第56話 久しぶりの取材

「ブルペンに居るのは吉住だよな? 投げれるのか?」


「対戦できるならやりたいな。登板してくれないかな」


「あれって取材なの? やっぱり有名んだな。何で公立に入ったんだろうな?」


 練習試合の間、俺はブルペンで投げていた。軽くなので、捕手は立たせたままだ。


「投げていて足の方はどうなの? 痛みは無いの?」


「今の所は大丈夫ですね。医者とリハビリの先生からも守備練習以外の許可は貰ってますよ。走り込みも冬場にやって夏の予選には間に合います」


「うん。これなら吉住復活って書けそうね」


 試合中だけど、俺は1人で取材を受けていた。記事を読んで入学希望者が増えれば良いんだけどな。


「でも珍しいね、取材を受けるなんて。以前は私達は受けて貰ってたけど、途中から全て断られてたもんね」


「他の取材で嫌な事があってから全て断ってたんですよ。美咲さんの取材まで断る様になってしまって申し訳なかったです。これからは前みたいに受けますよ」


 彼女は小川美咲さん。地元紙の記者をやっている。高校時代に野球部のマネージャーをやっていて、野球には詳しい。中学時代にも取材を受けていた。


 俺達の事にも理解があって、無理も言ってこなかった人だ。美咲さんの取材だけは断るのが心苦しかったんだ。


 取材を受ける事を決めてから、監督が各方面に連絡をしてくれていた。


 そして、一番最初に取材申込みに来たのが美咲さんだったらしい。

 

 俺も久しぶりの取材だから美咲さんで良かったと思っている。


「久しぶりに近くで見たけど、中学時代より良い球を投げるね。これで軽くなんだよね?」


「軽くですよ。投げれない間に体幹トレーニングと柔軟を中心にしてたのが良かったかもしれません」


 美咲さんと色々と話し、県内のライバル校の情報も少しは聞けたので良かった。ライバル校の方が俺の状態を知りたがっていたみたいだが、隠す必要もない。


 取材も終わり、美咲さんが帰る時にある事のお願いをした。少しでも分かれば良いんだけど……


 それからチームに合流し、試合は最終回で4対2で勝っていた。琢磨が投げて最後の打者を打ち取っていた所だった。


「今日も勝ったでー! 流石は俺や!」


 琢磨は投げる時は騒ぐので、全員が聞き流していた。それが見慣れた光景になってきたな。


「寛人、取材はどうだった?」


 近くに来ていた陽一郎が聞いていた。


「軽くだけどボールも良かったから美咲さんも驚いてたよ」


「中学時代までしか知らないからな。それで、このまま西城シニアに行くんだろ?」


「爺ちゃんにも、昼過ぎには行けるって言ってるから着替えたら行くか。監督にも事情を伝えてるから挨拶してから行こう」


 陽一郎と監督に挨拶をして、部員達にも説明をした。


「健太も西城に来るのー?」


「健太を説得して来てよね!」


 翔と翼も西城高校の受験を喜んでいた。

 

 まだ決まってないんだけどな。琢磨は騒いでいて全く聞いていないな。健太と仲が良かったんだけど……まぁいいか……


 そして陽一郎と学校を出た。西城シニアの練習場所は西城駅から電車に乗らないと行けないんだ。


「寛人……健太の事も良いけど明日は大丈夫なのか?」


「相澤さんの事か? うん……連絡はしたけどやっぱり返信が来ないな……嫌われてしまったのかな……」


「惹かれてるとは聞いたけど、どっちなんだ? 好きなのか?」


 今日の陽一郎は突っ込んで聞いてくるな……どこまで話すか迷うな……


「相澤さんの事を好きだよ。西川さんには絶対に言うなよ」


「それは分かってる。それから相澤さんと何かあったんだろ?」


「分からない。俺が知りたいよ……」


 嫌われてしまったんだろうな……学園祭と文化祭……一緒に過ごせて楽しかった……理由だけでも知りたいけど、俺が悪いんだろうな……


「相澤さんにはもう一度、明日の事を連絡しておくよ。来てくれるのを待つしかないよ」


 電車に乗って、目的地に到着した。


 久しぶりに来る西城シニアの練習場だな。こちらの練習も終わっていて、爺ちゃんと健太だけが残っていた。


「監督こんにちは。健太も久しぶりだな」


「寛人さん、お久しぶりです。今日はありがとうございます」


 練習や試合のグラウンドでは爺ちゃんと呼んだら怒られるから監督と呼んでいたんだ。


「寛人に陽一郎、来てくれて悪いな。連絡していた通りなんだよ」


「健太が西城に来たいって言ってた事ですね。それで健太……何が知りたいんだ?」


「寛人さんの怪我の状態を知りたいんです。投げられるのか? 中学の時より凄くなってるのか? それが知りたいんです」


 俺の怪我の事か……まだ軽くしか投げてないから俺にも分からないぞ?


 どう答えるか迷っていたら陽一郎が言った。


「打席に立って見てみるか? 打てそうなら打ってみたら良い」


 無理だろ……軽くしか投げてないんだぞ。


「良いんですか? 寛人さん、お願いします」


 陽一郎は何を言ってるんだよ。爺ちゃんも止めろよ……


「……という事だ。寛人、頼んだぞ」


「分かったよ。軽くしか投げないし打たれても怒るなよ?」


 またユニフォームに着替えてマウンドに立っていた。マウンドか……久しぶりだ。


「健太、いつでも良いぞ」


 投球練習を終えて健太を呼び、打席に入って来た。


「寛人さんが大丈夫か見させて貰います」


 1球目を投げた。健太はバットを振らず見送った。


 2球目も投げた。今度はバットを振り、ボールは外野のフェンスに直撃した。


 健太は少し残念そうな顔をしていた。フェンスを越えなかった事なのか、俺のボールを残念に思ったのか分からない。


 やはり打たれるのは気分が良いものじゃないな……


「陽一郎、構えてくれ。少し力を入れるぞ」


「おい! 寛人!」


「本気では投げないから安心してくれ」


「分かったよ! その代わりこれが最後だからな」


 俺は3球目を投げた。さっきよりも力を込めた。健太は打ったが、ボテボテのピッチャーゴロだった。


「健太、これ位は打てないと高校では通用しないぞ? 俺の状態が気になっていたみたいだけど、それじゃ西城に来てもレギュラーにはなれないぞ」


「思ったよりボールが速かったので……これじゃ言い訳ですね……寛人さん、陽一郎さん。バットを振っておきますので、来年からお世話になります」


 健太は西城高校の受験を決めたみたいだ。健太の成績なら大丈夫だろう……去年の琢磨より成績は良かったはずだからな。


 陽一郎と着替えてグラウンドを出て帰宅した。


 後は相澤さんか……野球の方が楽に思えるよ……試合だと陽一郎の構えたミットに投げれば良いんだけどな……


 相澤さん相手だと、何処にボールを投げたら良いのか分からない……


 そして翌日、遊園地に行く朝を迎えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る