第26話 土曜日

「ここ難しい……弾けないよ……」


「そうだね、寛人は同じ所で弾き間違えてしまうね。お父さんが弾いてみるから、動きを良く見ててごらん」


「うわー! お父さんはやっぱり凄いね!」



 やっぱり上手く弾けないな……

 

 父さん……今でも同じ所で間違うよ……


 あの日から触ってなかったから7年振りのピアノか……


 あの時は母さんが取り乱して凄かったし、数年は酷かったから……


 突然の事だったな……あれから数日も経たないまま引っ越しになって、爺ちゃんの住んでいる西城市へ来てからも、母さんは酷い状態だった……今も父さんと過ごした街の話は一切していない。いや……出来なかった……はるかちゃんの事も聞けないままだもんな……


 今度、透さんに相談して大丈夫そうなら「はるかちゃん」の事を母さんに聞いてみるか。



 土曜日になり、予定していた部活の練習に向かった。


「琢磨、投げてみて。ストレートでいいから」


「おりゃーっ! どうや、ええやろ!」


 変な声を出すなよ……その為か、体に力が入っていて硬いな。


「琢磨、硬いな。力んでも良い球はいかないぞ。こっちに来てみろ」


 琢磨の横に立ち、下半身の使い方とグローブを使う方の腕の使い方を伝えた。


「おりゃ! これはどうや!」


「そうそう。良くなってるよ。後はシャドーピッチングでフォームを固めだな」


「うおー! 流石は俺やっ!! これで俺もエースや!」


 琢磨は練習でも騒がしいな。次は先輩の投球を見るか。


「そうです。凄く良くなってますよ」


 先輩達も良くなっていた。やっぱり俺も投げたくなってくるな……


「寛人。ダメだからな」


 陽一郎にボールを手に取って眺めて居たのを見られていた。


「分かってるけど投げたくなるな。リハビリが終わるまでは顔を出さない方が良さそうだ。今日みたいに必要な時は言ってくれよ」


 監督に3人の投球の内容を伝えて、全員に挨拶を済ませてグラウンドを後にした。


 帰る用意をしていると、スマホが点滅している事に気付いた。


 メッセージが入っていて高橋さんだった。

紙がどうのと要点が掴めないな。焦っているのは分かったし電話をかけてみるか。


『もしもし! 吉住くん!』


「高橋さん。どうしたんだ? 急いでるのか文字も間違ってて分からないぞ」


『アンケート用紙が足らないのよ! 吉住くん持ってない?』


「ちょっと待って。鞄を見てみるわ」


 まずい……何か入ってる……これか?


「あ……クラス数人の『それよ!』アンケート……」


『月曜日の登校してすぐに提出なのよ。吉住くん、今はどこ?』


「学校に居る。高橋さん……済まない。今から帰るし持っていくよ。何処まで行けばいい?」


『それなら私も西城駅まで向かうわ。先に着いた方が連絡する事!』


 電話は勢い良く切れた。申し訳ない事をしたな……高橋さん……怒ったら怖いからな。俺が悪いのに待たせたらダメだな。早く向かうか。


 指導だけだったのでユニフォームを着てなかったのが幸いした。


 西城駅に到着し、高橋さんにメッセージを送信した。すぐに「20分程で到着する」と連絡が入った。


 やってしまったな……休みの日なのに悪かったよな……改札前で待ってた方が早いな。


 10分程待っていたら電車が到着し、降りる人も多く、半数以上の人がショッピングモールへ向かう。その中から制服姿の相澤さん達を見かけた。友達と一緒に学校へ向かうみたいだ。彼女も改札口前に居た俺に気付いたみたいだ。


「あれ? 吉住くん。こんにちは。こんな所でどうしたの?」


「……えっ?……遥香?」


「こんにちは。待ち合わせなんだよ。実は文化祭実行委員なんだけど、月曜日に提出する書類を渡し忘れちゃってて……取りに来るって言うから待ってた。相澤さんはこれから部活?」


「……あの?……遥香?」


「うん。部活だよ。うふふ……吉住くんも渡し忘れとかしちゃうんだねー」


「ハハハ。俺だって忘れ物はするよ。どんなイメージを俺に持ってたんだ?」


「遥香……呼んでるんだけど……」


「うん?……何? 綾ちゃん。どうしたの?」


「いや……アンタがどうしたの?……この人……誰?……何なの?」


 相澤さんの友達が、珍獣でも発見した様な目を俺に向けながら聞いてきた。変な人だな……友達が知らない人と話を始めたからって、そこまで驚くことないだろ? 俺から挨拶しておくか。


「すいません。通学途中でしたよね。俺は吉住寛人、相澤さんのお婆さんが入院してた病院で同室だったんですよ」


「あ……はい……西川って言います……」


 聞いてきたから答えたのに、聞いてなさそうだな……やっぱり変な子だな……琢磨を見てる様だ。


 挨拶をしてると背後から声が聞こえた。


「吉住くん。待ったかしら?」


「ああ、高橋さん、大丈夫だ。本当に悪かったね」


「書類があったのならいいわよ。それよりそちらの2人は知り合いなの?」


「うん。知り合いに偶然会ったんだ。こちらが相澤さんで、もう1人が……えっと……西川さんだっけ?」


「こんにちは。相澤です」


 相澤さんはお辞儀をしながら挨拶をしていたが、その姿も綺麗だった。ちなみに西川さんは返事が無かった。やっぱり変な子だ。


「それで、こちらは同じ学校の高橋さん」


「こんにちは。吉住くん、もう良いかしら? 早くしたいのよ」


 高橋さん……やっぱり怒ってたな……


「そうだな。じゃ俺達は行くよ。西川さん足を止めさせてゴメンネ。相澤さんもまたね」


「うん。吉住くんまたね」


 相澤さんは可愛らしく小さく手を振っていたので俺も軽く手を上げて応え、高橋さんと移動した。


「綾ちゃん。私達も行こっか♪」


「……遥香?……どういう事なの?」


「何が? さっき吉住くんが言ってたとおりだよ?」


「……遥香……詳しく説明しなさい」


「ごめん、綾ちゃん……何を言ってるのか分からないよ」


 この2人も振り返って学校へ向かって行った。



 綾ちゃんには、入院していた吉住くんが私の祖母と同室だった事だけを伝えた。


 色々と言われそうだから内緒の方が良いよね。綾ちゃん、何かニヤニヤしてるもん……

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