第63話 クリスマス花火②

「花火まで時間あるよね? 温かい飲み物を買ってくるよ。何がいい?」


「それじゃ、お茶かな。いつもありがとう」


 自販機で温かいお茶を2個買って、色々と考えていた。

 花火までもうすくだ……どうしようかな? 意識しないで行けたら良いんだけど……


「お待たせ。はい、お茶だよ」


「ありがとう。温かいねー」


 相澤さんはお茶を両手に持って、ほっぺたに当てていた。どの仕草をしても可愛い。


「相澤さんって手袋をしないの? 寒そうだなって思ってたんだよ」


「うん……持ってるんだけどね……何か手に合わないんだよ。冬場は乾燥もするし、大変なんだ……」


 やっぱり母さんと同じか……

 母さんもバイオリンを弾いている時は「使えないハンドクリームが多いから大変なんだよ」って言ってたからな。


「じゃあ、はい。これあげるよ」


 俺はラッピングされた袋を相澤さんに渡した。プレゼント交換用の写真立てを買った時に見つけて一緒に買っておいたんだ。

 そんなにシャレた物じゃないから受け取ってくれるだろう。


「えっ? 私に?」


「クリスマスだからね。大した物じゃないから気軽に受け取ってよ」


 相澤さんは袋の中から、手袋とハンドクリームを取り出した。


 ハンドクリームは母さんが唯一使えると言っていた物で、手袋も母さんのオススメだった。

 全て母さんの使っているメーカーだけど仕方がないと思う。母さんしかバイオリンを弾かないんだから。


「ハンドクリームと手袋?」


「そのハンドクリームなら使った後でもバイオリンを弾けると思うよ。その手袋もオススメだよ。一度試してみてよ」


「うん。ありがとう……ハンドクリームは困ってたんだよ……今から使ってみるね」


 相澤さんはハンドクリームを付けていた。

 相澤さんの手は、母さんと同じバイオリンを演奏する手だな……

 本当にバイオリンが好きなんだと分かったよ。


「そういえば、吉住くんは手袋をしないの?」


「どうだろう? する時としない時があるかな……気分次第? どうして?」


「うん……えっとね……」


 相澤さんはカバンの中に手を入れて、何かの包み紙を取り出していた。


「はい。これ……私も買っちゃったんだよ」


 相澤さんから受け取った物の中からは男物の手袋だった。

 俺の好きなスポーツメーカーの製品で、冬場の走り込みでも使える物だった。


「これ、俺の好きなメーカーだ……」


「うん! 前に一緒に見に行った時に覚えてたんだよ。冬場は走るって言ってたから、使えるかなって思ったんだ」


 相澤さんは俺の反応に嬉しそうだった。


「ありがとう! 明日の走り込みから使うよ。今も使ってみる……うん、良いと思う」


「お互いに手袋が被っちゃったねー」


「ハハハ、そうだな」


 お互いに手袋をはめて見ていると花火が打ち上った。どうやら始まったみたいだった。


「綺麗だね……冬場の花火も良いね」


「夏とは違って空気が澄んでるから、綺麗な気がするな」


 相澤さんと一緒に見てるから……とは言えなかった。相澤さんは花火をずっと見ていた。


 俺は花火と相澤さんの両方を見ていた……

 いや、本当は楽しそうにしている相澤さんを見ていたんだ。


 そしてクライマックスの大きな花火が打ち上がって、周囲でも歓声が広がっていた。


「終わっちゃったね……」


「うん。終わったな……」


 花火が終わって周囲を見たら、カップルや家族連れの人達が駅の方に向かっていた。


「皆、駅の方に向かってるよ。俺達も遅くならない間に帰ろっか?」


「……帰りたくないな」


「えっ? どうしたの?」


 相澤さんは花火が終わったけど、花火が打ち上がっていた場所を見上げ続けていた。

 綺麗だったから余韻に浸っているんだと思う。確かに綺麗だったから……


「ううん……私達も帰ろっか……」


 相澤さんとシートを畳んで片付けて、ゴミ箱にゴミを捨てた。後は駅に向かうだけだ。


「また見に来たいな。綺麗だったし」


「そうだね……えっと……あのね……」


 帰るだけになっていたけど、相澤さんが下を向いたまま動かなかった。


「どうしたの?」


「ううん……何でもないよ。行こ?」


 顔を上げた相澤さんは何故か泣きそうな表情をしていて、急に歩き始めた。

 周りを見ていなかったのかシートを押さえていた石に躓いた。


「きゃっ!」


「危ない!」


 俺は咄嗟に相澤さんの体を引き寄せた……転ばなくて良かった。


「相澤さん大丈夫?」


 返事が返って来ない……

 相澤さんは俺の両腕の中だった。

 相澤さんを前から抱きしめる形になっていた。


 相澤さんは黙ったままだ……

 まずい……俺の体も動かない……このまま動きたくない……


 そのまま俺も相澤さんも無言だった。


 数秒? 数分? どのくらい時間が経ったのか分からない。


 ただ、相澤さんを抱きしめていたままだった。


「吉住くん……」


 相澤さんの声が聞こえて我に返った。


「ごめん。転けそうになったから……つい……本当にごめん……」


「見てなかった私が悪いんだよ」


「そうだ……さっきなんで泣きそうだったの?」


「昔から花火って好きなんだよ。だけど、終わったら……終わっちゃったって思って寂しくなるんだよ」


「そっか……花火なら夏もあるし、買って来てもできるよ。今度は花火でもやろうか? 暖かくなってからだけど」


「うん、分かった。約束だよ」


 そのまま帰る事になり、出口に向かっていた。今年のクリスマスは楽しかった。

 ただ、さっきの事もあって、俺はずっとドキドキしてるんだけどな……

 相澤さんを見たら普段と変わらない感じで歩いている……何とも思わないのかな……


 そのまま電車に乗って、家まで送る事になって相澤さんの最寄り駅の本庄駅に着いた。


「着いた……今日は遅くなったけど大丈夫だった?」


「うん。大丈夫だよ。花火を見るって言ってきたから……もうすぐ家だね……」


「そうだな……今日は楽しかったよ」


「うん。私も楽しかったよ」


 相澤さんは笑顔で俺を見上げていた。

 俺と同じ気持ちで嬉しかった。


「相澤さん……あのさ……」


 やっぱり俺は相澤さんが好きだ。

 抱きしめた時に離したくないと思ったんだ。



「あー! 遥香と吉住くんだ! 2人で何してんの? もしかしてデート? 何処に行ってたの?」


「えっ? 綾ちゃん!」


 後ろから声が聞こえて振り返ったら陽一郎と西川さんだった。同じ電車だったのか?

 もしかして……この2人も花火だったのか? 陽一郎は無言で俺に手を上げている。


「吉住くん! 綾ちゃんと帰るから大丈夫だよ! ほら、綾ちゃん帰るよ。また連絡するね!」


「あ、ああ。またね……」


 西川さんは相澤さんに背中を押されて行った。今日の相澤さんは西川さんと居ると元気だよな……また、普段と違う相澤さんが見れた気がする。


「陽一郎、俺達も帰るか」


 陽一郎は無言で頷いていた。


 俺達の帰り道は無言だった。俺も聞かれたくないし、陽一郎はもっと聞かれたくない感じがする……


 相澤さんとの最後は、何だったのか分からない別れ方だったが、楽しかった。


 そして今年のクリスマスが終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る