第67話 食べてくれる?
西川さんが席に戻って行ったので俺もベンチへと戻った。
試合は俺が3回を投げて、残りの6回は木村さん、早川さん、それに琢磨が投げる予定になっていた。
ベンチに戻った時には、木村さんが2回を投げて1失点で出番を終えて、西城の攻撃中だった。
「ダウンと取材は終わったのか?」
「終わったよ。それでどうなんだ?」
「1点取られたけど、去年の方が打つイメージがあるな。ほら? 寛人の知り合いが居ただろ。あの人みたいに打つ人は居ないよ……奥村は別だけどな……」
コウちゃんか……
結局、プロへの希望は出さずに東京の野球で有名な大学へ進学が決まったんだ。
進学が決まって直ぐに連絡が来たんだ。
『大学が決まったぞ。ヒロがプロなら仕方ないけど、大学ならウチに来いよ! 今度こそ一緒のチームでやるからな』
「まだ進路は決めてないけど考えておくよ」
こんなやり取りがあった。
コウちゃんと一緒のチームで野球をやるのも面白いかもしれない。
そして東光大学附属との練習試合は早川さんが1点、琢磨が2点を取られた。
琢磨については悪い方の顔が現れたみたいで、2点しか取られなくて良かったという状態だった。
攻撃は2点しか取れずに試合は終わった。
「やっぱり健太が戦力にならないと厳しいかもな」
「そうだな。夏までに何とかなれば良いけどな……まぁ寛人が0点に抑えてくれたら大丈夫だけどな」
「打たせる気はないけど、打つ方は頼むぞ?」
陽一郎と話をしていると、相手ベンチから和也と奥村がこっちに来ていた。
「寛人、3回しか投げてないじゃないか。楽しみにしてたんだぞ」
「吉住の球を次はホームランにするつもりだったのに」
「元々、打者一巡までの予定だったからな。今度は夏の予選で戦うのを楽しみにしてるよ。奥村……次は打たせるつもりはないぞ」
奥村もグループに入ってるからか、いつの間にか仲良くなってしまったな。
選抜の事を話して2人は戻って行った。
そして俺達も片付けが終わり、グラウンドの外に出た。
東光大学附属はこの後も練習があるみたいで、スタンドから見学の許可も貰えていたから練習内容を見て帰ろうと思う。
残るのは俺と陽一郎、後は監督と先輩の数人だった。
「吉住くん、久し振りだね。投げれて良かったね」
「相澤さん……久し振り。もう大丈夫だよ」
スタンドに着いたら相澤さんが俺の横に座った。
陽一郎は西川さんに捕まっていた。彼女は今日も元気だな……
そういえば試合中の話は何だったんだろう……
「でも吉住くん凄いね。投げてるボールが一番速くてビックリしたんだよ! 吉住くん? どうしたの? 綾ちゃんを見て」
「いや、何でもないんだ。西川さんは元気だなって思ってただけだよ」
「綾ちゃん、田辺くんの事が好きなのかな……」
「そうじゃないの? いつも陽一郎を連れ回してるし。西川さんとそんな話はしないの?」
「しないよ? 私も聞かれたくないし……吉住くんは田辺くんと……その……好きな人の話ってするのかな?」
「陽一郎と? えっと……たまに聞かれるくらいだけど、そういえば陽一郎から西川さんの話って聞いた事がないな」
陽一郎から相澤さんの事を聞かれても、西川さんの話を聞いた覚えがない。
聞いたらダメな雰囲気がするんだよな……
「そうなんだ……それで、試合中なんだけどね……綾ちゃんと何の話をしてたの?」
こっちを見てなかったと思ってたけど、気付いてたのか。
「あー。その……相澤さんからチョコを貰ったのか聞かれたんだよ」
「綾ちゃん……また……吉住くん。ちょっと待っててくれるかな?」
そして相澤さんは席を立ち、西川さんを連れて何処かへ行ってしまった。
少しは貰えるかもって期待してたんだ。
あんな事があったから……
確かバレンタインの前だった。
『吉住くん。聞きたいんだけど……男の人って甘い物って大丈夫かな?』
「好みはあると思うけど、俺は好きだよ。退院の日に貰ったケーキも美味しかったし」
『うん。ありがとう! じゃあ作ってみるよ!』
そのまま電話が切れたんだ……
考えたら男の意見を聞きたかったみたいだったからな……
でも少し期待したんだ。義理でも相澤さんからなら欲しいと思ってた。
色々と考えていると相澤さんと西川さんが戻って来た。
西川さんは元気がなさそうだ……
「おかえり……どうしたの?」
「ううん。何でもなかったよ。綾ちゃんと少し話があっただけなんだ。そうだ……短期留学だけど、夏休みに決まったんだよ」
「夏休みか……春か夏って言ってたよね?」
「そうなんだよ。短期留学は2ヶ月あるんだよ。春休みに行っても帰って来るのが6月なんだ……新学期の初登校が6月は嫌だよ……だから夏休みが良いなって思ってたんだよ」
それは嫌だよな。クラス替えがあれば1人だけ2ヶ月はクラスの人と会わないからな。
「そっか。それなら2ヶ月は会えないんだな……」
「うん。そうだね……」
短期留学は相澤さんが希望してたから応援してあげたい。
海外からでも連絡は取れるだろう……
本当に取れるのか? 調べておこう。
「あのね……さっきのチョコの事なんだけど、手作りって……嫌いなんだよね?」
「手作りが嫌いって何の事?」
そんな事を相澤さん達に言った覚えはないけどな……
「西城の生徒さん達が話してるのを聞いたんだよ。吉住くんが手作りチョコを断ってたって……」
あれの事か……確かに断ったけど相澤さんが知ってるとは思わなかったな……
「その事か……嫌いじゃないけど断ったよ。取材を受けてた時なんだけど……中学の頃の話ってしたかな?」
「ううん。聞いてないよ」
「取材を受けてから……他校の女の子とかが殺到したんだよ……その時に手作りのクッキーやチョコもあったんだ……その中に食べ物じゃない物が入れられてて、それから手作りは断ってたんだよ」
あれは怖かったんだ……
変な毛とか入ってて……あれが何だったのか今も分からない。
高校でも俺を知ってる人が多いからか、義理チョコを渡して来る人が多かった。
知らない人も多かったから、今年も手作りは断ったんだ。
「でも……チョコはダメだけど……前にケーキは食べてくれたんだよね?」
「退院の時に貰ったケーキの事? うん、食べたよ。美味しかったよ」
「だからね……作って持ってきたんだよ……貰ってくれるかな?」
大きなカバンを持って来てるな……と思ってたけど、その中からケーキの入った箱を取り出して渡してくれた。
「良いの? ありがとう……凄く嬉しいよ」
「本当に食べてくれるのかな……」
相澤さんは小さな声で呟いてたけど、真横に居るので俺には聞こえた。
もしかして食べないって思ってるのか? 相澤さんからなら何でも食べるよ。
「美味しそうだね。今から食べても良い?」
「うん!」
箱の中には苺のケーキやチョコケーキ、他にも何個か入っていた。
取り出して食べようと思ったけど……ここでは止めておこう。
「相澤さん。中央公園に行かない? グラウンドからの視線が凄いんだ……」
ここは東光大学附属の野球部グラウンド。そこの内野スタンドだ。
練習中の部員からの視線が怖いんだよ……陽一郎と西川さんも見てるし。
「えっ? あ……そっ……そうだね! 綾ちゃん。私達は先に帰るね」
陽一郎は俺を見て頷いているだけだった。
その表情は真顔で、練習を見てるか分からない感じだ。やっぱり聞いたら駄目なんだと改めて思ったよ。
そして相澤さんと中央公園に向かった。
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