第95話 西川綾と田辺陽一郎

 side:綾



「あれ? 綾ちゃんは帰らないの?」


「ごめん。私は少し寄る所があるから遥香は先に帰ってて」


 修学旅行から学校へ戻って解散になった。

 西城駅まで歩いてきて、私は遥香に先に帰っててと言って別れたんだ。


 遥香に言ったら「私も行くよ」って言うと思う。


 ……だから言わなかった。


 だって、今から西城高校に行くから。


 昨日の夜、田辺くんに連絡して「明日、お土産を渡したい」って伝えたら「明日は午後から試合がある。その後は練習もあるから時間が取れない」って言われた。


 まだ部活で学校に居てる時間だと思う。

 だから正門の前で田辺くんが来るのを待つんだ。


 遥香に言わなかったのは、田辺くんと吉住くんが正門から一緒に出てくると思うから。


 遥香と吉住くんは両想い。


 遥香が幸せになるのは凄く嬉しい。


 だけど私は田辺くんに振られていて、強引に田辺くんの近くに居るだけなんだよ……


 遥香と吉住くんを見てると辛くなる時もある。


 だから今日は1人で西城高校に行くんだ。



 西城高校に着いて、正門の横の壁にもたれて立っていた。

 学校の中からは、カキーンとバットでボールを打つ音が聞こえてくる。


 まだ頑張ってるんだな……


 早く会いたいな……


 御守りを買ったけど、迷惑に思わないかな……


 私が強引に近付いても拒絶はされない。

 たまに苦笑いをしてるから、本当は迷惑だと思ってるのかもしれないけど……


 こんなの私らしくないな……

 なんか弱気になってるな……


 考え事をしていると、いつの間にか野球の練習の音が聞こえなくなっていた。


 しばらく待っていると、田辺くん達が歩いてくるのが見えた。

 田辺くんは、いつもの5人と一緒に居るみたい。


「田辺くん!」


 いつもと変わらない元気な声で田辺くんの名前を呼んだ。


「えっ? 西川さん? どうしたの?」


「お土産を渡すって言ったじゃん!」


「聞いてたけど、今日は試合と練習で無理って伝えてたから驚いたよ」


 田辺くんが苦笑いをしてる。

 やっぱり迷惑だったかな?

 普段は気にしないけど、今日の私は無理だよ……


 私は田辺くんにお土産を渡した。

 少し強引に渡したけど……


「……ありがとう」


「それじゃ私は帰るよ……またね……」


 田辺くんもお土産に戸惑ってる感じだし、やっぱり今日は来ない方が良かったんだ……


 会いたかったけど、やっぱり今日は会うんじゃなかった。


 そう思いながら田辺くん達と別れて西城駅へ向かった。




 side:寛人




「やっぱり球数なのかな?」


「そうかもしれないね」


 日曜日の今日は練習試合だった。


 先週の練習試合は80球以上投げる事になり、透さんが試合を見に来ていたんだ。


 その時は前回と同じく全力で投げた。

 嫌な予感が当たり、やっぱり症状が出た。


 そして昨日と今日は少ない球数で連投を試す事になり、透さんは忙しいのに今日も時間を取って来てくれたんだ。


「昨日も今日も症状は無かったんでしょ?」


「うん、何も無かったよ。まだまだ投げれる感じ」


「試合を見てても大丈夫そうだったもんね。今日は50球だよね?」


 昨日も50球を投げて、2日連続で同じ球数を投げたんだ。


「うん、昨日も50球だよ。全力で投げなかったら80球以上投げられそうだけど、透さんはどう思う?」


「それは分からないよ。僕でも原因が分からないから……投げるなって言っても投げるでしょ? それなら80球以下にして欲しい。それと、明日は病院で検査だからね」


 そして透さんは病院に戻っていった。


 80球以下か……その球数では完投は無理だし、大会は継投は確実だよな。

 もう予選が始まるし、陽一郎や監督と相談しよう。


 今日の試合後はバッティング練習と守備練習だったが、俺は試合で連投したので参加しなかった。



 そして練習が終わって、いつもの5人で部室を出たんだ。


「今日も僕達は大活躍だったよね!」


「寛人も助かったでしょ?」


「そうだな。いつも2人の守備には助けられてるよ。予選でも頼むな」


 翔に翼の二遊間は県内でも屈指だと思う。普段は子供みたいだけど、この2人も中学の優勝メンバーだからな。


「そうだよねー! 寛人は分かってるね!」


「寛人! 俺もやろ! 俺は二刀流やぞ!」


「はいはい、琢磨も助かってるよ。予選は継投になるから頼りにしてるからな」


「そうやろ! 今度はタコ焼きをおごったるわ!」


 誰が活躍してるか勝負やで! そんな話を琢磨はずっとしていて、俺と陽一郎は笑いながら聞いていたんだ。


 そして正門から出た時に陽一郎を呼ぶ声が聞こえた。


「田辺くん!」


「えっ? 西川さん? どうしたの?」


 西川さんは修学旅行から戻って、そのまま陽一郎にお土産を渡しに来たらしい。


「お土産やって? 俺にはないんか?」


「琢磨、少し黙っておいてくれ。後でタコ焼きを食わせてやるから」


 俺は琢磨に邪魔をさせない様に必死で止めた。翔や翼は2人でスマホゲームをしてるから大丈夫だろう。


 そして陽一郎はお土産を受け取っていた。


「……ありがとう」


「それじゃ私は帰るよ……またね……」


 そう言って西川さんは西城駅の方へ走っていった。


 西川さんの様子が変じゃないか?

 いつもの元気がなかったけど、修学旅行で何かあったのかな?


「陽一郎、西川さんの様子がおかしいぞ?」


「ああ、どうしたんだろうな」


 走り去った西川さんを見てるだけで、陽一郎は何をボーっとしてるんだ?


「陽一郎、バッグを貸せ。俺が持って帰るから俺の家まで取りに来い。財布とスマホだけは持っていけよ、今すぐ西川さんを追え」


「そうだったな。寛人……すまん」


 陽一郎は西川さんを追いかけて走ってる。

 その手には財布とスマホ、渡されたお土産を持っていた。

 何があったのか分からないけど、陽一郎に任せておけば大丈夫だと思う。


 残る問題はこの3人をどうするかだ……

 俺は2人分の野球用バッグを肩にかけていて少し重い。

 それで今から琢磨にタコ焼きを食わせるのか?


「寛人! オッチャンのタコ焼きの屋台に行くで!」


 やっぱりタコ焼きに行くのか。

 バッグもあるし早く帰りたい。

 食わせるって言ったし、たまには4人も良いかな……


「分かったよ。翔と翼も来るか?」


「行くよー!」


「ねえねえ、寛人。スマホが鳴ってるよ?」


 俺のスマホから着信音が聞こえた。

 だけどスマホはバッグの中だ、陽一郎のバッグもあって取り出しにくい。


「いいよ、どうせ母さんだろう。また後で電話するよ」


 4人で駅前を通った時にファーストフード店の中を見ると、陽一郎と西川さんの姿があった。


 陽一郎が俺に気付いたみたいだ。

 だから俺は中央公園の方を指差した。


 琢磨が先頭を歩いてるし、これだけでタコ焼きの屋台に行くと分かっただろう。


 その後は4人でタコ焼きを食べてから帰宅した。


 自室でスマホを取り出して確認したら、あの時の着信は相澤さんからだった。

 着信を無視してしまったと思い、急いで電話をかけた。


「ごめん。電話くれてたんだ」


『修学旅行から帰ったから、お土産を渡したいなと思って電話したんだよ』


「わざわざ買って来てくれたんだ。ありがとう」


『私が買いたかっただけだから。それに吉住くんは喜んでくれると思うよ』


「そうなんだ。それは楽しみにしておくよ」


 相澤さんは凄く楽しそうだった。

 俺が喜ぶものか……楽しみだな。


 それから「いつ渡せる?」って話になり、相澤さんは明日と明後日は修学旅行の代休で休みだと言っていた。

 明日は病院に行くから部活には参加しないし、会うなら病院に行った後だな。


「明日の17時なら大丈夫だと思うよ」


『うん。それなら明日は17時に西城駅で良い?』


 明日は17時に待ち合わせになった。

 相澤さんと最後に会ったのが水族館の時だったから、会うのが楽しみだ。


 その後は相澤さんから修学旅行の話を聞いて楽しんだ。

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