第68話 もう一つの手作り

 相澤さんと中央公園に向かっていた時に疑問に思っていた事を聞いてみた。


「手作りを断ったのが俺だって良く分かったね」


「分かるよ? だって西城の制服を着た男の子達が『吉住が手作りのチョコを全部断ってた』って言ってたんだよ」


 相澤さんは名前を言ってたんだから分かるよって顔をしている。


「西城って生徒数が凄く多いんだよ? 他の吉住って思わなかったの?」


 俺が疑問に思ったのはソコだったんだ。

 何で俺だって分かったんだろう?


「吉住くんって1人しか居ないんでしょ? 文化祭の時に的当ての店員さんが言ってたのを覚えてたんだよ」


「文化祭の時って……あー。『吉住禁止』の看板の時か! 良く覚えてたね?」


「ふふふ。覚えてるよー。だって面白かったもん。あの時はキーホルダーも取ってくれたから……今日はこの鞄に付けたんだよ」


「本当だ……付けてくれてたんだな」


 俺の方に向けて、鞄の裏側に付けていたキーホルダーを見せてくれた。

 確か学校の鞄に付けたって言ってたんだ。わざわざ付け替えたんだ……気に入ってくれて良かったよ。


「うん! お気に入りだもん。でもね『吉住禁止』って言ってた理由も分かったよ……今日の吉住くん、田辺くんの構えた時に全部投げてたもん」


「そんな所まで見てたの? 野球って知らなかったんじゃなかった?」


 コントロールは他の人より良いとは思ってる。観客は結果だけを見てる人が多い。細かく見てる人は野球を知ってる人か、野球関係者だけたから少し驚いた。


「前は知らなかったよ? だから少し勉強したんだよ」


 相澤さん、楽しそうに話してるな……

 野球を好きになってくれて俺も嬉しいよ。


「野球を好きになってくれたんだ……」


「えっと……そうなのかな……」


 相澤さんは下を向いて恥ずかしそうにしているな……野球を好きになる事を恥ずかしがらなくても良いと思うけど……女の子で野球好きって少ないのかもな。


 ケーキも作ってくれたし、何かお返しをしたいな……

 そうだ! 今まで遠慮して言えなかったけど、母さんも大丈夫だったから母さんからチケットを貰おう。


「相澤さん。ケーキも作ってくれたし、お礼って訳でもないんだけど……良かったらココに一緒に行ってみない?」


 俺はスマホを操作して画面を相澤さんに見せた。


「これって……オーケストラ?」


「そうだよ。俺も前に久し振りに聞きたいって言ってたでしょ? チケットは手に入るんだ。相澤さんも奏者だから一緒にどうかなって……」


「うん! 行きたい! 私……この楽団を知ってるんだよ……そっか……この楽団なんだね……」


「知ってるんだ? この辺では少し有名だからね」


 父さんと母さんが所属していた楽団のオーケストラ……そのチケットは母さんに言えば手に入る。


 父さんは事故で亡くなったけど、まだ母さんと共に楽団の人達が名前を残してくれているんだ。


 相澤さんに見せているページから演奏者を選択したら「ピアノ:桜井蓮司」「バイオリン:桜井真理」父さんと母さん……2人の名前も出てくる。


 思い出のオーケストラの演奏を相澤さんと一緒に聞きたい。


「近い場所で開催してる所なら来月だね。何日間か開催してるから、予定を合わせて聞きに行こうよ」


「うん。楽しみにしてるね」


 話をしている間に中央公園に到着した。

 遊具のある場所や遊歩道のベンチは、子供や散歩している人達が座っていて空いていない。

 空いている場所はキャッチボールをしたグラウンド側のベンチだけだった。


「ふふふ。いつもこの場所だねー」


「グラウンドで散歩する人は居ないからね。自販機とかも遠いから。俺は周りに誰も居ない方が嬉しいけど……」


「私は気にならないけど、どうしてなの?」


「人が居ない方が落ち着かない?」


 周りに人が居ないと相澤さんと2人だけになれるなんて言えないよ。


「そうかな? でも……ここだと私達の2人だけだもんね!」


「う……うん。そうだな」


 嬉しそうに言われると変な事を考えてた俺が恥ずかしくなるな。

 ここにはケーキを食べに来たんだ。

 目的は忘れていない。


「それじゃ、作ってくれたケーキ……食べても良いかな? お腹も空いてるんだよ」


「うん。それじゃ今から出すから待っててね」


 満腹で試合はしないからお腹が空いてるんだ。あれ? 相澤さんって何か食べたのかな……


「はい、どーぞ。吉住くん……どれが良いのかな?」


「うん、苺のケーキが食べたい……それよりも相澤さんって食事したの? お腹空いてない?」


「えっとね……今日はお弁当があるんだよ……」


「そうなんだ。良かった……俺がお腹空いたから気になったんだ」


 それじゃ俺がケーキを食べてる間に相澤さんもお弁当を食べたら良い。

 この場所なら人も居ないから食べやすいだろう。


「あのね……いっぱい作り過ぎちゃったんだよ……良かったら……吉住くんも食べる?」


 相澤さんがお弁当を取り出した。

 これ……1人分なの? 作り過ぎたって量じゃないと思うんだけど……


「これ……1人分? 凄いね……えっ? これ全部作ったの?」


「うん、私が作ったんだよ。量はね……間違えたんだよ……良かったら食べる?」


「食べるよ。というか凄く食べたい」


 ハンバーグに唐揚げ、玉子焼きにウインナー、ポテトサラダ……俺の好物ばっかりだ。

 あと……おにぎり? 作り過ぎたって……おにぎりも多いよ? 相澤さんの手作りだから細かい事は気にしないで喜んで食べよう。


「美味しい……母さんより美味しいかも。全部俺の好物なんだよ」


「良かった……頑張ったんだよ」


 俺が一通り食べたのを見てから、相澤さんもお弁当を食べ始めた。凄くニコニコしている……相澤さんも俺と好物が同じで何か嬉しいな。


 でも……この量は2人で食べきれるかな?


「玉子焼きが甘いな」


「甘い玉子焼き……嫌いだった?」


「玉子焼きはどっちも好きなんだ。甘いのは久し振りだったから、美味しくて嬉しいんだよ」


「そうなんだ。私はいつも甘い玉子焼きかな。そうだ! これはどうだったかな?」


 相澤さんは俺の取り皿に唐揚げを乗せてきた。自分で取れるんだけどな……なんか恥ずかしくなってくる。


「うん。これも美味しいよ……いつも食べるより味がしっかりしてる気がする。うん! こっちの方が好きかも」


「これもね、昨日から下味をつけてたんだよ!」


「昨日から? 凄く頑張ったんだね」


「うん! そうなんだよ!」


 この後にケーキが待っている事を忘れて、相澤さんと2人で目の前のお弁当を食べていた。

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