第27話 チームの残骸

 ミキトの剣が真上に飛ばされる。

 天井に切っ先が突き刺さり、落ちてこない。


 カオスグループは振り上げた剣をミキトに向けていた。

 振り下ろせば、彼を一刀両断できる。


「ミキくん!」

「モコモモ!」


 ミキトは武器を捨て、回避も捨て、反撃する意思も捨て――ただ一目散に、モコモモの元へ駆け寄った。屈み、仲間二人の頭部と共に、彼女を抱きしめる。

 それは一秒にも満たない抱擁だった。

 しかし伝わった。気持ちが、そしてこれからの行動も。


「ミキくんッ、いかないで!」


「負ける気なんてないよ。モコモモを守るのが、俺の意思だからさ」



 昔から自分を犠牲にする少年だった。相手が小さなバケモノでも、実力は人間以上。子供など指先一つで捻り潰せる力を持っている。

 いま思えば、あの時も恐怖していたのだろう。

 だけど彼は恐怖などないような表情で、モコモモを守ってくれていた。


 背中に守るべき者がいると、ミキトは自分の身を犠牲にして戦うのだ。


 たとえ自分がどれだけぼろぼろになろうとも。


 両腕両足を失おうとも。


 彼の体の半分以上は、彼の体ではない。バケモノに破壊された部位が多く、寄付された死後、間もない人間のパーツで補われている。


 彼自身の体の部位は、頭と胸と腰くらいだろう。

 それが、彼が負ってきた傷なのだ。

 モコモモが原因だった傷を数えたら、きりがない。

 モコモモは彼から逃げられないくらいに、彼に傷痕を残している。


 彼が文句を言ったことは見たことがなかった。

 裏で、もしかしたら愚痴っているのかもしれない。

 ……けど、表には決して見せない少年だった。


 どんな時も強がる少年だった。

 自分の気持ちを押し殺して、たった一つの無謀な意思を尊重する。


 怖い、痛い、逃げたい……それよりも『守る』を優先する。


 いつ死んでもおかしくないような生き方をしていた。



 モコモモは嫌な予感がした。

 今までも同じような予感がしたが、今回のはレベルが違う。


 本当に。


 手の中にある物体が溶けて、指の間から水のように流れ落ちてしまうかのような。

 


 視界が、真っ赤に染まった後、ぼやけてしまう。


 瞳からこぼれる涙が止まらなかった。


 モコモモを守ろうと両手を広げていたミキトの首から上がなく、平らだった。

 頭部は宙を舞い、モコモモの目の前を落下する。


 声はない。

 けれど口パクは、まだ機能していた。



 す、き、だ、っ、た。



 ミキトの。

 ずっと隠していた気持ちが、モコモモに伝わった。

 しかしモコモモはもう、彼に返事を伝えることはできない。


 ミキトはもういない。

 アンとシゲハルと同様に。


 バケモノに殺された。

 あっさりと、人間なんて軽く捻るかのような軽さで。



 これが、バケモノの強さ。


 弱肉強食の世界。


 ――バケモノセカイ。



「う、ぐぅ、ぐすっ、ああ、あああああああ――」


 両手で顔を覆うモコモモは、立ち上がる気力も起きない。


 守ってくれたミキトを踏み越え、カオスグループが近づいてくる。


 剣が振り上げられた。

 仲間と同じように、自分も首を切り落とされ、殺されるのか、と思った。


 諦めかけた。


 でも、

 みんなの分まで生きたいと、そう思った。



 ミキトはモコモモを守って死んだ。

 シゲハルもアンも、ミキトやモコモモを助けようと守って、死んだ。


 残されたモコモモが死んだら、三人の意思は無駄になる。



 仲間の死がなんでもない、あってもなくても意味がないものにはしたくない。


 三人の意思は受け継がれて、モコモモの中にある。

 モコモモが生きて、三人が語られる。



 敗者になんてしたくない。

 モコモモが生きれば、チームの一つは、勝者となる。



 絶対に、死んでやるもんか。

 ここから絶対に、生き延びてやる!!


 振り下ろされた剣が、モコモモの頭部を狙う。

 切っ先が、額を掠り――、


「う、うぁあああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」


 そして。



 潜水艦、全体が揺れるような衝撃が走り抜ける。


 モコモモにはなにが起きたのか分からなかった。ただ、結果だけが目に見える。


 カオスグループの姿の形に凹んだ壁——天井。

 カオスグループは遠くに見える壁に、上半身が丸々、埋まっていた。

 足だけが出ており、ぴくりとも動かない。


 導き出されるのは高速で左右の壁、天井、地面、何度もバウンドして、吹き飛ばされたのだろう。もちろん、カオスグループが自分でそうするわけもない。


 だから、


 カオスグループを軽々と吹き飛ばした、『誰か』がいるのだ。



「――大丈夫か?」



 ぽんっ、と、モコモモの頭に手が置かれる。……優しい手だった。

 ミキトによくされたなあ、と昔と最近を思い出す。

 上を見ると、そこには銀色の少年がいた。


「え……?」


「悲鳴を聞いて、飛んできたんだよ。

 ふう……結構ぎりぎりだったな……でも、間に合って良かったよ」


 足のつま先で、地面をとんとんっと叩く少年。

 モコモモは、待て、と今の発言のおかしなところに気づいた。


 悲鳴を聞いて向かってきてくれた。

 分かる。

 おかしなことはなく、助けを求める声があれば、野次馬でも集まる可能性の方が多い。


 だからこの少年がここにいるのも納得できる。


 しかし、


 悲鳴を上げて助けられるまでの時間は、一秒にも届かなかったはずだ。

 一秒未満で、どこにいたかは分からないが、少年は判断してここにきてくれた。


 人間とは思えない速度だ。

 見たところ、モコモモはその少年のことを知らない。アクア99に乗っているハンターの顔は割れているので、ハンターではない者である可能性が高いが――、

 ハンターではないからと言って、この少年を一般人だ、とは言えないだろう。


 何者なのだろう……? とモコモモは思った。


 安易に近づいてはいけないのではないか。だが、彼から滲み出る、ミキトのような守ってくれる、頼りたくなる背中が、警戒心を解いていく……。


「あ、の……ありがとう、ございます」


「いいっていいって。気にすんな。

 ……そう言えばここにくる前に見たんだけど、避難している人たちがまたパニックになってたぞ。止めようかとも思ったけど、悲鳴の方が最優先だから放っておいたが。

 そうだ、お前、見にいってくれよ。

 俺は残っているあいつ――あの鰐野郎を、ぶっ倒しておくから」

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