『姫』と『勇者』の運命は

夕景あき

運命の相手

「おい!ティナ姫、それ以上行くと森の霧の結界を出ちまうぞ!」


幼なじみで同じ年のガイルに声をかけられて、私は振り向いた。


「姫って言うのやめてって、言ってるでしょ!『次の族長を産む運命にあるから、お前は姫だな』って、祖父にテキトーな渾名をつけられたのよ。こんな小さな村で、そんな馬鹿みたいなあだ名付けられて、姫だからと言ってこの村に縛り付けられるのは、もうウンザリなのよ!」


「姫ぐらい、いいじゃねぇか。俺なんかお前の爺さんに、この村で1番魔力が高いからって『勇者』なんて大層なあだ名つけられてる上に、『17歳になったら、運命の相手を探しにこの村の外へ行くだろう』なんて予言まで貰ってるんだぜ!俺、来月17歳だよ。本当に嫌だよ。俺は村にずっと、いたいのに·····」


ガイルの言葉に、私は胸が締め付けられる思いがした。それを隠すように、あえて私は皮肉気な声色で言った。


「村の外に出たくても、出られない運命の私の前で、よくそんな贅沢な悩みを言ってくれるわね!」


私の言葉にガイルは、もどかしそうに頭をふった。


「そもそもお前はなんで、そんなに村を出たいんだ?」


「本物の花とか·····とにかく、外の素敵な景色を見てみたいのよ!」


濃霧の立ち込めているこの村には、蔦や苔ばかりで花が咲かない。家で黄色のポピーの押花を見つけてから、本物の花を見るのがいつしか私の夢になっていた。

そんな私の言葉を聞いて、ガイルはその金色の目を細めて笑った。


「花か·····お前好きだよな、そういう綺麗なの。顔に似合わず!」


「うるさいなぁ!どうせ私に、綺麗なものは似合わないわよ!夢を見るのは自由なんだから、放っておいてよ!もう、腹立つ!」


そう言いながら繰り出した私の渾身の右ストレートを、ガイルはパシリと左手で受け止めた。

ガイルは腕力も魔力もこの村1番の力を持っているので、受け止められるのは想定内だった。しかし、ガイルは私の右手を握ったまま、離してくれないのは想定外だった。

固くてひんやりとしたガイルの左手の感触に、私の鼓動は早くなった。

慌てる私を見ながら、ガイルは真剣な表情で私の目を見て言った。


「夢見るのはいいが、お前は1人でこの森から出るなんて考えるなよ?村で1番魔力が弱いんだから。最近ローマン帝国の奴らが不穏な動きをしてるって父さん達が集会で話していたぞ」


「分かっているわよ·····手を離して!」


ガイルは名残惜しそうにしながら、ゆっくりと私の手を離した。


私達一族は、17歳になった途端に運命の相手を本能で察知して、探しに行くことがある。

実際、ガイルの父親は遠方の国にいたのに、17歳になった途端、運命の相手の気配を察知したとの事で、この村にやってきて伴侶を見つけたのだ。


予知の能力に長けている祖父の予言は、100%当たる。

だから『次の族長を産む運命にあるため、この村を出られない私』と、『17歳になったら運命の相手を探しにこの村を出ていく運命のガイル』は絶対に結ばれることは無い。


だから、私はガイルへの思いを断ち切ろうと何度も思った。でも、恋心は消えてくれなかった。

ガイルにこの恋心は絶対に悟られてはいけない、そんな思いが先立ち、彼に対して私はいつもツンケンドンな態度をとってしまう。

そんな自分に自己嫌悪する毎日だ。


姫という名とともに私は一生この村に縛り付けられ続けるのに、来月にはガイルは運命の相手を探しに村を出ていってしまうのだと思うと、苦しくてたまらなかった。


私の一族は、強大な魔力を持っている。

それなのに、こんな深い森の奥に隠れ住んでいるのは、私の曾祖父のせいだ。

やんちゃだった曾祖父は、ローマン帝国にちょっかいを出し、魔法で暴れ回った。

その結果、私の一族は忌避されてローマン帝国の人間に追い回されるようになった。

数人相手では私達は負けないが、数万という戦力を相手にし、かつ反魔法の力を駆使されては、勝てなかった。

同族達はローマン帝国の人間に捕まり、死んでいった。捕まったら最期、ローマン帝国の人間達は体に高い魔力を宿している私達の死体の眼球や爪の先まで保存して利用し尽くすのだという。

そして、生き残り逃げ延びた同族達は深い森の奥に隠れ住むようになった。森にはいつも濃霧がたち込めており、多くの魔物がいるので、ローマン帝国の人間は森の奥までは入ってこれないのだ。


1度だけでいいから、村の外に出たい。

そうだ、村の外で花を摘んで押花にして17歳の誕生日に旅立つガイルに渡すのは、どうだろうか。

私の魔法で、溶けない氷をつくり押し花を入れたお守りを作るのだ。

外の世界で花を見る度に、ガイルは私を思い出してくれるかもしれない。

そんな考えが閃いてからは、いてもたってもいられなかった。

そして私は、村の結界の外に出てしまったのだ。


村を出て霧が晴れた先には、陽のあたるポピーの花畑があった。

夢のような光景にうっとりとしていた私は、周囲をローマン帝国の軍人に囲まれていることに気づけなかった。

気づいた時には数百の軍勢に包囲されており、私も魔法で応戦したが、反魔法を使える魔導師が何名もいたらしく、私は抵抗虚しく捕えられた。


そして今、こうして地下牢に魔法封じの手枷と足枷を付けられた状態で拘束されている。

一族の皆は心配しているだろうか。探してくれてるかもしれない。でもこんな地下牢にいては、誰にも見つけられないだろう·····。

なんて自分は愚かだったのか。


食事は時折、鮮度の悪い肉や魚を放り込まれるだけだ。初めは見向きもしなかったが、数日を過ぎる頃には、生きながらえるために仕方なく腐った肉を食べることにした。

一口食べて、食事に薬が含まれている事が分かった。おそらく従順にさせるための薬だろう。

迷ったが、薬なんかに私は負けないと決意し、空腹を満たすことを優先させた。

きっと服従か死ぬかでしか、この地下牢からはもう出られないのだろう。

私は絶対に服従はしないから、一族の誇りを胸に私はこのまま死ぬのだろう。

こんな事なら、ガイルに未練たらしく花を渡そうなど考えずに、潔く思いを告げれば良かった。


それから数週間経ったある日、ローマン帝国の王子が護衛の兵士を引き連れて牢屋に訪れた。

金髪碧眼の王子は、私をじっとりと観察してから横柄に言った。


「私はローマン帝国の第1王子クリストフだ。隣国を攻め落とすためにお前の力が必要だ。私に服従するならば、お前を解放してやる」


食事に入れた薬の効果で、私が従順になっているのだとでも思っての発言だろうが、大間違いだ。


「絶対に嫌よ」私が、そう言おうとした瞬間、地下牢の上から騒々しい音が轟いた。爆発音と瓦礫が崩れる音が絶え間なく響く。


「王子!大変です!襲撃です!!」


伝令からの言葉を聞き、王子と兵士達が慌てて、地下牢の出口に向かった瞬間、入り口が弾き飛ばされて巻上がる煙と共に、大きな黒い影が入ってきた。


「ティナ姫、無事か?」


「ガイル!」


地下牢の隅で恐怖に固まる王子と兵士達には見向きもせずに、ガイルは地下牢の檻を腕力でねじ曲げて私の横に来た。そして、私の魔封じの手枷と足枷を噛みちぎった。

解放された途端、魔力が全身を巡ってふらついた私を、ガイルが抱きとめてくれた。そのままガイルは私に囁いた。


「立てるか?」


「どうしてここにいるって分かったの?」


「あー、その話は後でする。まずはここから出るのが先だ」


ガイルはそう言うと、大きく息を吸い込み、地下牢の頭上に向かって業火を吐き出した。

業火はすべてを焼き付くし、地下牢の天井は消し炭になり外へと続く大きな穴ができた。

外は夜だったようで、夜空には満月と星が輝いていた。

ガイルはローマン帝国の王子に振り向くと、唸るような声で言った。


「もう二度と竜族には手を出さないと誓え。さもなくば、この国ごと消し炭にするぞ。俺には反魔法が効かない事が充分わかっただろ?」


王子は青白い顔でこくこく頷き、震えながら言った。


「誓います!末代まで誓います!なので、どうかお許しください!」


「ティナどうする?こいつらがお前に酷いことをした様なら、全員殺すが?」


ガイルの言葉に、私は首を振った。


「殺さなくていいよ。それより、早く帰ろう」


私の言葉にガイルは頷くと、大きな黒い翼を広げた。私もガイルと同様に翼を広げ、ガイルと同時に夜空に飛び立った。


並んで夜空を飛行しながら、私はガイルに問いかけた。


「迷惑かけてごめんね。助けてくれて、ありがとう。ガイルって本当に強いのね」


「まぁ、勇者だからな」


ガイルはニヤリと笑って私を見て、それから急に真剣な表情で言った。


「俺がお前の居場所が分かったのは、運命の力だ」


「運命って、あの、『17歳になったら、運命の相手を探しにこの村の外へ行くだろう』っていう?」


私が頭を傾げると、ガイルは急に私の進行方向を塞ぐように立ち塞がった。

私は急に止まることが出来ずに、ガイルの胸のあたりにぶつかった。

私の白い鱗とガイルの黒い鱗がぶつかり、何枚か剥がれて地上に落ちていった。


「わ!ちょっと、急にどうしたの!」


私の問いかけに、ガイルは私の目を覗き込み、静かな声で告げた。


「俺の運命の伴侶は、ティナお前だったんだ」


「え!?じゃあ·····つまり、あの予言は·····囚われた私を探しにガイルが村を出るって事だったの····」


私はあまりのことに混乱しながら、黒龍のガイルの金色の瞳に映りこんだ、目をまん丸にして驚いている白龍の自分の姿を眺めた。


「俺はお前の事が、昔からずっと好きだったんだ。ティナが運命の相手だったら、どんなに良いだろうと思っていたんだ。まさか願いが叶うとは思わなかったよ。ティナ、俺の伴侶になってくれないか?」


「······嬉しい。だって、ガイルとは絶対に結ばれない運命だと思ってたから·····ずっと諦めなくちゃって自分に言い聞かせてて·····それでもガイルが好きで·····苦しかったから·····」


嬉しさで胸が1杯で、私の瞳からポロポロと涙が溢れ出てきた。

ガイルは私に顔を近づけると、私の頬を伝う涙を舐めとった。


「な!?何するの!!」


「いや、さすがに暴走しすぎて、俺の魔力尽きかけてるんだよ。竜の涙って魔力回復効果があるからさ、ちょっと頂いただけだって。·····いた、痛いって!恥ずかしいからって、俺をポカポカ殴るな!」


「まったくもう!」


私の照れ隠しの攻撃を避けながら、ガイルは金色の目を細めて笑いながら言った。


「これでローマン帝国の奴らは気にしなくていいからな。一旦、村に帰って生活が落ち着いたら、これからは俺と一緒なら何処へでも行けるぜ!ティナが好きな、この世界中の綺麗な景色を一緒に見に行こうぜ!」


「うん。ありがとう、ガイル!」


ガイルとの将来にこの上なく幸せを感じながら、私は満月と星々が輝く空の海を飛行した。

全身から溢れ出る嬉しさを堪えきれずに、私がクルクルと回転しながら遊び飛ぶと、ガイルも私の尻尾に自分の尻尾を絡ませながら、私に合わせてクルクルと飛行したのだった。


***


世界を震撼させた、ローマン帝国の龍事件から数ヶ月後、世界中の絶景ポイントにて白龍と黒龍がよく見かけられるようになる。

広々とした青空の下の花畑、エメラルドに光り輝く湖 、荘厳な滝、白と青のコントラストが美しい海岸·····そんな景色の中に、白龍と黒龍がじゃれ合い遊び飛ぶ姿が、何年も何年も目撃されましたとさ。




おしまい

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