第74話 相澤さんの家で

 こんな体で無理したらダメだろ。

 会った時は我慢してたけど、限界になったんだと思う。楽しみだったのは分かるけど、心配させないで欲しい。



 相澤さんの様子を伺っている間に電車が到着した。


「相澤さん、電車が着いたよ。立てる?」


「うん。立てるよ……」


 何とか立ち上がれた相澤さんの体を支えて電車に乗り込んだ。


「ほら。ここに座って。本庄駅に着くまで寝ててよ」


 相澤さんを座席に座らせて、俺も隣に座った。


「ごめんね……迷惑かけちゃってるね……」


「迷惑と思ってないよ。だから寝ててよ」


 安心させたいから笑顔で答えた。

 迷惑と思わなくていい。早く元気な姿を見せて欲しいんだ。


 相澤さんはベンチに座って居た時と同じく、俺の右腕に包まれて眠った。


 迷惑なんかじゃない。

 むしろ西城駅で異変に気付かなかった俺自身に腹が立つ。


 何で早く気付けなかったんだ。

 好きな子をこんな状態にさせるなんて。


 相澤さんを支えて色々と考えていた。


 華奢で小さい体だったんだな……

 抱き寄せた右腕に感じる感覚からそんな思いになる。


 女の子って小さかったんだ……


 俺が成長して大きくなっただけなんだろう……昔は俺がクラスで一番小さかったから。


 側に居れる時は守ってやりたい。

 好きな子なんだから尚更だよ。


 守ってやりたいじゃないな……

 相澤さんの側に居る限り守るんだ。


 今度こそ俺からは離れない。


「相澤さん……君が俺の側から居なくならない限り……俺が守るから……」


 守りたいと思った2人目の女の子だからかもしれない……思い出してしまったよ。

 あの時は引っ越して、俺の方から離れてしまったから……守ると決めていたのに……


 今度は絶対に好きな子の前から、俺の方からは居なくならない。望まれない限り……



 思い出してる間に、電車は西城駅を過ぎた。もうすぐ本庄駅に着きそうだな。


「相澤さん。もうすぐ着くよ」


「……」


 起きないか。でも起きて貰わないと帰れない。


「相澤さん。もうすぐ着くから……しんどいけど起きて欲しいんだ」


「……うん……起こしてくれてありがとう」


 本庄駅に到着して電車を降りた。

 相澤さんがふらついたのでベンチに座ってもらった。

 歩けそうにないな……考えていたけど他の方法も浮かばないし……相澤さんは嫌がると思うけど我慢してもらうか。


「相澤さん。俺が背負って帰るから乗って。それと、先に切符だけ俺に渡して欲しいんだ」


「……大丈夫だよ? 歩けるよ」


 ふらついてるし、息も荒いのに大丈夫じゃないだろ……恥ずかしいのは分かるけど……


「大丈夫じゃないから言ってるんだ……頼むよ……何かあったら嫌なんだ」


「うん……」



 相澤さんを背負って駅の改札に向かった。

 駅員に事情を話して、財布から2人分の料金を取ってもらって改札を出た。


 家は近かったよな。相澤さんの家まで一度でも行った事があって良かった。


「相澤さん。もうすぐ着くからね」


 寝ちゃったか……

 相澤さんの寝息が耳元で聞こえて来るから少し恥ずかしい。

 好きな子の顔が真横にあるから、心臓の鼓動が早くなってる。


 それにしても軽いよな……

 どれだけ今日は無理をしてたんだろう。


 俺も今日は楽しみだったよ。

 でも、それは相澤さんが元気だったらの話だよ。相澤さんには笑顔で居て欲しいんだ。


「相澤さん……好きだよ……」


 何を言ってるんだ、こんな時に。

 聞こえてないと分かってる時にしか言えないってのも嫌になるな……


「………私も……だよ」


 今のは相澤さんの声?

 声が小さくて聞き取れなかったけど……

 まさか起きてたの?


「相澤さん……もしかして起きてる?」


「……」


 やっぱり寝てるよな?

 寝言か……聞かれたと思って驚いた……


 俺は起こさない様にゆっくりと歩いた。

 見えてきた……確かあの家だったよな。

 表札を確認してインターフォンを押すと「すぐに開けるから」とお婆さんの声が聞こえた。


「遥香ちゃん。大丈夫なの? えっ? 吉住くん……背負って来たんだね」


 玄関が開くと同時に声が聞こえて、お婆さんは俺と相澤さんを見て驚いていた。


「今は眠ってますよ」


「家の中まで連れて入れるかい? 階段を上がった右側が遥香ちゃんの部屋だよ」


「大丈夫ですよ。部屋まで連れて行きますので、靴だけ脱がせてもらえますか?」


 玄関から入って、階段を上がり部屋の前に着いた。


「相澤さん。部屋に着いたから開けるね」


 ドアノブを回した時だった。


「ダメ……部屋は……お願い……」


 相澤さんが起きたみたいで、俺から降りようとしていた。危ないから相澤さんを下に降ろして体を支えた。


「分かった。それじゃ俺は帰るから……ゆっくり寝て早く治してね」


「ごめんね……ありがとう……」


 まだ息が荒い。

 そこまでして部屋を見られたくないのかな……拒絶された事に少し心が痛む……



 相澤さんが部屋に入ったのを確認した。

 そして振り返ると、お婆さんが階段の下で待っているのが見える。


「すいません。後はお願いします」


 俺は挨拶をして帰ろうとしていた。


「吉住くん。時間はあるかい? あったらこっちに来てくれる?」


「はい……分かりました」


 良く分からないけどリビングに連れて行かれ「少し待ってて」言われ、ソファーに座らされた。


「お待たせ。コーヒーは飲めるかい?」


「はい。大丈夫ですよ」


 コーヒーを置かれ、お婆さんは俺の対面のソファーに座った。


「飲みながらで良いんだけど、聞かせて欲しいんだよ。吉住くんは、遥香ちゃんと付き合ってるのかい?」


 コーヒーを吹き出しそうになった。

 いきなり何を言うんだ……


「えっ! い、いや……そんなんじゃないですよ!」


 大きい声を出してしまった。

 2階では相澤さんが寝てるのに……


「遥香ちゃんは何も言わないんだけど、退院の時から会ってるんでしょ?」


「はい。会ってますよ」


「そうなんだね……」


 お婆さんは何か考えてるな……

 会うのは不味かったのか? 病院の時はこんな雰囲気じゃなかったんだけど……


「吉住くん。遥香ちゃんの事が好きなのかい?」


 お婆さんは俺の目を真っ直ぐに見て言ってきた。これは本気の目だ……


「はい。俺は遥香さんが好きです」


 俺も本気で自分の気持ちを伝えた。

 お婆さんは俺の目をジッと見て、しばらく返事がなかった。


「そうかい……本気だって分かって安心したよ……遥香ちゃんを頼んだよ」


「いや……まだ付き合ってもないですよ?」


「でも、2人で会ってるんだよね?」


 お婆さんは何を言ってるんだコイツは? みたいな顔をしている……

 その顔をするのは俺の方だよ。話が飛びすぎだよ。


「確かに2人で何度も会ってます。だけど……遥香さんには俺の気持ちを言えてません」


「少し早とちりしたみたいだね……でも私の見る目は間違ってなかったみたいだね……遥香ちゃんは昔……」


「待ってください」


 俺はお婆さんの言葉を遮った。


「遥香さんの事で何かを教えてくれようとしましたよね? それ以上は言わないでください。遥香さん本人からなら喜んで聞きます。俺も聞きたいし、知りたい……でも、お婆さんから身内しか知らない話を聞くのは違うと思うんです」


 相澤さんも一緒ならお婆さんからも聞く。

 彼女も居て……話を止めないなら聞かせても大丈夫と思ってるんだろうし、嫌なら止めるだろう。


「うん。そうだね……そうだね……でも、これだけはもう一度言わせて欲しいんだ。遥香ちゃんを頼んだからね……吉住くんなら任せても大丈夫だと思うんだよ……」


「はい……分かりました」


 何があったのかは分からない……だけど、お婆さんが心配しているのは分かった。


 その後、俺の足や野球の事、聞かれても大丈夫な会話をして相澤さんの家を後にした。

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