第13話 理解した本音

 シャルちゃんによる、はじめの人格矯正プログラムが始まった。

 することはそう難しいことじゃない。

 はじめに足りないのは積極性だ。失敗を恐れるあまり、一歩目が踏み出せないから経験値を積むことができない。そのため、人間関係を最低限、構築するためのコミュニケーション能力が育っていないだけだ。


 そう原因を突き止めたシャルちゃんは、転校生であり、持ち前の『美少女』と評される容姿を使い、色々な人との繋がりを作った――はじめのために。


 はじめはシャルちゃんのバーターで同行する。最初こそ嫌々ながら(はじめと同じように、相手側もシャルちゃんが目的なのに愛想がないはじめがいたら邪魔だって思うし……)だったけど、やっぱり経験値を積むとはじめも勝手が分かってきたみたいで、数日もすればシャルちゃんを通さずとも新しい繋がりを作れるようになったらしい。


 たとえば学年を越えた先輩後輩の関係だったり。役職を越えた生徒と生徒会長との繋がりや、新任の先生との深い信頼関係だったりと……、

 シャルちゃんが企んだ人格矯正プログラムはほとんど成功と言ってもいいと思う。


 はじめも明るくなった気がする。

 わたしがこの時代にきた時とは比べものにならないくらいに、感情が表に出ている……。


「……いいんだけどね」


 はじめのことを思えば、この成長は良いことだ、間違いなく、間違っていないはずだもん。

 でも……、

 このまま多方面に関係を繋げていけば、いずれはじめはわたしが知る『はじめ』に変わっていく。あの傍若無人で、わたしを困らせることを日課にしているようなおじさんに……。


 そんな今を変えるために、過去へ跳んだのに――、

 結局、わたしはなにもできないままだ。

 ……だからと言ってシャルちゃんの目的を妨害してまでわたしの目的を達成させる?


 それはない。だって未来では異能犯罪が猛威を振るっている……、どんな未来を辿ってもいずれそれは水面上へ現れる、必然の社会問題なのだ。

 だから事前の回避ではなく、渦中の解決策を積み重ねていくしかない。

 それが、シャルちゃんが過去へ跳んだ理由だ。


 異能ホイホイ体質のはじめが、まだ異能を扱い慣れていない異能者と関係を作り、そこでシャルちゃんが細かいデータを取り、未来へ持ち帰る……、

 それにはやっぱり、はじめの人格矯正プログラムは必須だ。

 はじめが色々な人と友達にならないといけない……それが前提になっている。


 そう、これは必要なこと。

 だって、将来、わたしの子供ができた時、異能犯罪で危険がいっぱいなディストピアに放り込むなんてしたくない。自分の子のためにも、今の内から対抗策を練っておくべきだ。


 わたしの子も父親と似て、異能ホイホイの体質じゃないといいけどね……、だって未来でその体質は、危険を引き寄せているってことだ……し……、って、え、あれ!?


 今、ナチュラルにわたし、はじめと結婚していることを想像した……?

 当たり前みたいに。

 それが当然だって、信じているみたいに――。


 ぼっ、と、自分で分かったほど、顔が真っ赤になった。

 暑い、暑い熱いあつい!!

 やばいっ、恥ずかし過ぎて、はじめに顔を向けられないっ!?



「――はどめ?」

「ぎゃああッッ!?!?」


 顔を上げたら目の前にはじめの顔があって――気付いたら殴っていた。

 わたし史上、一番速い、右ストレートだった。


「あ、あぁ、あ……っ、ごめんなさぁ――――いぃっっ!!」


 わたしは教室から逃げるように、廊下を駆け抜ける。



 校内を何周もして頭を冷やしたわたしは、心の整理がついた。

 ずっと、もやもやしていたこの気持ち。

 シャルちゃんが現れてからずっと、わたしの心をぎゅっと握るこれは……、


「嫉妬、なんだ……」


 はじめが色々な人と関係を作る……それが、気に喰わない。

 わたしだけを見てと、思ってしまう自分がいる……。


 あの時、相談に乗ってくれた先輩がわたしに教えてくれたこと。

 わたしはあの時、否定したけど、ぴったりと合っていたわけだ。

 そしてアドバイスも、解決策も、教えてくれたそれ、一つしかない。


 それは――、言葉にして、伝える他にない。

 だから――、


 ―― ――


 ―― ――


「……はどめ?」


 最近、新しくできた友達にばかり構っていたせいか、はどめと喋っていなかった。

 はどめがなにも言わなかったから、忙しいぼくに遠慮をしてくれているのだと思っていたけど、それにしたってなにもなさ過ぎる……。

 一言二言、交わす暇くらいはあるだろうに。


 ついさっき殴られたことが、遠い昔のように感じる……。


「ハジメさん、気になることでも? みんなと一緒にいるのに上の空みたいでしたけど」

「うん……、はどめが、いないなって、思って――」

「ハドメが?」


 教室にはもう既に、はどめの姿がなかった。放課後だから、真っ直ぐ家に帰ったのだと思ったけど――、なんだろう、嫌な予感がする……。


 せっかく集まってくれたみんなには悪いけど、ぼくは先に帰らせてもらった。メイドのシャルもぼくに合わせて帰ると言ったけど、シャルに会いたい人が大半のこの集まりを、ぼくの都合で中止にするのは申し訳ない。ここはぼくの顔を立てるためだと思って、とシャルにお願いし、ぼくは久しぶりに単独行動を取った。


 最近、常に隣にはシャルがいたからなあ。お風呂はさすがにないけど、寝る時も一緒だったし。彼女の監視、と言うと悪い言い方だけど、目がないのは気楽だった。


 ぼくが向かった先は、末来さんの家だ。


 つまり、はどめにとって、この時代の家である。

 帰っていればいいけど……、彼女の住所は知っていた。実際に遊んだことこそないけど、長い付き合いである……、末来さんの家のインターホンを鳴らすと、応答する声。


 インターホン越しではなく、直接、扉を開いたのは――はどめ……、


 じゃない?


「あ、古代くんじゃん、おひさだね。

 どうしたの、うちにくるなんて、小学生の時が最後だよね?」


「……はどめ、いる?」


 はどめと瓜二つ……そりゃ当たり前か。

 だって目の前の彼女は、はどめの母親――末来はやりである。

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