第53話 気持ちの変化

 俺は西城市の自宅に戻っていた。


「母さん、遥香ちゃんは同じ県内に住んでるみたいだ」


「そう……このまま母さんも分かる人を探してみるわね。それで寛人……この前は遥香ちゃんと会わないと進めないとか言ってたけど、大丈夫なの?」


「大丈夫だよ。会えなかったけど、気持ちの整理はできたから。ただ、遥香ちゃんを探す事は続けるけどね」


「そんな状態で本当に整理できてるの?」


「整理はしたよ。ただ……遥香ちゃんが元気に過ごしてるのか、それだけでも知りたいんだ。俺の大事な幼馴染だから……」


 母さんは納得していないと思う。気持ちの整理が付いたって言ってるのに、探すのは止めないとも言ってるんだから……


 何て言ったら良いのか分からないんだよな……


 遥香ちゃんは大事な幼馴染。相澤さんは一緒に居たいし、大切にしたい……本当に好きだと思える女の子なんだ。


 遥香ちゃんの居場所を知る為にやれる事はやったと思う。次は、俺の考えてる事を実行するだけだ。陽一郎と監督にも話しておかないとな。



 そして翌日の朝、陽一郎が迎えに来た。


 陽一郎の家から、最寄り駅に向かう途中に俺の家がある。決して迎えに来させてる訳ではないんだ。


 中学の頃は、学校が陽一郎の家の近くなので、俺が迎えに行っていたからな。


「寛人、おはよう。進展があったのか? 顔がスッキリしてるぞ」


「おはよう。少しだけな……それで話があるんだが、俺……取材を受ける事にしたよ」


「はあ!? 本当なのか?」


 やっぱり驚いているな。正直、俺も取材を受ける気になるとは思ってもいなかった。


 俺は取材が大嫌いだ……中学の頃も全国優勝をして騒がれた。それ以前にも取材が来ていたんだが……記者達の遠慮の無さに嫌気がさしてから全て断る様になった。


 冬場で投げない時期なのに「投げろ」やブルペンで練習してる真横でカメラのシャッターを切りまくって「次はこうしろ」とか……邪魔しかしてこない。


 そして記事になった時、他校の女子生徒達が正門前で俺を待ち伏せる様になった。あれは……本当に恐ろしかった……


 高校に入ってからも、取材の申し込みは全て監督が断ってくれていたんだ。


「寛人、本当に良いのか? 俺も中学の時の取材の酷さは見ていたから知ってるけど……何があったんだ?」


「幼馴染だよ……住所は分からなかったけど、同じ県内に引っ越した事だけは分かった。県内に住んでいれば記事を見てくれるかもしれない」


「それでか……あれだけ注目される事を嫌っていたのに真逆になったな」


 陽一郎は笑って答えていた。確かに真逆の考えになった。リハビリが終わって野球で結果を出すだけだし、やる事は変わらない。


「甲子園に行く目的が増えただけだよ。今まで幼馴染から連絡がなかったんだ……向こうは俺の事なんか忘れてるかもしれないけど……ただ、俺の事を忘れてないなら……記事がキッカケになるかもしれないだろ?」


「公立に入って強豪を倒して甲子園……記者が喜びそうなネタだしな。俺達が西城に入って良かったと思える結果を出すしかない……幼馴染に見付けて貰えたら良いな」


 そして監督にも取材を受ける事を伝えた。怪我をする前より怪我をした後の方が申し込みが多かったらしい。同情を引く記事にしたかったそうだ……やっぱり断りたくなる……



 文化祭も終わって、遥香ちゃんを探しに行くのも終わった。11月に入って野球部は練習試合が増えてきている。


 高校野球の規則では、12月から対外試合が春まで禁止になる。


 秋季大会に負けたけど、エース不在でベスト8だった事もあり、練習試合の申し込みが多く、相手選びが楽だと監督が言っていた。



 2週間が過ぎ、足を怪我してから4ヶ月が過ぎた。


「うん、大丈夫そうだね。そろそろ走ったりしても良いよ。ただ、リハビリの先生と相談する事。絶対に無理をしたらダメだよ」


「分かりました。透さん、ありがとう……今からリハビリの先生に相談してくるよ」


 俺は主治医の透さんの所に検査に来ていた。部活で見てるだけなのは辛かったからな……


 リハビリの先生にも走り込みの許可を貰えた。ただし、少しずつという条件付きだ。部活の参加については、キャッチボール程度のみ許可が出た。守備練習等の負荷が加わる練習はダメだった。


 バッティングピッチャーで軽く投げる事は大丈夫だった。


 俺は嬉しくて、検査結果を陽一郎と監督に報告した。


 後は相澤さんにも報告しようかな。



 でも、止めておいた方が良いのかな……



 最近、相澤さんの様子がおかしい……


 嫌がられる事をした記憶はないんだけどな……


 文化祭も楽しそうにだったのに……その日から会ってないのに……理由も分からない。



 準々決勝に負けた次の週だったから、先週の事だ……


 西川さんと山田さんからグループチャットが入ったんだ。


『寒くなる前に遊園地に行きたい!』


『今年は1回も行ってないんだもん!』


 陽一郎が『月末の日曜日しか行けない。それ以外は練習試合があるから無理だよ』って返信をしたんだ。


 琢磨と山崎兄弟も『行きたい!』とメッセージが入っていた。


 それから、何故かグループに参加している和也と奥村も会話に入って来たんだよな。


『俺達は室内練習場でバッティング練習の予定が入ってるから無理だ』これが和也からだった。


 そして奥村は『相澤さんは行くの?』だった。


 奥村……お前は練習しないのか? 室内練習場を使わないなら俺達に使わせて欲しい位だ。


 奥村はやっぱり何を考えてるのか分からない奴だと思う。試合中も相澤さんの事を言ってたしな。


 そして相澤さんは一切会話に入って来なかった。「大人数の時には無理しなくて良いよ」って言っていたので、入ってこなかったんだと思う。


 俺はどうするのか気になり、直接メッセージを送信したんだ。


「西川さんと山田さんが遊園地って言ってるけど、相澤さんはどうするの? 俺達は月末なら大丈夫だよ」


 既読は付いているけど、しばらく返信がなかった。


 そして、しばらく経ってから……


『私は行かないよ。皆と楽しんできて』


 内容も普段の相澤さんとは違っていた。


「どうかしたの? 大丈夫?」


 何かあったのか尋ねてみても、その後は既読が付いただけで返信が来なかった。


 本当に理由が分からない……


 メッセージで相澤さんに検査結果を報告しようとしたが、送信前にスマホを閉じた。

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