第97話 予選の始まり
「早川さん、木村さん頼みますね!」
「おう! 任せとけ! 俺達は最後の夏だから負けられないからな!」
「今日の相手なら吉住の出番はないと思うぞ」
今日から俺達の夏が始まった。
先輩達はこの夏が最後なんだ。
琢磨を含めたら投手は4人、公立でここまでの投手陣を揃えた学校はないと思う。
今年は過去最高のチームだろう。
甲子園に行くまでは絶対に負けられない。
俺達、西城高校は予選の第4シードで、2回戦からの試合になる。
和也や奥村の東光大学附属は第1シードになっているから、対戦する時は決勝戦だ。
俺達は負けるつもりはないから、いつ対戦しても良いと思ってる。
試合が始まり、早川さんが今日の相手なら俺の出番はないと言っていたけど、一応ブルペンで練習だけはしていた。
一発勝負だから何があるか分からない。
去年、俺が怪我をしたみたいに……
しかし、2回戦は俺の杞憂に終わった。
西城打線が繋がり10対0で5回コールド勝ちだったんだ。
監督や陽一郎は3回戦までは俺の登板は不要と言っていた。
今日の試合を見ていると、その通りかもしれないな。
去年の俺は継投もあったけど、ほとんどの試合で完投していたんだ。
今年は完投ができないのを相手チームに知られる訳にはいかないから、継投のチームだと思わせている。
「今日は俺の出番がなかったやんけ。次はあるんかな?」
「琢磨の出番もあるよ。俺としてはセンターに琢磨が居て欲しいけどな」
琢磨は投げたがるけど、センターに琢磨が居ないと守備力の低下になる。
琢磨の守備範囲は広いからな。
「やっぱり俺を頼りにしてるんか?」
「そうだな。琢磨以上のセンターは見たことがないよ」
「俺も琢磨がセンターに居る方がリードしやすいぞ」
「陽一郎も俺頼みかー! 俺がどんなボールでも捕ったるからな!」
大笑いしながら琢磨はどこかに行った。
良い方へ調子に乗っておいて欲しい。
「琢磨は中学の時から変わらないな」
「そうだな。琢磨がセンターに居る方がリードしやすいのは本当だけどな」
「まあな。だから赤点を取った時は焦ったよ」
あれだけ言ったのに、琢磨は期末テストで赤点を取ったんだ。
だけど、前に監督や陽一郎が交渉して承諾された「赤点でも補習を受けたら試合出場が可能」の適用第1号になりやがった。
「寛人は琢磨に言ってないよな?」
「言ってない。琢磨に言ったら勉強しないからな」
「学校の配慮に感謝だな」
「今年の野球部は期待されてるよな。公立の進学校が甲子園出場になれば話題になるからだろうけど」
今年は応援団も作られてたもんな。
2回戦なのに去年より応援が凄かった。
「応援が凄かったから、翔や翼も張り切ってたな」
「プレッシャーにならないだけ良かったよ。あの2人は琢磨と同じで、目立つのが好きだからな。どちらにしても、寛人……4回戦からは頼んだぞ」
「ああ。いつでも投げれるよ」
俺の出番は不要と伝えられた3回戦は木村さん、琢磨、早川さんの順番で投げて、8回コールド勝ちだった。
しかし、少し問題があった。
野球ではなく、相澤さんなんだ。
相澤さんは西川さんと2人で応援に来てくれていた。
ブルペンで練習している時に姿が見えたので、来ていたのは知っていたんだ。
東光大学附属との練習試合の時の西川さんみたいに、フェンス越しに話しかけてくる事はなかった。
まあ、それが普通なんだけど……
その西川さんも、試合中はスタンドで大人しく? 陽一郎の名前を叫んでいたんだ。
何が問題だったのかというと、3回戦が終わり、球場の外で保護者や学校の人達と一緒に居る時に、相澤さん達も俺達の所に来たんだ。
「今日も勝ったね。おめでとう!」
「ありがとう。次も勝つよ」
「でも……この前もだけど、今日も投げなかったね? やっぱり怪我してるの?」
「怪我? してないよ。何で?」
相澤さんは前にも俺の状態を疑っていたから気になったんだろう。
何とか誤魔化したいんだけどな……
「だって、2試合投げてないもん。絶対に変だよ」
「それはチームの方針だよ。次の4回戦からは投げるよ」
「それなら良いんだけど……本当に怪我してないよね?」
「うん、大丈夫だよ」
これで試合中に症状が出なければ大丈夫。
相澤さんに心配させたくないんだ。
そういえば一緒に来ていた西川さんの姿が見えないな、何処に行ったんだろう?
周囲を見渡したら陽一郎の所に居た。
陽一郎は監督と大事な話してるんだけど、西川さんは気にしてないみたいだな。
でも、西川さん……少し雰囲気が変わった?
「相澤さん。西川さんって雰囲気が変わってない?」
「……綾ちゃんのは気付いたんだ」
「えっ? 何が?」
西川さんの雰囲気が変わったって言っただけだぞ?
相澤さんは少し不満に思ってる様子で、ほっぺたをプクーと膨らませてるし……
うん、この表情も可愛いな。
ほっぺたを突きたくなってくる。
「あー! もうっ!」
「ハハハ。ほっぺたが膨らんでたから、つい……ごめん、悪かったよ」
我慢できなくて、ほっぺたを突いてしまったんだ。
「それで、どうしたの? 何かあったの?」
「気付いてくれないなら、もう良いよ……」
今度は拗ねてるし……
さっきの相澤さんは、西川さんに気付いて私のは気付かないのか? そんな感じだったよな?
俺は相澤さんをジーっと眺めてみた。
相澤さんの顔が真っ赤になってきいてる。
「じっと見られると恥ずかしいよ……」
「あっ! 分かった!」
「本当?」
「もしかして少し化粧してる?」
「うん! この前、綾ちゃんと教えてもらいに行ったんだよ! どうかな?」
西川さんは髪型も変わってるから変化が分かりやすかったんだ。
相澤さんは普段から艶のある綺麗な黒髪だからな。
俺は何で好きな子の変化に気付かなかったんだろう……
陽一郎から先日言われたけど、俺は鈍感なのかな……
いや、今も気付いたんだから違うはずだ。
「うん、可愛いよ。凄く似合ってる」
「えっ? うん……ありがとう……」
「でも、急にどうしたの?」
「綾ちゃんが『田辺くんに可愛く見られたい!』って言って、駅前の美容院に一緒に連れて行かれたんだよ。メイク教室もやってて、テレビや雑誌にも出てる人気の美容院なんだ。それで綾ちゃんがキャンセル待ちしてて予約が取れたんだって」
「そうなんだ」
この前、西川さんの様子がおかしかったけど、良い方に向かったみたいで安心した。
相澤さんの化粧は軽め? それとも薄め? というのかな。凄く自然な感じだ。
普段も可愛いけど、一段と可愛く見える。
「相澤さんも本当に似合ってるよ」
「うん! ありがとう! 良かった」
相澤さんは凄く嬉しそうだった。
この笑顔はずっと見ていたいな。
「おーい! 吉住! 彼女と仲が良いのは分かったから学校へ戻るぞ!」
呼ばれた方向に振り向くと、野球部の部員達が何か言いたそうな視線で俺達を見ていた。
「相澤さん、ゴメン……文化祭の時から付き合ってると勘違いされてるんだ」
「大丈夫、私も学校で同じだもん」
相澤さんに聞いたら学園祭以降、俺達は付き合ってると思われてるみたいだった。
学園祭の時に聞いていたけど、西川さんの思惑が上手くいったらしいな。
「ふふふ、だから一緒だよ」
「ハハハ、そうだな。それじゃ俺達は学校に戻るよ」
「うん。次も応援に行くからね」
まだ一緒に居たいと思ったけど、今は部活中だから諦めるしかない。
相澤さんに「また連絡するよ」と言って球場から学校に戻った。
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