第73話 10㎝先に

 相澤さんとオーケストラを聞きに行く朝になった。

 開演は午後からだけど、午前中に現地まで行って食事をしてから演奏を聞く予定をしている。


「だから普段からやれば良いのにって言ってるのに何でやらないの? 勿体ないわね」


「部活があるから必要ないって言ってるだろ」


 オーケストラに行くという事で、久し振りにワックスで髪をセットし、服装にも気を使っていた。

 11月に皆で遊園地に行く予定だった時が最後だから、久し振りの格好だな。


「それじゃ行ってくるよ」


「行ってらっしゃい。皆に会う事があれば挨拶しておいてね」


「分かったよ」


 母さんは今日は用事が合って行けなかった。まぁ、相澤さんと一緒だから用事がなくても来て欲しくないけど。

 高校生にもなって、女の子と遊びに行く時に母親が一緒とか恥ずかしすぎるだろ。



 最寄り駅の中町駅から電車に乗って、待ち合わせ場所の西城駅に到着した。

 まだ相澤さんは来てないみたいだ。今日も皆で遊園地に行く時と同じく早く着いたんだ。


 しばらく待っていると相澤さんの姿が見えてきた。相澤さんも俺に気付いたみたいで手を振っている。


「吉住くん、おはよう。待たせちゃった? 私も早く来たつもりだったけど、吉住くんの方が早かったね」


「おはよう。さっき俺も来たばかりだから待ってないよ」


 相澤さんも待ち合わせ時間より早く来るんだよな。こういう所は俺と相澤さんは似ていると思うんだ。


「それじゃ、そろそろ行こうか?」


「うん。でも少し待って……急いで来たから汗をかいちゃったみたい」


 うっすらと汗をかいてるな。良く見ないと分からない程だけど……遅れてないから急ぐ必要なかったのに……


「急がなくても良かったのに」


「だって……楽しみだったから、少しでも早く着きたかったんだよ」


「そっか。俺も楽しみだよ。今日は良い演奏が聞けたらいいね」


 相澤さんと一緒だから尚更楽しみだよ。

 相澤さんの用意が終わって、会場へ向かう電車のホームへ移動した。


「早く電車が来ないかな……」


「ハハハ。もうすぐ来るよ」


 電車は5分もいない間に到着する予定だ。

 楽しそうにしてる相澤さんを見たら俺も嬉しくなる。

 相澤さん……良く見たら疲れてる? 寝不足なのかな?


「相澤さん。昨日って寝れた? 疲れた感じだけど」


「うん。寝れたよ……何でかな?」


「いや。いつもと感じが違うというか……何か違和感があるんだ」


「そうかな? いつもと一緒だよ? あっ! 電車が来たよ」


 真っ先に相澤さんが電車に乗り込み、空いていた2人用の座席に並んで座った。

 2人用の座席か……公園のベンチと違って相澤さんとの距離が近い……肩と肩が少し触れてるから緊張するな。


「ここから1時間位だよね?」


「そうだよ。駅に着いたら目の前に会場があったはずだよ。着いたら先に食事をするけど何か食べたい物はある?」


「うーん……今日は軽い物が良いな……」


「分かった。色々と店があるみたいだから軽く食べれる店に入ろう」


「うん。ありがとう」


「あっ! そういえば昨日、西川さんと山田さんに会ったよ?」


「えっ? 綾ちゃんと優衣ちゃん? えっと……何か言ってたかな?」


 昨日は西川さんに今日の事を聞かれて……山田さんは、相澤さんに怒られる様な事を言ってたんだよな? 相澤さんも聞きにくそうだし……喧嘩でもしたのかな?


「山田さんが西川さんに、相澤さんに怒られる様な事を言ってたけど、もしかして喧嘩でもした?」


「ううん喧嘩してないよ? 優衣ちゃんが一緒で良かったよ……」


 山田さんが一緒で良かった? とりあえず喧嘩じゃないなら良かった。3人は仲が良さそうだったからな。


 それからも話をしていて、窓側に座った相澤さんは外を見ている……と思ったら寝てしまったみたいだ。


 やっぱり寝不足だったんじゃないかな。

 目的地に着くまで寝かせてあげよう……


 俺は相澤さんの寝顔を見ていた。

 女の子の寝顔を見るのは悪いと思うけど、どうしても見てしまう……


 少し時間が経った頃、相澤さんが俺の肩にもたれかかってきた。

 俺の顔の右側……10㎝位の距離に相澤さんの寝顔があって、寝息も聞こえる……俺の体は緊張で硬直していた。


 どうしようかと考えていると、朝に感じた違和感の正体が分かった……


 相澤さん……熱くないか?


「相澤さん。ごめん……少し触るよ」


 相澤さんの額に手を当てた。

 やっぱり熱い。熱が出てるじゃないか……


 やっぱり違和感はこれだったんだ。

 待ち合わせの時も汗をかいてたし、昨日も部活を休んでたって聞いたな……


 状況が分かり、改めて相澤さんを見たら体調が悪くて寝てる感じだ……

 何で今まで気付かなかったんだ……


「相澤さん、相澤さん」


「……どうしたの?」


「どうしたのって……熱があるでしょ? 恐らく昨日から」


「……うん」


 秘密を知られてしまった……そんな表情をしている。やっぱり隠してたんだ……


「やっぱりか。次の駅で降りて帰るよ」


「やだ……行くもん……」


 嫌って言われても俺が困る。相澤さんには納得して貰うしかない。


「熱があって体調が悪いから駄目だよ。こんな状態の相澤さんを連れて行けないよ」


「やだ……行く……だって、楽しみだったんだもん……」


 楽しみなのは俺も同じだけど、電車に乗った時より体調が悪そうに見える。


「さっきより体調が悪いでしょ? 楽しみにしてたのは俺も一緒だから……次は相澤さんの行きたい所に一緒に行くから……今日は帰ろう?」


「……本当?」


「ああ。約束するから……頼むよ……心配なんだ」


「……分かったよ。今日は帰るね……でも……約束だよ?」


 そう言って相澤さんは寝てしまった。

 次の駅に到着して電車を降りた。相澤さんは、やっぱりしんどそうだ……


「相澤さん。家の電話番号を教えて。今から電話するから」


 俺は相澤さんの自宅に電話をかけると、数コール鳴ってから女性の声が聞こえてきた。


「もしもし相澤です」


 この声って……相澤さんのお婆さんだよな。


「もしもし。吉住といいますが、遥香さんのお婆さんですか?」


「そうですが……吉住くんって……病院で一緒だった吉住くん?」


 やっぱりお婆さんだった。知ってるお婆さんで助かった。他の家族が出たら相澤さんとの関係も説明しないといけないからな。

 そんな事より、今は相澤さんの体調だ……


「病院で一緒だった吉住です。実は……」


 俺はお婆さんに相澤さんと一緒に居る事、体調が悪い事、今から連れて帰るから家に居て欲しい事を伝えた。


「分かったわ。やっぱり遥香ちゃん体調が悪かったんだね……」


「昨日は部活を休んだって聞いてましたけど、そんなに悪かったんですか?」


「腹痛で休むって言ってたけど、それで休むのも珍しいし、腹痛って感じじゃなかったからねぇ……何で我慢してたのか分かったよ……そうなんだねぇ……」


 お婆さんが何に納得してるのか分からないけど、相澤さんを家に帰すのが先だ。


「今から本庄駅に向かう電車に乗って家まで送りますので宜しくお願いします」


 お婆さんとの電話が終わった。

 俺の右側にいる相澤さんは、肩に顔を寄せて目を瞑っている。

 その時に相澤さんの体がズレたので、俺は倒れたら危ないと思い、右腕を相澤さんの後ろに回した。

 そして、その体を抱き寄せて電車の到着を待った。



────────────────────

オーケストラが…

オーケストラが無くなっちゃったよ…

皆…ごめんね(*T^T)


次回…遥香ちゃんのお家に入る…です(^-^)

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