第72話 週末の練習試合

 健太の入部から数日が過ぎた。

 硬式経験者の健太は俺達と同じ練習に参加し、他の1年は硬式のボールに慣れるまで、監督と陽一郎が別メニューを組んでいた。



「陽一郎。進路って考えてるか?」


 今は学校の昼休みで、一緒に弁当を食べてる陽一郎に進路の事を聞いてみたんだ。


「俺は進学だよ。大学でも野球をやるつもりだ。寛人は考えてないのか?」


「考えてるけど、まだ実感がないんだよ。去年まで甲子園の事しか考えてなかったからな」


「吉住はプロじゃないの?」


「そうそう。めっちゃ取材が来てて、新聞にも出てたじゃないか? 確かスカウトも見に来たって聞いたぞ?」


 話に入って来たのは安藤と真田だった。

 分かっていた事だけど、取材を受けてから以前よりも注目される様になった。

 正直、中学の時の取材をイメージしてたので、プロや社会人チームが練習を見に来た事に驚いたんだ。


「色々と来てるけど、どうなるか分からないよ。ただ、勉強はしてるから他の選択肢も考えれる様にしておくよ」


「もし寛人が大学なら、また一緒にバッテリーを組みたいな」



 週末になり、土曜日の練習試合の日になった。今日の相手は秋季大会でも対戦した強打で有名なチームだ。

 今の俺がどこまで投げれるのか楽しみだ。


「寛人。体調はどうなんだ?」


「大丈夫だ。陽一郎、キャッチボールに付き合ってくれ」


 俺と陽一郎がブルペンで投球練習をしていたら琢磨が走ってきた。


「寛人~! 打たれても俺が抑えてやるから安心しとけよ!」


「そうか。最後まで投げるつもりだけど、何かあったら頼むよ」


「俺にまかせろやー!」


 また琢磨は走って何処かに行った。琢磨の出番はないと思う。琢磨は少し調子に乗ってるくらいが丁度良いと思う。



 練習試合が始まり、3回が終わった段階で0対0の同点だった。俺は1人のランナーも出していない。味方は得点圏にまでランナーを進めているが、あと1本が出ない状況だった。


「調子は良さそうだな。やっぱり去年より球が走ってるぞ」


「そこは俺も感じてるよ。ただ、ウチの打線は弱いな。秋季大会はこの相手に勝ったんだよな? 琢磨や翔に翼は大丈夫だけど、他が打てないと厳しいな」


「そこは監督とも相談してるから夏までは我慢してくれ」



 その後、試合は5回まで進んだ。

 俺はヒットを2本打たれたけど0点に抑えた。


 そして6回のマウンドに上がった。


 打者2人を内野ゴロに仕留めて2アウト。

 この回ももうすぐ終わりだ。


 バッターが打席に入って初球のストレートを投げた……ボールは陽一郎の構えた場所ではなくて高目に逸れた。


 陽一郎がタイムを取ってマウンドまて走ってきた。


「寛人。どうしたんだ? 珍しいな」


 それは俺も驚いていたんだ。コントロールには自信があったからな。

 さっきのは何だったんだ?

 力が抜けた感じになったんだよな……


 俺は右足を見ながらさっきの事を考えていた。


「いや、大丈夫だ」


 右足は治ってるんだ……痛みも無い……投げれば分かるだろう。


「そうか……分かった」


 試合が再開し、俺は陽一郎の構えたミットにボールを投げた。


 2球目、3球目も球が高目に大きく外れた。4球目もコースを外れ、1球もストライクが入らずフォアボールになった。


 何なんだこれ?

 右足に痛みは無いけど力が入らないぞ?


「寛人、やっぱり何かあったんだろ?」


 2度目のタイムを取った陽一郎がマウンドまで来ていた。


「右足に力が入らないんだ。軸足だからコントロールが付かないな……痛みは無いから分からん」


「交代しよう。もう今日は投げるな」


「分かった。今から透さんに連絡してみるよ」


 ベンチに戻り、鞄からスマホを取り出して透さんにメッセージを送信した。

 返信が来れば良いんだけどな……待つしかないか。


 試合は琢磨がマウンドで投球練習をしていた。


 琢磨は次の打者を外野フライでアウトを取ってくれて無失点で切り抜けてくれた。


 7回には翼がヒット、翔がフォアボールで出塁し、2アウトになって代打に健太が送られた。高校の初打席がチャンスの場面か……


「健太。打てなくても同点なんだなら気楽にバットを振ってこい」


「はい!」


 だから堅いって……まぁ、健太らしいか。

 健太が打席に立って初球は空振り。しっかりバットは振れてるな。相手ピッチャーは俺よりも球が遅いんだ。タイミングさえ合えば……


 2球目のボールを健太は強振し、ボールはライナーで左中間を抜けて2人がホームを踏んだ。


 健太は2塁で俺の顔を見ながら右手を上に掲げていた。俺も健太に応えた。


 この回は2点を取って終わり、早川さんがマウンドに上がっていた。残り3回は早川さんと木村さんが投げる予定になった。


 その時に透さんからメッセージが入った。


『痛みは無いんだよね? 診察してみるから今から病院に来れるかい?』


 透さんに今から病院に行く事を伝え、監督と陽一郎にも事情を説明し、試合中のグラウンドを後にした。



 病院に着いたら時間外受付に行き、透さんに連絡を取って貰った。


「痛みはないって聞いてるけど、どんな感じだったの?」


「投げる時に右足に力が入らない感じかな……力が入らないから踏ん張りも利かなかったよ」


 透さんに球数や試合の状況を説明した。


「練習の時は何もなかったんだよね?」


「昨日までの練習では何もなかったよ。練習と違う所だと守備やバッティングかな……守備だと投げた後にカバーに走ったりするし……」


「今からレントゲンを撮るから検査してみようか」


 検査の結果は足に異常はなかった。

 足の怪我が完治してから病院には来てなかったけど、今後は定期的に検査に行く事になった。



 検査が終わり、陽一郎と監督に検査の結果を伝え帰宅する事になった。

 西城駅へと向かう為に中央公園の中を歩いていた時だった……


「あー! 吉住くんだ!」


「吉住くん。久し振りー」


 西川さんと山田さんの声だ。

 呼ばれた方を見たら、2人はベンチに座りタコ焼きを食べていた。

 相澤さんが2人を連れて行ったって言ってたな……あの屋台は美味しいから食べたくなるのは分かる。


「西川さん、こんにちは。山田さんは久し振りだね」


「こんな所で何やってるの? こっちの方向だと……病院? また足を痛めたの?」


「いや、ただの定期的な検査だよ」


 試合であった事は言えないな。

 言ったら相澤さんの耳にも入ってしまう。知ったら心配させるからな。


「2人だけって珍しいね」


「遥香は休みだよ。今日は部活に行けないって言ってたよ? そうだ! 明日って遥香とデートなんでしょ? どっちから誘ったの?」


「デートって……オーケストラを聞きに行くだけだよ。俺も好きなんだ」


 何とか普通の口調で答えられたな……

 急にデートって言われたから焦った。でも何で2人が知ってるんだよ……相澤さんからしかないか。


「綾……また遥香に怒られるよ?」


「あ……うん。そうだね……吉住くん明日は頑張ってね」


 相澤さんが怒る? 怒った所なんて考えられないな。何があったのか分からないけど、西川さんに詮索されなくて良かった。



 2人と話をした後に自宅に帰り、相澤さんと明日の待ち合わせ時間の確認をして1日が終わった。

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