも、異常は無かったぞ?」


「それは分かってる。準決勝と決勝は可能な限り投げて貰う。決勝は東光大学附属で間違いないだろう。準決勝は恐らく広川学院になると思う。この2校は寛人以外は打たれるよ」


 広川学院か……

 練習試合で対戦した学校だったな。

 確か打撃に力を入れている強打のチームだったはず。


「広川学院って練習試合で俺が抑えたチームだよな?」


「そうだ。投手はそこまで良くないんだ。予選は乱打戦を制して勝ち上がって来ている。理想は寛人が投げている間に取れるだけ点を取って逃げ切りたい。だから寛人を温存するのは準々決勝しかないんだ」


 準決勝は先発か……

 でも、今日の準々決勝を勝たないと意味がないからな。


「でも、今日負けたら意味がないからブルペンで準備はしておくよ」



 準々決勝の試合が始まった。



 今日の先発は早川さんだ。

 陽一郎は「3人で3回ずつ投げてくれるのが理想だ」と言っていたけど、準々決勝まで来てる相手に上手くいくのか?


 試合については初回から動いた。


 俺達は表の攻撃で、先頭バッターの琢磨がヒットで出塁し、2番バッターの翔が送りバントを決めて1アウト、ランナー2塁になって3番の陽一郎が打席に立った。


 ここで陽一郎が打てば流れが西城に来るんだけどな。


 陽一郎は2ストライクまで追い込まれてカットで粘っていた。


「田辺くーん! 打ってー!」


 西川さんの大声が聞こえる。

 スタンドを見ると、相澤さんと西川さんの姿が見えた。

 今日は2人で応援に来てくれたみたいだ。


 粘っていた陽一郎は7球目を打って、打球はセンター前に抜けた。

 琢磨のスタートも早く、ホームまで帰って来て1点が入った。


 陽一郎は俺達に向けてガッツポーズをしていたので俺達ベンチも返したんだ。


 だけど、その陽一郎が少し変だった。


 ガッツポーズをしてるけど、それは俺達の居るベンチに向けてじゃなかったんだ……


 陽一郎の視線を辿ったら……


 西川さんだった……


 陽一郎、俺達にガッツポーズしたんじゃないのか?

 なんで西川さんになんだ?


 あの2人に何かあったのか……


 その回は5回戦から4番に指名された健太が長打を打って2点が入った。


 1回の攻撃が終わって、陽一郎がベンチでキャッチャー道具を付けて準備している。


「陽一郎」


「うん? 寛人、どうした?」


「あのさ……」


 いや、今は試合中だ。

 余計な事は言わない方が良いな。


「いや、なんでもない。俺はブルペンで準備しておくよ」


「……? おう、分かった」


 陽一郎は俺が途中で話を止めたのが不思議そうな顔をしていたけど、試合中なのでグラウンドに戻っていった。


 不思議そうな顔は俺がしたいよ。

 試合が終わったら聞いてみよう。


 俺はブルペンに向かったけど、まだ早いと思って投げなかった。


「吉住、ブルペンに来てどうしたんだ?」


 次に投げる木村さんが話しかけてきた。


「準備しておこうと思ったんですが、少し早かったですね。俺はブルペンから試合を見ます」


「それなら俺の練習を見てくれよ」


 俺は木村さんの練習を見ていたけど、4回になり木村さんがベンチから呼ばれて交代になった。


「吉住、ありがとう。準備だけはしておいてくれよ」


「はい。木村さんも頑張ってください」


 スコアボードを見ると2対1で西城が勝っている。


 木村さんは6回まで投げて無失点に抑えてくれた。


 ただ、西城も4回からは1点しか取れず3対1の接戦だ。


 そして6回が終わる時に俺が呼ばれ、ベンチに戻ると監督から登板を告げられた。


「寛人は投げさせない予定だったけど変更だ。悪いな、読みが甘かった」


 陽一郎が俺の所に来て謝ってきたけど、謝る事ではないよ。


「気にするな。そうなると思って準備しておいたから大丈夫だ。残り3回だから抑えてくるよ」



 俺は残りの3回を無失点に抑えた。

 打線は俺がマウンドに上がってから1点を追加し、4対1で試合が終わった。

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