第96話 相澤さんのお土産

 その日の夜に陽一郎から連絡があった。


『バッグは明日の朝に取りに行くよ』


「それは良いけど、バッグに大事なものは入ってないのか?」


 西川さんと何かあったんだろう。

 陽一郎は既に自宅に帰っていて、バッグの事を忘れていたみたいだ。


『それは大丈夫だ。悪いな』


「分かった。陽一郎のユニフォームは俺の分と一緒に洗っておくよ」


 陽一郎は何か考えてるみたいだったので、今日は聞かない事にした。



 そして翌日の朝になり、陽一郎が迎えに来たからバッグを渡して家を出たんだ。


「寛人、西川さんの事をどう思う?」


「俺が西川さんを? どうって友達……になるのか? 俺からしたら相澤さんの友達だな。陽一郎が何を言ってるのか分からない」


「言い方が悪かったよな。寛人から見て西川さんってどんな子だ?」


 そういう事か。

 俺から見た西川さんなぁ……


「そうだな、友達想いで元気な子……うん、元気が良すぎる感じだな」


「あとは俺に強引な所か?」


 陽一郎が笑いながら言っていた。


「そうだな。いつも陽一郎に強引だな。それで、どうしたんだ? 昨日は何かあったのか?」


 陽一郎が俺に西川さんの事を聞いてくるのは珍しい。

 だから昨日は何かあったんだろう。


「西川さんを追いかけただろ? 追い付いたら泣き出したんだ」


「西川さんを泣かせたのか?」


「違うよ! 名前を呼んで俺の顔を見たら泣き出したんだ」


 西川さんが泣いたんだ。

 泣くイメージが浮かばない……

 俺はそこまで親密でもないからな、分からないから大人しく聞いてみよう。


「それで?」


「何で追いかけて来たの? って言われたんだ。だから、様子がいつもと違うから心配になったって伝えたんだ。そうしたら泣き出したんだ。聞いても何も言わないし、俺は訳が分からないんだ」


 西川さんの様子が違った理由は分からないけど、陽一郎が来たのが嬉しいから泣いたのか? そうとしか思えない。


 陽一郎は本当に分からないのか?


「そうか。西川さんの泣いた理由は何となくだけど分かったよ」


「分かったのか? 教えてくれ!」


「何があったのか知らないけど、泣いたのは陽一郎が追いかけてきたからだろ? 嬉しくて泣いたんじゃないのか?」


 陽一郎は俺が思うより鈍感なんだろう。

 俺は他人の恋愛に首を突っ込む気はない。

 だけど、分からないのなら教える事はするよ。


「西川さんは陽一郎に好かれてないって思ってるんだろ? だから好きな陽一郎が来て嬉しかったんだろうな。陽一郎は西川さんの事をどう思ってるんだ?」


「俺か? 俺は……何とも思ってなかったんだ……だけど、昨日の泣いてる所を見てると思ったんだ。泣かせたくないって……」


 陽一郎は気付いてなかっただけで、西川さんに惹かれてたのかもな。

 昨日そう思っただけかもしれないけど、西川さんの事を考えさせる良い機会かもしれない。


「そうか。好きなのか?」


「分からない……」


「西川さんが強引に来てるのは迷惑なのか?」


「いや……それが迷惑だと思わないんだ」


「一緒に居て楽しいと思ってるのか? 居なくなったらって考えた事はあるのか?」


「楽しい……? そうだな、楽しいって思ってるのかも……それに居なくなるって考えた事もなかったよ」


「そうか。それなら後は陽一郎が考えた方が良い。だけど、西川さんには一緒に居て迷惑だと思ってないって言ってあげろよ」


「分かった。ありがとう」


 西川さん、強引だったけど陽一郎には良かったのかもしれないな。

 後は2人の問題だからそっとしておこう。


 でも、陽一郎から最後に「寛人にだけは鈍感と言われたくない」って言われたけど、俺は鈍感ではないぞ。



 そして放課後になって透さんの診察も終わった。


 診察では前回と同じく異常は無かった。

 原因不明とも言うけど、俺は異常が無い事に安心している。


 投げれないのが一番困るからな。


 西城駅が見えると相澤さんが既に待っていて、俺を見付けると手を振っていた。


「吉住くーん。こっちだよー」


「相澤さん。久し振りだね」


「そうだね……」


「……」「……」


 何故かしばらく沈黙が続いた。

 俺は久し振りに会うから緊張してたのかもしれない。


「ハハハ。何だろうな?」


「ふふふ。何だろうね、おかしいね」


 俺と相澤さんは同時に笑い出した。


「今からどうする?」


「今日は天気が良いから公園に行ってノンビリしたいな」


「うん、中央公園か。俺も久し振りにノンビリしたいなー」


 俺達はいつもの中央公園に向かっていた。

 相澤さんと一緒に居るとホッとする。

 それが相澤さんの雰囲気からなのか、俺には分からない。

 だけど一緒に居るだけで落ち着くから好きだ。


 そういえば相澤さんの今日の服装って……


「相澤さん、その服……」


「今日の服? えっ? 変だったかな?」


「違うよ。凄く似合ってると思うよ」


 相澤さんは水色のワンピースを着ていたんだ。


「その服って、初めて会った日に着ていた服だよね?」


「吉住くん、覚えてたの?」


 初めて会った日の服を覚えてるって変だったかな?

 だけど、初めて会った日の事は忘れられないんだ。

 水色のワンピースを着た相澤さんが凄く可愛いと思ったから……


「覚えてるよ。俺は忘れられないと思う」


「そうだね。私も忘れられないよ……吉住くんは泣いてたもんね」


「うん。それだけは忘れて欲しいな」


「ふふふ。無理だよー」


 出会ってから1年か。

 まさか、あの日に会った子を好きになるとは思いもしなかったな。


「吉住くん、どうしたの?」


 相澤さんが俺を見上げていた。

 やっぱり可愛いよな……


「今までの事を思い出してただけだよ」


「懐かしいね……あっ! いつものベンチが空いてるよ」


 中央公園のいつものベンチに座ると、相澤さんからお土産を手渡された。


「お土産って御守りだったんだ?」


「うん! スポーツの神様が居るんだよ。そこで『吉住くんが甲子園に行けますように』ってお願いをしてきたんだ」


 それから白峯神宮のご利益の話を聞いた。

 事前に調べて自由行動の時に行ってくれたらしい。

 

 下鴨神社の話は少し気になった……

 母さんから恋愛成就の神社だと聞いた事があったから……


 でも、嬉しそうに話す相澤さんを見てると、改めて好きだと実感してしまった。


「そっか、楽しくて良かったね」


「うん、楽しかったよ。今度は……」


 今度は相澤さんと一緒に行ってみたいな。泊まりになるから無理だけど……


「今度は俺が白峯神宮に行ってお礼を言ってくるよ」


「お礼? でも京都だよ?」


「うん。だから甲子園に行った帰りに寄るんだ『御守りのおかげで甲子園に行けました』って言ってくるよ」


「ふふふ。甲子園に行けたら、私がお詣りしたおかげにもなっちゃうね」


「ハハハ。そうなるな」


 俺は絶対に負けないよ。

 好きな子がお詣りに行ってくれたんだ。

 だから無駄にはしない。


 そして夏の予選が始まった。

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