第14話 未来を変えろ!

 小学生の時が最後……、

 それも別に遊びにいったわけじゃなく、忘れ物を届けにいっただけなのだ。

 どうせ帰り道の途中だし、と思って寄ったのがきっかけだっただろう。

 意識をするようになったのは――、


 そうは言ってもそれから話すようになったわけじゃない。ぼくの性格が原因で、あまり話は弾まなかった。だから、縁こそ切れていないものの、距離はあった――そんな関係性だろう。

 それは今も変わらない。


「はどめなら、未来に帰ったよ」

「……そっか」


 手遅れだった……、あと少し、気づくのが早ければ、止めることができたのだろうか。

 いや、どっちにしろ、はどめは止まらなかった気がする。勝手にやってきて勝手に帰って――はどめらしいけど、でも、一言くらい、言うものじゃないだろうか。

 それが余裕のある帰り方であれば。なにも言わないってことは、それだけ切羽詰まっている。

 それとも、ぼくに会いたくない理由でもできたのだろう。


 原因は、まあ、ぼくにあるのだろうけどさ。

 シャルのおかげで友達を作れるようにはなったけど、はどめの心の機敏を察してあげられるほどの技術は身についていなかったようだ。

 ぼくには荷が重かったんだ……仕方のないことなんだろう……。


 諦めるしかない現実に、ぼくは背を向けたところで、末来さんから声がかかった。


「ねえ、古代くん」


 ぼくが振り返る前に、彼女が言った。


「はどめでいいならあたしでもいいじゃん」

「……それ、どういう意味?」


「瓜二つの顔、体格だって一緒だし。

 はどめでも、あたしこと、はやりでも、変わらないでしょ?」


「変わるよ、百八十度も性格が違うじゃないか」

「百八十度しか、でしょ」


 それを『しか』とは言えないよ……というか前提として、


「末来さんとはどめを比べてどっちが良いとか言わないよ。考えもしない。

 どっちも良いところがある、同じ方向に進んでいない以上、比べても意味がないよ」


「そう? 同じ顔なら、守りたくなるあの子か、それとも振り回すことに長けているあたしか、どっちが良いかって考えることくらいあるでしょ」


 長けてるって、自分で言うの?

 それって長所なのだろうか。


「長所と短所は表裏一体よ。それに長所よりも短所の方が魅力になりやすいわ」

「……振り回す部分が短所であると言ってるじゃないか」

「短所はつまり長所よ。ま、どう取るかは古代くんにお任せするけど」


 なんだか、一生分、お喋りをした気分だな……。彼女と、末来はやりさんと。


「で、答えは?」

「聞いてどうするの?」


「我が子の恋愛事情よ、興味津々に決まっているじゃない」


 興味本位で首を突っ込むと嫌われるよ? なんて言って、止まる人じゃないか。


「そうと決まったわけじゃないでしょ」

「古代くんは? 古代くんがイエスと言えば、あの子も首を縦に振るでしょ」


「タイムパラドックスは?」

「さあ? あたしの知ったことじゃないし」


 テキトーなことを……当事者でなければこんなものだろうか。


「それに」


 末来さんが、とんっ、と玄関から一歩でぼくの元へ跳躍し、

 人差し指をこつんとぼくの額に当てる。


「未来と過去が一本線で繋がっているのかしら?」

「……?」


「パラレルワールドって、知ってるでしょ?」


 パラレル、ワールド……。

 分岐した、もう一つの世界。


「そ。だからたとえばこの世界で古代くんとはどめが結ばれようが、今のはどめが消えることはないんじゃない? はどめがこの世界にいるという前提で、変動する未来へ進んでいくことになるのだから。だからタイムパラドックスなんて面倒なこと、考えなくてもいいけどね。

 それが枷になっているなら、勿体ないわよ、悩める少年くん」


「……確信はあるの?」

「ん? あるわけないじゃん」


 まあ、だよね。末来さんはそういう人だ。

 そういう、ありもしない予想をそれっぽく仕立てあげて、

 こっちに期待をさせるのが上手いのだ。


「確信、ないと動けないの?」

「そりゃそうでしょ、ぼくの選択一つではどめが消えてしまったらと考えると……」


 それに、バタフライエフェクトのこともある。

 別の、知らないどこかで大惨事が起こっているかもしれないのだ……迂闊には動けない。


「ふうん。でもさ、それって古代くんが気を付けなくても結果は同じだよね?」


 え、と言うよりも早く、

 末来さんがぼくの唇を奪おうと――、



「だっっめぇええええええええええええええええええええええええええええッッ!!」



 玄関の奥から叫び声――、

 姿を見せたのは――はどめ……?


「あら、惜しい。出てきちゃったんだ、はどめちゃん」

「おか、かか、お母さん!? なんではじめにキスをしようとしているの!?」


「はどめちゃんがいらないならもらっちゃおうかなって」

「でも、だって、お母さんははじめと結婚する予定じゃないでしょ!?」


「今のあたしは知らないけど……でもはどめちゃんが言うならそうなんでしょうね。じゃあ、ここであたしが古代くんを好きになって、将来、結ばれる未来に変われば、どっちにせよ、はどめちゃんは消えるわけでしょう?」


「末来さん……、自分の娘を、消したいの……?」

「違う。古代くんの本音を聞きたいの」


 ぼくの本音――そんなの、もちろん。


「はどめに、帰ってほしくないよ」

「はじめ……っ」


「シャルに鍛えられたこのコミュニケーション能力で一番、親密になりたかったのは、はどめ、君なんだよ……。ぼくはやっぱり、背中から押してくれる大人シャルよりも、引っ張り上げてくれる生意気な子供はどめと一緒にいる方が、好きみたいだ」


「はじめ……え、はじめ……?」


 嬉しがっていいのか、怒ればいいのか、

 分からなくなっているはどめを見ると、思わず噴き出してしまう。


 相変わらず、からかいがいがある子だ。


「うちの子、可愛いでしょ?」

「うん、未来で一番、可愛い子だよ」


 ―― ――


 その後、ぼくと末来はどめは、好意を伝え合ったものの、恋人になることはなかった。

 なぜならはどめが、未来へ帰ることになったからだ。


「未来のはじめたちを放っておけないし……それに、あの日常が嫌で変えようと思って過去にきたけど……、でもやっぱり、あの日常が、わたしは好きだったんだって、気づいたから」


「そっか」

「……ごめんなさい、はじめ……せっかく、好き同士になれたのに――」


 自分で言って自分で恥ずかしがっている……こういうところが、たまらなく可愛いのだ。

 ぽん、と頭を撫でてやる。はどめはぼくの手を振り払ってはこなかった。


「元気でね」

「うん……はじめも。また、こっちが落ち着いたら会いにくるからね」


「気長に待ってるよ。今を変えたい、なんて理由じゃないことを願ってね。なにかを改善しても、やっぱりまた不満は出てくるものだから。隣の芝生は青く見えるだけさ。少なからず不満は見えてしまう……だったら、不満も楽しんだ方が、得だとぼくは思うから」


 はじめらしいね、と言い残し、はどめの姿が透けていき――やがて、触れなくなった。


「ばいばい、はどめ」

 

 ―――


 ――


 ―


「……ただいま、はじめ」


 一瞬の間もなく戻ってきたはどめ……、たぶん、はどめからしたら未来に戻ってからちょっとは過ごしたのだろうけど、同じ時間に跳んできたものだから、ぼくからすれば忘れ物でもしたみたいなUターンなわけで。


 かける言葉が見つからない……気まずい雰囲気だった――ひとまずは、おかえり、かな。


「……どうしたの?」

「隕石……」


「え?」

「どうしてか、未来では隕石が落下して、世界滅亡まであと一日だった……」


 それはまた……、予想以上の緊急事態じゃないか。


「い、今を救うために、あらためて、過去にきました――末来はどめですぅっ!」

「あ、はい」


 もうはどめはやけくそだった。

 でもまあ、事情を知れば、気まずいけども、放ってもおけない緊急事態だ。


 未来で起こる隕石落下による世界滅亡――その原因を、探ればいいのか?

 この時代で。


 それか、はどめがいた時代までに、なんとかしなければ――。


 ぼくたちは一人残らず、死ぬことになる。


「――はじめっ、お願い手伝って!」

「あたしからもお願い、古代くん、手伝ってあげてよ、あたしの娘のお願いよ?」


 前から後ろから、正反対のお願いの仕方だ。

 瓜二つで、発育の仕方も同じ体で、密着してこないでほしいけど……、


『え、今なんて言った?』


「ミリのずれなく揃ってるじゃん……」


 正反対でも、やっぱり親子だった。



 さて、後々に聞いたことだが、


 二年後に世界で流行するウイルス感染症、

 そして未来に迫った、世界滅亡の原因となる隕石……、


 さらにさらに、末来親子の、どこに埋まっているのか分からない地雷――。


 ぼくの生活は三重苦だった。

 いや、シャルや、他の異能者との交流も含めれば、もっとたくさんか――。


 ついこの前までのぼくからすれば考えられないな……、

 逃げ出してもおかしくない苦難の連続である。


 でも、守る価値がある。


 だからぼくは、諦めない。

 不満を愛せ。


 そこから先、つまらないが楽しくなるのだから。



『ねえっ、母親あたしわたしどっちを選ぶの!?』



 ―― 末来はどめ編 完 ――

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