――おまけ読み切り

第15話 一つ足らずの七不思議

「あ、借檻かりおりくん、その後ろにある書類を取ってくれるかな――うん、それそれ。

 取り方なんてのはどうでもいいから、早くしてくれるとありがたいんだけど……、ま、こちらからお願いしているから、あまり注文もできないんだよね――よっと、ありがとう。

 助かったよ、借檻くん」


 受け取った書類――、これは学園祭の備品の確認用紙らしく、学園祭の実行委員であるおれと、もう一人、おれの目の前に座ってかりかりと音を立てながら、書類にチェックを入れている少女――日傘ひがさいろりが、今、この三年一組の教室にいる生徒である。


 学園祭までもう一週間を切っていて、なのにもかかわらず、実行委員がしなければいけない仕事がまったくと言っていいほど終わっていない……。そのため、今、おれと日傘は放課後、日が落ちるまで残っている状況であった。


 先生もちょくちょく様子を見にきてくれていたのだが、それも夕方の五時を過ぎたあたりから音沙汰がなくなり、さっき職員室に行ってみたところ、先生は既に帰っていたらしかった。

 他の先生の伝言によれば、夜の八時までは残っていい――ということらしい。


 八時までには終わるとは思うけれど、しかしあの書類の量――もしかしたら、今のままのペースでは最悪、八時を過ぎてしまうかもしれない。

 二人だけでやらせる数の書類ではないだろう――、いくら実行委員として多大な功績を残してきた日傘がいるからと言って、日傘とよく一緒にいるおれがいるからって、きついものがある。


 重過ぎる期待ではあったが、でも、日傘の方がおれよりも早く先生に、「やります!」と言ってしまったので、おれも日傘を置いて帰ることもできず、

 結果、終わるまで手伝うということになった。


 残るのは別にいい――けれどおれ、今この場にいる意味があるのかどうか、と疑問に思うことがある。なぜならば、おれなんかいなくても、日傘はこの書類の山を片付けることができるだろうからだ。八時までに終わらせるということを考えれば、少し不安も残るものだけれど、八時を過ぎることを考えれば、余裕で終わることは分かる。


 だったらおれも手伝えばいいのではないか? となるのは分かるけど――、

 しかし日傘の作業中に日傘の手伝いをするというのは、それは逆に、彼女の邪魔になる。


 邪魔でしかない――、日傘には日傘のやり方があって、日傘には日傘のスケジュールがあって、ばらばらに崩した絵を元に戻すように、日傘は全てのピースを頭の中で組み立てているのだろう……、おれがなにかをするということは、日傘が作った設計図を踏み汚し、使えなくするということと同義である。


 日傘からなにかをしてくれと――今のような書類を取ってくれ、と言われた場合はおれも進んで手を貸すことができるのだけれど、なにも言われない今は、退屈過ぎて、なにもすることがなくて、手を、余している。


 遠慮なく動かせるのは口だけであった。


「それにしても、今回の学園祭は食品系が多くないか? だいたいのクラスが食品関係だ――おれらのクラスもそうだけど、つーか、たこ焼屋が二件あるのはいいのか? 

 完全に被っているし、分散すんじゃねえかな、客。

 こういうのって、被らないようにどちらかが遠慮するもんなんじゃねえの? 

 先生も確認が甘いよなあ」


「それを許可したのはわたしよ」


 かりかりと、シャーペンの音を立てながら、日傘が言った。

 許可を出した――日傘が?


「それまた、なんでだ?」


「いや、特に意味はないんだけれどね。先生の方からもどうにかしてくれって言われていたんだけど――なんだか、中学三年生、最後の学園祭だし、

 最後くらいは、むちゃくちゃにしたいなとか、そう思っただけなのよ」


「実行委員長が暴走してるな」

「暴走じゃなくて、反逆みたいなものだけどね」


 ふふふ、と笑って、日傘が書類をおれへ渡してくる。


「そこに並べておいて。順番はなんでもいいわ。

 あとでわたしが勝手にやっておくから――借檻くんはただその机の上に置いておくという、ただそれだけの行為に満足感を得ていればいいんじゃない?」


「ああそうかよ、そうですか分かりました。ここに置いておきますね、実行委員長」


「拗ねないでよ、借檻くん。悪いね、悪かったわよ。

 じゃあ、そうね……ちょうど借檻くんに頼みたいことがあったから、今のこの作業を手伝わせることはできないけれど――違う、別件についてなら、手伝わせてあげるわよ」


 別件――?


 別件ということは学園祭についてのことではない、完全に関係のないことになるのだけれど――まさか日傘がこのおれに頼みごとをするなんて……。

 一体、何年ぶりだろうか。小学生の頃からの付き合いだけれど、こうして頼みごとをしてくるのは小学三年生の時の、銀行強盗を捕まえることに協力してくれ、との頼み以来である。


 日傘の言い方に、少しだけ「拒否してやろうか」、とも思ったが、しかし日傘からの頼みを断ることなどしない――おれは受ける気満々であった。


 日傘に借りを作っておくのも悪くはない。というか、借りを作りっぱなしなので、ここらで返しておかないとあとで大変なことになる。

 どでかい借りを一気に返さなくてはならない状況に陥りそうなので、ここは素直に受けておいた方がいいだろう。


 おれの脳はそう判断をした。


「いいけどよ――その頼みごとってなんなんだ?」


「じゃあ、一つ、ここで聞きたいことというか、確認したいことなんだけれど――、

 借檻くんはあれを知っているかな? ――『一つ足らずの七不思議』の話」


「一応は、ね」


 一つ足らずの七不思議。


 よくある、学園にはよくあるような不思議現象――、誰が広めたのかは知らないが、入学すれば当たり前のように耳に入り、大衆に流されて信じてしまい、実際にはなにも起こっていないにもかかわらず、七不思議に認定されたところを訪れれば、なにかしらの怪奇現象が起こっているのだろうと思って、体験したと錯覚してしまうような、あれだ。


 それがおれの学園でも当然のように存在している。

 日傘はそのことを言っているのだろう――だが、それについての頼みごとというのは、頼みごとの内容の予想がまったくできない。日傘の言うことだ、自然と捻ってしまうな――。


 まさか怪奇現象を調査してほしいとか、そういうことを言っているのだろうか? 

 いやいや、直球過ぎるだろう……やめてほしい。


 おれも、怪奇現象について苦手というわけではないけれど、だからと言って得意というわけではない。お化け屋敷に入れないほどではないが、入れば悲鳴を上げてしまうような男だ。


 ごく普通の一般人、帰宅部で成績は中の下、取り柄という取り柄はない、このおれである。


「その『一つ足らずの七不思議』――その全てを、借檻くんは知っているのかな?」


「いや、全部は知らないかなあ――知っているもの、有名なので言えば確か……『恋愛れんあい成樹じょうじゅ』と『恋愛れんあい傍樹ぼうじゅ』だっけか?」


「ああ、そうだね。恋愛成樹の方は言わないでも分かるよね――ここから見える、校庭に生えている大きな木。あれの下で告白をすれば、絶対に叶うというもの。

 そして恋愛傍樹の方も効果は一緒なんだけれど、相手が限定されるんだよね。それは相手が既に彼氏彼女を持っているか、どうかなの。

 彼氏彼女を持っている人があの木――、恋愛成樹の裏側の位置で告白されれば、必ず叶うという不思議だ。まあ、恋愛傍樹の方は誰かから彼氏彼女を奪ったということになるから、喧嘩の種、争いの種になりやすいんだけれどね」


「ふーん、まあ、その不思議について、おれは特に関わりはないかなあ」


「そうだね――まあ他には、不思議な鉄棒、というものがあって、これは誰かに害になるようなことではない、誰が見ても不思議と思うようなことなんだけれど――、ようは不思議な鉄棒を使って逆上がりをしようとすると、誰でも逆上がりができなくなるというものなの。

 プロでもアマチュアでもど素人でも、出来損ないでもね。

 努力を無に帰すような現象から、学園では『努力崩し』と言われているよ」


「努力崩し、ね」


「あとはそうだね――トイレ、のことなんだけど。あまりトイレとかそういう話をしたくはないんだけれど、まあ、汚い話ではないから嫌な顔をしないで聞いてよ。

 この前、西の方にリニューアルされたトイレがあるでしょう?」


「いや、知らねえ。初耳だよ」


「ちょっとは学園のことに興味を持とうよ……まあいいや。そこのトイレの個室、あ、女子トイレだから知らないかもしれないけど、この個室に、紙を使っても使っても減らない――、というよりは、使い終わってもいつの間にか紙が補充されている、という現象が起こるのよ。

 この不思議は『御用ごようし』って言われてるらしくてね、便利は便利なんだけれど、やっぱり不思議というよりは不気味と言ったような感じだから、ぞくぞくと、みんな使わなくなっていっちゃってね。今では一番、影の薄い七不思議になってるんだよ」


「へえ」


「って、聞いてるの? ――まったくもう。それじゃあ、最後。

 西の方――これも『御用足し』のトイレと同じ場所なんだけれど、そのトイレの近くの階段、屋上に上がるまでの階段が、『怪談殺し』と呼ばれている場所なのよ」


「階段殺し?」


「ああ、字が違う、字が違うよ借檻くん。『怪談殺し』、だよ。なんでも、自分に憑いている幽霊とか、怪奇現象とか、そういうものを持ってこの階段を上っていくと、いつの間にか、憑いていたものがきれいさっぱりなくなっている――、殺されているらしくてね。

 これに関しては、害はないと言えるんだけど、でもわたしは思うわけよ――本当に大丈夫なのかなって。だって怪奇現象を怪奇現象で解決したところで、それって解決したことになるのかな? もっと悪化している可能性だってあるのにさ――。

 でも、結局は気持ちの問題だし、わたし以外の子はそれで安心しているらしいし……、いいんじゃないかな。それでもさ――」


「まあ、人それぞれだしね。どう思うかなんてさ」


 おれがそう言った後、日傘はぺらぺらと、息もつかせぬほどのペースで話していたのだけれど、しかし急にだんまりと口を閉ざした。

 続きが日傘の口から出ない――、いま説明していた『一つ足らずの七不思議』、その五つを話していたのに、最後の六つ目を話そうとしないのには、なにか理由があるのだろうか。

 けれど日傘は呼吸を整えるような、こほんと咳をする仕草をして、すぐに会話を再開させる。


「じゃあ――、さっきは『怪談殺し』のことを最後と言ったんだけれど、それは中身のある話が最後ってだけで、ここから先は特に中身がない話だから、例外として最後の向こう側……、エキシビジョンと思ってくれればいいよ。

 六つ目の不思議とは、七不思議なのに七つ目がない――それが六つ目の不思議ということなの。そう、『正体不明』。これを合わせて不思議が六つ、『一つ足らずの七不思議』よ」


 長い解説をして日傘は疲れたのか、喉を押さえて肩を上下させていた。

 ほとんど話していたのは日傘で、おれも途中で話を混ぜれば良かったのだけれど、面倒くさがって話をしなかったのは、おれの失敗と言えるものだろう。

 だから、おれのせいではあるので、カバンから飲み物――お茶を出して、日傘に差し出した。

 日傘はそれを力づくで奪い取って、ごくごくと飲み干して、ぷはあ、と息を吐く。


 つーか、勢いで全部飲みやがった。

 おれの水分がなくなった……別に、いいけれど。


「それで、結局のところ、頼みごとってのはなんなんだよ?」

「ああそれ、忘れてた」


 言って、日傘がおれの顔を覗くように机に前のめりになり、顔と顔を接近させる。

 接吻されそうな勢いではあったものの、小学生の頃から一緒にいるからこそ、そういう恋愛感情などないおれと日傘は、接吻なんてそんなものをすることはなかった。


 単純に顔を寄せただけ、それだけであった。


「借檻くんに頼みたいのは一つだよ。わたしの友達に鳥島とりしま沙遊さゆうという子がいてね――その子、『一つ足らずの七不思議』、その一つである『怪談殺し』に、自分に憑いている怪奇現象を、殺してほしいらしいのよ――」


 ただ、一人じゃ不安なんだって、とも。


 だから――と言いながら。

 日傘はおれのおでこに自分のおでこを当てて、


「助けてあげて、借檻かりおり渡串とぐしくん――わたしからのお願いだよ」


 日傘の目を見て――見つめて。

 ……借りを返すチャンスだな、そう思い。


 そしておれは、力強く頷いた。



 ―― 七不思議/不足編 完 ――

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