第4話 試合の行方

 右足から変な音が聞こえ、俺はそのまま倒れ込んだ。激痛の中、ボールだけは離さなかった。



 遠くで声が聞こえる……。




「寛人~!」


「吉住っ!!」


「寛人! 立てるか!!」


「吉住くん!! 大丈夫なの!!」


「吉住! どうなんだ!」



 味方のスタンドからも、俺の名前を叫ぶ母さんと、義父の透さんの声が聞こえる。


 立つ事も出来ず、動けない俺はタンカで運ばれて、救急車で病院に運ばれた。


 救急車には母さんと、透さんも乗り込み、「東光大学附属病院に行ってください!」と透さんが叫んでいた。


 母さんは俺の様子に耐えられず、ただ「……寛人」と呟いていた。




 試合終了のサイレンが鳴り響いた。



 西城高校側はスタンドは勿論、グラウンドの選手達も呆然した表情で涙を流していた。


 所々から「寛人……」「吉住くん……」と鳴き声と共に、いなくなったエースを呼ぶ声が聞こえていた。





 私は試合の見方が分からないままだった。


 8回裏のあの瞬間から、何も考えられなくなっていた。


 ただ、母校が勝った事だけは分かった。


 周りでは、勝った事を喜んでいる人もいれば、喜んで良いのか分からず、何とも言えない表情で喜びを我慢している人もいて、様々だった。


「遥香、終わったし帰ろう……えっ!?」


 綾ちゃんは驚いた表情を私に向けていた。


「遥香……どうしたの? 大丈夫?」


 私は綾ちゃんが何を言ってるのか分からなかった。


「綾ちゃん、どうしたのって……何が?」


「あんた……泣いてるよ」


 私は「えっ?」と思うと同時に、頬を伝う涙に気付いた。


 気付いた時には理由が分かってしまった。



 あんなに頑張ってたのに……


 あんな風に途中で交代しなければならなかった悔しい気持ち……


 相手チームの吉住くんの名前を呼びながら泣いている悲しい気持ち……


 怪我して運ばれて行った子がいるのに、何で喜べる人がいるんだろう……


 そんな色々な事を考えてたんだ……


「遥香……西城高校の泣いている子達を見ちゃったからでしょ? いつも相手の事を考えちゃうし、さっきの運ばれて行った子の事も考えてるんでしょ?」


「……うん」


「だよね……でも泣くまでの事って初めてじゃない?」


「そうだね……怪我した子がいるのに、こっちには勝って喜んでる人達もいて……『何でだろう』って色々考えちゃって」


「勝ち負けのあるモノだし、学校としては勝ったから仕方ないんじゃないかな? でも、さっきの運ばれて行った子……大怪我じゃないと良いね」


「そうだね……無事だと良いね……」





 目を覚ますと白い天井が見えた。



 何で寝てるんだ?



 今日って試合じゃなかったっけ?



 ボーっと考えてると意識が戻って来た。



「試合っ!!」


 叫んだ瞬間、横から声が聞こえる。


「寛人……ごめん……」


「俺ではダメだったよ……」


「………」


 陽一郎、琢磨、翔、翼、そして母さんがベッドの横に佇んでいた。


 そうだ……あの時……俺はランナーと交錯したんだ…


「陽一郎、試合はどうなったんだ?」


「2対1で負けた……」


 続いて琢磨が声を絞り出す。


「最終回……俺が投げたけど……やっぱりアカンかったわ……寛人みたいに投げれんかってん……ゴメン……」


 琢磨は無言になり嗚咽を上げていた。


 俺は自分の気持ちを正直に伝えた。


「皆……最後まで投げれなくてゴメン。来年こそは甲子園に行こうよ。試合中に思ってたんだ……俺はこの5人で西城高校に入って良かった。甲子園常連校にだって負けてないって」


 母さんは俺達の会話に入らず見守ってくれていた。5人は徐々に笑顔も出てきて、俺以外の4人は自宅へ帰って行った。


「寛人くん。目が覚めたのかい?」


 透さんが白衣を着て入って来た。透さんは東光大学附属病院で整形外科医として働いている。


「透さんが診てくれたんだ。いつ頃に治る?」


「……」


「透さん?」


「寛人くん……交錯時の衝撃を受けた際、アキレス腱断裂と合わせて、内果骨折をしてるんだよ。まず8週はギプスで固定で、夏休みの間は入院してて貰うよ」


「分かった。来年に間に合うなら大丈夫だよ」


 透さんと母さんは静かに笑っていた。


 無理して再断裂させないようにしないとな……寛人くんは投手だし、軸足だから問題無いと良いんだけど……

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