第21話 達人
カオスグループは現在、姿を見せていない。
隠れて、タイミングを窺っているのだろう。
ウリアは隙ばかりを見せているが、なぜか襲撃してこない。
後方、ブルゥを追っていた痩身の青年。
彼の立ち姿が、カオスグループを押さえているのかもしれない。
不気味な青年だ。
ウリアは自身では手に負えないとすぐに分かった。
いや、分からされた。
危険を叩き込まれた。
近づいてはならないと、警告ばかりだった。
距離を取った今でも彼の脅威はウリア自身の体を震わすことで表現されている。
ブルゥも同じように。
密着する二人は、さらにぎゅっと互いに抱き合った。
ウリアたちでこれなのだ。
なら、目の前で対峙するマルクの負担など、考えなくとも強大だろう。
―― ――
(無理だ……)
ウリアを庇うために前に出たマルクは、自身の矛である柄の長い剣を槍のように持ち、構えたところで感情が先行してくる。
一瞬だけでも向き合っただけで、イメージの中では既にマルクは百回以上は殺されている。
いつ、その予測が現実になってもおかしくはない。
「……やる気がないのなら、そこをどいてくれると嬉しいのだが」
痩身の青年が優しくこちらを気遣い、そう言ってくれる。
問答無用で排除しないところを見ると、戦闘狂というわけではないらしい。
言う通り、引きたいのは山々だったが、マルクだけが逃げたら意味がない。
マルクが死のイメージを強く抱きながらも未だに目の前で対峙しているのは、他のメンバーが逃げるための時間を稼ぐためだ。
ウリアの治療は終わったらしいが、彼女たちがある程度の距離を取って、初めてマルクも逃げることができる。それまでは、マルクはこの脅威に向き合わなくてはならない。
「やる気がない、か……そう見えるのかい?」
「お前からは敵意や殺意はなく、感じるのは怯えだ」
隠しているつもりでも伝わってしまうらしい。
本音をずばりと言い当てられ、動揺が体に出る。
びくり、と一瞬だけだが震えた。
「怯えながらも、オレを敵として、さらに退治をしようという気が見えるのは、お前の後ろにいる女の子の方だな」
え……? と振り向いた先にいたのは、思ったよりも近くにいたユキノだった。
彼女は肩に、精霊のレッドフォックスのフォンと、
彼に似た『黒色』の、犬の姿の精霊を乗せている。
まるで犬の――影のように漆黒だった。
正確には、犬ではなく狼だ。
ブラック・ウルフ……、
ユキノは彼をウル、と呼んでいる。
両肩に精霊、二匹——レッドフォックスとブラックウルフ。
彼らは狐と狼だが、犬猿の仲であり、どちらもユキノが持つ精霊の中では一位、二位を争うほどの実力を持つ精霊である。
出せば喧嘩になるほどに気が合わない彼らを同時に出すことは、普通であればしないのだが、今回は例外だった。この二匹を同時に出さなければ、目の前の青年は倒せない。
倒すどころではなく、同じステージにすら上がれない。
マルクの印象では、たとえ二匹を同時に出そうが手に負えない、と思ってしまうが。
(いや、無理だと決め付けて、可能性を狭めてしまっているのかもしれない……)
威圧に押し潰されて弱気になっているのかもしれない。
マルクは構えを解かずに、緊張感を張り続け、指摘された敵意を意図的に青年に向ける。
彼は眉をひそめたが、特にコメントはない。
彼もまた、腕を少しだけ今の位置から上げ、構えただけだ。
構え、と言うには頼りないくらいの棒立ちに見えていたが。
「……なんでオレらを同時に出したのかと思えば――なるほど、相手があれなら、仕方ねえって感じだな」
「おれ一人で充分な戦力だ」
「お前はいらねえよ、無理すんな。……帰って布団に包まって寝てな、坊ちゃん」
「ちびりそうになって、ぷるぷる震えてんじゃねえか。お前が早く帰ってすっきりしてこいよ。かかなくてもいい恥をかきたくねえだろ? 味方にも、敵にもよ――」
「よく喋るな、今日のお前は。なんだ、緊張で話していないと落ち着けないのか?
心霊スポットでテンション上げて、なんともないとアピールするあれか、お前は」
「……殺すぞ」
「死ぬのはお前だよ」
「――あーもうっ! うるっさいわよあんたらッ!」
ユキノの顔を挟んで、フォンとウルが互いに喧嘩を売っていた。
耳元で聞かされるユキノは、苛立ちが溜まっていく。毎回、こういった言い合いが始まり、しかも中には下ネタも混ざっているので、うるさい関係なく、聞きたくなかった。
たとえ金を積まれても、同時召喚はしたくなかったが、彼女自身も分かっている。
フォンとウル、二匹を出してやっと、微かな勝利への光明を見出せるのだ。
ふんっ、と、フォンとウルが同時にそっぽを向いた。
喧嘩をしているが気が合うらしく、行動や言動は似ている。ウリアとユキノの関係に少し似ている気もする……、ただし、ユキノとウリアは本当に喧嘩をしているわけではないが。
しかし、フォンとウルは本当に殺し合いをし始めるくらいには互いを嫌っている。彼らだけには限らず、精霊同士の仲はあまりよくないらしい。
ブルーキャットのルルは比較的、友好な方ではあるのだろうが、彼女の方が例外なのだ。
精霊は強者であり、集団の中でも己がナンバー1だと信じて疑っていない。つまり、自分以外は劣等で、敗者なのだ。
そんな相手と対等に仲良くする気など彼らにはない。
あるとすれば、主従関係。
対等な立場の相手は、敵でしかないのだ。
そんな性格の精霊を複数匹も持ち、
しかも共存させているユキノの実力は折り紙つきだ。
だからこそ、彼女は陰陽師として、達人と呼ばれている。
達人と天才。
そこには、コンプレックスが存在する。
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